第5話 態度が悪くとも、良い人であることはままある

「な、なにを言ってるんだっ!?」

 青のペンキを頭から被ったような顔色になる村長。このお方は領主様なんだぞと白衣の女性に訴える姿は慌てふためいているけれど、こちらをちらちらと横目で窺うのは保身故だろうか。

 怒りの矛先が誰に向くのか気になるのか。


「知るか」

 恐慌により荒げた村長の怒声にも、白衣の女性は臆する様子はなかった。

 ただただ異分子である領主を睨み付ける。それは、村に訪れる前。俺が想像していた通りの敵意であった。

「まだ、私たちから搾り取る気か。

 金も、食料も、人も。

 この村どころか、領地になんて残っていないぞ」

 全てお前が奪ったと。

 そう語る白衣の女性の敵意は、至極真っ当であった。


 銀髪メイドによる資料の読み聞かせで知ったことだが。

 前領主時代から領地経営は良くなかった。前領主が経営に向いておらず、また人が良すぎたというのが大きな要因ではあるのだろう。税は最低限。なのに、領民から食料や物品を買う時は割高で。

 そこから一変。

 代替わり後に真逆のことをして、領民に負担を強いれば、こんな反応にもなるだろう。


 だからだろうか。

 あまりにも真っ当過ぎる怒りをぶつけてくる白衣の女性に、不快感を抱かなかったのは。言われて当然過ぎて、そりゃそうだよね、という思いすら湧いてくる。

 深く納得していると、黙ってしまったせいか、夜中の湖にも似た濃い藍の瞳を鋭くした。

「なに。

 生意気だからって、殺すつもり?」

「え」

 変な声が出た。考えていて、浮いていた意識が身体に戻る。


「いや、殺さないです。

 その通りだなって、思っただけで」

 言ったら、形容し難い形に白衣の女性の口が歪んだ。とりあえず、『なに言ってるんだこいつ?』というのは伝わってくる。

 その眼差しは不審に満ち満ちていて、銀髪メイドが時折俺に向けてくる視線にそっくりだった。あぁ、やっぱりその顔は本来のヴィルのイメージとズレた時の反応だったんだなと、こんな時ながら比較して思う。


「なに急に。敬語なんて使って。気味が悪い。

 どういうつもり?」

「あ、そっち」

 特段、意識して使っていたつもりはないけど、初対面の目上だしと思って、雑に敬語にしていた。けど、タメ口ならともかく、丁寧にして気味悪がられるというのは悲しすぎやしないか。

 そういえば、最初話した時に村長も驚いていたけど、もしかして言葉遣いのせい?


 腰の低い貴族なんて存在しないのかと思いつつ、どういうつもりかという白衣の女性の疑問には答えておく。

「信用信頼は脇に置いておいて」

 そうじゃないと、話にならないので。

「色々と厳しいけど、どうにかしたいと思ってる。だから、来た」

 ここ数日、銀髪メイドに手助けしてもらいながら抱いた、俺の率直な気持ちだった。それは領民のためというよりは、俺の生活基盤を作ることや、メリアの生活を安定させることが目的ではあるけど、嘘偽りはない。

 結果、そうしなければならないというだけだが。


 ただ、正直な話、領民を助けるなんておこがましいことは思っていない。

 これが異世界転生の主人公なら『僕、なにかやっちゃいました?』と、惚けて救ってみせるのだろうけど、俺にそんなチートもなければ、気持ちもなかった。

 自分のことで手一杯。

 だから、その自分のことの中で、領民についてもなんとかできたらなと思っている。


「領主様、……それはどういう」

 村長が戸惑いの声を上げる。

 それは、いつの間にか周囲にいた村人や、屋内からこちらを窺っていた人々にも広がって、小さいながらも喧騒として広がっていく。

 そんな驚くようなことか?

 というか、言っといてなんだが、あくまで気持ちの表明でしかなく、努力目標である。今の苦境をどうこうする術はないし、言葉そのままに真に受けてもらっても困ってしまう。


「なにそれ」

 波紋のように広がった動揺に一石を投じたのは白衣の女性だった。

「セントの真似事のつもり?

