第4話 身分の差は恋では王道だけど、現実では恐怖の対象でしかない
村に着く。けど、予想していた罵声はなかった。意外で、肩透かしでもある。
獣除けだろうか。
村を囲うように立てられた不格好な木の柵。入口だろう簡易な木製の門を潜って、村に足を踏み入れる。
最初の感想はわかりやすく村だなぁ、だった。
こじんまりとした家々が肩を寄せ合って支え合っている。そんな印象を抱く。木と土と石。素材の味を存分に生かした小屋が、無秩序に建っていた。
現代の家とは比べるまでもなく、荒っぽい作り。隙間風も簡単に入り込みそうで、ちょっと突いただけで倒壊してしまいそうな傾いた小屋まである。
幽霊屋敷なんて思っていたけど、あれはあれでしっかりしてたんだなぁ。
お化けの出そうな屋敷を思い出しながら、家々の隙間を縫うように歩く。
寒さのせいか、人を見かけない。そう思っていたけど、よくよく見ると家の戸や窓が僅かに開いて、隙間から俺たちを窺う気配があった。
警戒されてる。
わかってはいたけど、異世界転生系とかでよくみる気の良い第一村人と邂逅なんて、都合の良い出会いはないわけだ。
「どこを歩いているのですか?」
「どこって……村?」
道、というには凸凹とした地面を足の裏で叩くと、銀髪メイドのジト目が返ってきた。半月になった銀の瞳には、わかりやすく呆れの色が宿っている。
「……我々が勝手に歩き回っては迷惑でしょう。
まずは村長宅に行きます」
「そうなの」
なんだ、目的地があったのか。
好き勝手に見て回るものだと思っていた。誰も来ないし、半ば観光気分。そんな心境が伝わるのか、ジト目の圧力が増したように思う。
「勝手に動き回らないでください」
「はい」
子供扱い。引率の先生に叱られている気分だ。
大勢というわけではないが、引き連れるという意味では引率というのも間違ってはないけど、と思いつつ「こちらです」と先導してくれる銀髪メイドのひらめくスカートを追う。
■■
「……ど、どういったご要件でしょうか?」
白い無精髭を生やした年配の男性が、見るからにこわごわといった様子で尋ねてくる。
怖がられてるなぁ。思いつつ、足の長さの違う椅子が安定しなくって、どうにもお尻の位置に困る。
「少々、村を見て回らせていただきます」
そうですね? と、視線で促され、こくこくと頷く。と、口がへの字に歪み呆れが銀髪メイドの顔に出る。もっと貴族らしく威厳とか、そういうものを出せと思われてるのだろうか。
残念ながら、生粋の庶民なので演技であろうとも貴族らしさなんて出せそうにはない。
肌に刺さる視線から逃げるように村長を見る。
不作のせいか、やつれてはいるけど体格は俺より良い。村をまとめる村長というだけあって、普段は力強い人なんだろうと思わせた。が、見るからに若造な俺を前にして、肩を縮こませてこちらの機嫌を窺う姿を見ると、やっぱりこの世界の貴族と平民には隔たりがあるんだと実感できた。
嫌悪も不満もあるだろう。けど、その余りある感情よりも恐怖と緊張が彼の表面を覆っていた。
ゲームでも無礼討ちみたいなのはあったもんなぁ。本人を前にして『お前が嫌い』なんて言えるはずもない。石を投げられるのはもちろん嫌だけど、こういう反応も嬉しくない。
友好的にできないものかと思っていると、「それで……どのようなご用向きでしょうか?」とやや青褪めた顔で問われて首を傾げる。
「村を見て……あー」
違うか。なんのために村を見て回るのかって意味か。
「ちょっとした視察というか、うん、まぁ。
あんまり気にしないでください。大した意味はありませんので」
「っ!? そ、そうですか」
なにやらビビられている。丁寧に言ったつもりだったのに、なぜだ。
話の最中、終始、顔色の悪かった村長は、隙間風で冷え込むというのに額に汗を掻きながらも案内を申し出てきた。
「勝手に回りますけど?」
と、体調を
「なにもない村ですが……よろしいのでしょうか?」
「いえいえそんな」
実際、当たってるんだろうと、振り向き下から窺う姿を見て思う。
貴族はなにをしでかすかわかったもんじゃない。
そんな考えが透けて見えて、まぁ、間違ってはないんだろうなって。
現代の貴族がそうであったように。
この世界と類似した乙女ゲーム『異世カレ』でもそうであったように。
そういえば、貴族の娘の代わりに学園に入学した『異世カレ』のメリアも、貴族と平民の差を感じて苦しんでいたはずだ。
相変わらず詳細をよく覚えてないのはスキップ様々で、深く考えると自己嫌悪に陥りそうなので止めておくが、それはともかく。
そうした身分の差によって恋に発展するルートもあったので、ゲーム時代では悪いことばかりではなかった。……まぁ、エロエロバッドエンドの方が多いわけだけど。悪いことばかりではなかった。
身分の差がそのまま生死に直結するのだから村長の態度もさもありなん。
いくらダメダメな領主であっても、表立って「なんでここにボンクラ息子がいるんだ?」罵倒できるわけもなく――って、おやぁ?
振り返ると、そこには医者の白衣に似た、裾の長い白い服を羽織った女性が立っていた。
青みがかった髪を短く切り揃えた白衣の女性。
どこか中性的な印象のある彼女は、目尻をこれでもかと釣り上げて、俺のことを鋭く睨み付けていた。
……いたね。普通に。
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