第6話 拾われたメイドは復讐を望む
思いもしなかった言葉につい、口を開いてしまった。
俺の言葉には反応を示さず、刺さっても構わないとでも言うように、短剣を持ったままの右手を胸に添える。
「実の両親に捨てられ、孤児だった私を拾ってくださったのが、ご主人様のお父上である前領主、セント・クラウド様です。
幼い頃より、実の子供のように育てていただいた恩を、私は死んでも忘れはしません。
『ヴィルを頼むよ』と願われたならば、忠節を尽くすことこそが私の使命だと、そう感じておりました」
――クルク男爵が、セント様を殺すまでは。
「昨年の夏は稀に見る寒さで、不作が続きました。そのせいか、今冬は寒さも厳しい。
このままでは領地から餓死者や凍死者を出しかねないと、
ええ、わかっておりました。
クルク男爵に悪い噂があるのは、一使用人でしかない私が知るほどなのですから。
それでも、『同じ国に仕える貴族なのだから』と笑って出立して行ったセント様。あのお方を見送ったことを、今でも後悔しております。
わかっていたのに、どうして見送ってしまったのか、と」
短剣の刃がシルアの胸元を撫でる。
服を裂き、一筋の傷が付いて肌が露出しようとも、彼女は気にも留めない。ただただ苦しいのだと、訴えるように刃と共に胸元を握り締め続ける。
「世間的には馬車の事故として片付けられましたが、そんなはずありません。
クルク男爵領からクラウド子爵領までの道程はほとんど平坦です。王都から遠く、辺境のこの地では、馬を持つ物すら珍しい。
事故なんて起きるはずがありません。
そう思い、セント様を探しに向かった私がなにを見たのか……おわかりになりますか?」
なにも言えない。
ただシルアの語る過去と悔恨を聞くことしかできないでいた。
予想は付く。けれど、口にするのは躊躇われた。押し黙る俺やメリアの代わりにシルアが語る。悲惨な現場を。
「殺されていました。
領境の林の中。
ふふ、とシルアが笑う。気でも狂ったようにおかしそうに。
「今冬は寒かったせいか、セント様だと分かる程度には
いっそお顔がわからないほどであれば、私も生きていることを信じられたのですが」
その声は信じていたかったと語っていた。
けど、信じられなかった。変えようのない証拠が残されていたから。
「刃物で刺された傷跡がありました。
おかしいと思いませんか?
事故だというのに、刺し傷があるなんて」
虚ろな瞳が俺を捉える。
そこに浮かぶはもはや銀月ではなく、酷く濁り、暗い暗い闇。
「ですから、お伝えしたんです。ご主人様に。
セント様は殺されたんだ、と。
そうしたら、なんと仰ったと思いますか?」
「……なんだろうね」
惚けるように言うと、シルアは広角を釣り上げた。
「『これで俺が領主だな』、です」
屑なんだろうなと思っていたけど、やっぱり屑だった。
俺はヴィルを知らない。けど、これまで見てきた彼の痕跡はどれを取っても悪いものだ。これは極めつけで、それは憎まれて当然と他人事のように考えてしまう。
「自分の父親が殺されて、まず喜ぶ息子がいるでしょうか?
いたとして、恩人の仇に尻尾を振る塵屑を許せるでしょうか?」
疑問の体を成しているが、答えなんてとっくにわかりきっている。
「許せるはずもありません。だから――殺します。
ご主人様も、クルク男爵も。セント様の死をあざ笑う者全員を……!」
握り締めた短剣。その切っ先が突きつけられる。
それを恐ろしく思うけど、やっぱり仕方ないと受け止めていて。
ただ、知れてよかったなと。
恨みの理由の仔細もわからないまま、死ぬよりはマシに思えた。その誠実さはメリアに向けられたモノであるのだろうけど、彼女自身の律儀さから来るものでもあるはずだ。
こんな可愛い女の子を泣かせるなんて、ヴィルっていうのは本当に悪い奴だった。
それは、クルク男爵がメリアを襲っている現場に立ち会っていたことからわかっていたことだけど、改めてそう感じる。
「でも、彼は関係ないですよね?」
「……っ。それは」
濃い影の中、メリアの言葉にシルアが唇を噛んだのがわかった。
「それでも、私は……」
切っ先を震わせ、耐えるように俯くシルア。
彼というのが誰を指すのか。考えようとした時、メリアが声を発した。
「なら、私も殺してください」
金色の後ろ髪しか見えず、表情なんて窺えないけれど、その声音は明らかに笑っていて。
なにを言っているんだと手を伸ばす。けれど、その手はメリアを掴むことなく、虚しく空を切った。
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