 今更、優しい領主を気取ったどころで私は騙され……なんで嬉しそうなんだ」

「いやぁ」

 そうそう。それが正しい反応だなって。

 むしろ、本気にされても嫌なのだ。できなかった時に責められたくないし。気持ちは高校生のまま。まだ、責任なんて負いたくはなかった。


 わかってるぅ、とニコニコしていたら「笑うな。気味が悪い」と毒を吐かれる。直接的な罵詈雑言は流石に傷付くけど、感情の浮き沈みよりも気にかかることがあった。

「セント?」

「……ッ」

 言葉を拾うと、白衣の女性は歯噛みする。血が滲み出そうなほどに。

「あ」

 と、言った時には白衣を翻して、どこかに歩いて行ってしまう。

 肩を上下させ、荒々しい足取りをして。

 態度は怒りを顕にしているのに、どうしてか。その背中に寂しげな物を感じてしまう。


 なんだろう。

 目を瞬かせていると、顔は青いまま。体格の良い身体を窮屈そうに縮こませて、村長が謝ってくる。

「も、申し訳ございません。

 領主様、何卒お許しを――」

「いや、良い人っぽいよなぁ」

 へ? と村長が素っ頓狂な声を上げる。しわがれた喉のどこからそんな高い声が出たのだろうか。

 気にはなるけど、更に俺の気を引くのは、はためいた白衣。


 得なんてなに1つないのに。

 逆に不利益を招くかもしれないのに。

 わざわざ領主に噛み付いて、ボンクラ息子と言える、言えてしまえる気概は凄いと思う。例え、逆の立場になったとしても、俺にはできそうもない。領主の訪れに震え、機嫌を損ねないよう家の中で引き籠もる村人であったはずだ。

 それが利口か、ただの馬鹿かはともかく。

 凄いなぁ、といたく感心してしまう。そうした、立場や権力におもねらない反骨精神は銀髪メイドとも似てるなと思ったら、げしっと素知らぬ顔で足を蹴られた。どうして。


「あの方はこの村唯一の医者でして、

 事故で亡くなった前領主のセント様とも仲が良く……現領主であるヴィル様に思うところがあるのでしょう」

 どうかご容赦くださいと村長が頭を下げてくる。

「罰する気はないし、言ってることは事実だから気にしないでいいよ」

 そう伝えるとやっぱり驚かれて、言い難そうにしながらも「少し、……変わられましたか?」と恐る恐る口にされた。

 まさか、中身が違うなんて言えず、はは……と笑って誤魔化しておく。


 にしても、そうか。

 前の領主は事故で亡くなったのか。

 早い代替わりだなと思ってはいたけど、それなら納得もする。

「……?」

 のだけど、銀髪メイドがどうしてか俯いていて。

 手が白くなるほどエプロンを強く、強く握り込んでいた。


「……大丈夫?」

 心配になって声をかけると、ハッと我に返ったように顔を上げた。

 その顔は蒼白で、見るからに顔色が悪い。

「気分悪い?

 それなら、どこかで休んで――」

「なんでもありません」

 身を案じたつもりだったけど、突っぱねられてしまう。


「メリア様をあまり待たせるわけにもいきません。

 早く見て回りましょう」

 そう言って足早に歩き出す銀髪メイドの足取りは確かにしっかりとしていて、体調が悪いようには見えなかった。けど、その態度は誤魔化すようにも見える。

 体調が悪いことを隠したいのか、それとも、なにか他にあるのか。


「なにをしているのですか?

 置いていきますよ」

「待って」

 先を行く彼女に声をかけられ、思考を中断する。

 後を追いかけ、銀髪メイドに並ぶ。そうした時には彼女の顔色も元に戻っていて、抱いた疑問を忘れてしまったのだけど、もう少し考えておけばよかったなと、俺は後に思うことになる。



 ◆第4章_fin◆

 __To be continued.

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