第3話 一見完璧そうなメイドにも弱点はある

 錆びて、傾いて。朽ちかけた門をそのまま出て「徒歩なんだ」と思ったまま口に出してしまう。

 前を歩いた銀髪メイドが振り返った。

 その顔はジト目で、なにか言いたげだ。

「歩いていける距離です。

 それでも、馬車に乗りたいですか?」

「そうじゃないけど」間を取って、考えて、「馬車で行くと思ったから」


 貴族の移動手段なんてそういうものだと思っていた。どこへ行くにも馬車。歩くというイメージが、俺の中になかったのかもしれない。でも、普通に考えれば歩くか。貴族でも。

 立ち止まった銀髪メイドの横に並ぶ。その横顔はやや不満げで、唇を浅く噛んでいる。なんだ? と、見ると唇を尖らせてそっぽを向いた。


「私が御者をしても構いません」

 いつも通り棘のある声。ただ、拗ねたように聞こえるのは気の所為だろうか。

「――死んでも構わないのなら、ですが」

「生死かけてまで乗りたくないなぁ」

 というかなぜ生死がかかるのか。ふと、もしかしたらと思いついて尋ねてみる。

「馬、苦手だったりする?」

「…………」

 沈黙。

 ただ、それは雄弁な方で、一向に俺と目を合わせようとはしない。白い肌はやや赤らみ、銀糸の束。その隙間から覗いた耳に赤みが差している。


「なら、歩くしかないなぁ」

「……私が苦手なのではなく、懐いてくれないのです。

 手綱を握ると暴れてしまい、どうすることもできません」

 勘違いなさらないようにと。

 そう言う銀髪メイドは、言い訳を並べているようにしか見えなかった。言動が子供のそれで、ちょっと笑ってしまう。それがまた癇に障るのか「笑わないでください」と肘をぶつけられる。

 からかっているわけじゃないけど、あんまり笑っていると後で痛い目を見そうなので意識して表情を引き締めた。


「全く」

 やや肩を荒げて、銀髪メイドが歩く。その足取りは強く、感情が乗っているように足早だった。

 雑草や小石を弾いて、心なしならした程度の道を歩く。

 屋敷の周囲にはこれといって目立つ物がない。ただ、土地が開けていて、見通しは良いが手入れされているわけではなく、雨でぬかるんだ地面に足を取られそうだった。

 振り返れば、屋敷は少しばかり遠くなっていて。

 高い木々に囲まれた中にある古びた屋敷は、やっぱり日が昇っても幽霊屋敷にしか見えなかった。


 少し小高い場所にあったのか。

 道が緩やかに下がっていったせいか、屋敷の門や囲いは見えなくなる。当たり前だけど、屋敷の玄関なんてとっくに視界から消えていて、ただ脳裏には玄関の前で見送るメリアが鮮明に焼き付いていた。

 もう中に戻ったよな。

 一時いっときは銀髪メイドの説得で納得を見せていたけど、いざ見送る段になると表情は陰っていた。

『いってらっしゃい』

 切なげに、小さく手を振るメリアがどうにも頭から離れなかった。


「どうかしましたか?」

「ん。なんでも……あれ?」

 健在を口にしようとしたが、顔を上げても銀髪メイドの姿はなかった。視線を道の先に投げれば、幾分か先で立ち止まり、こちらを向いて待っているところであった。

 考え事に気を取られて、歩く速度が落ちていたらしい。


 早歩きで追いつき、「ごめん」と謝ると「いえ、こちらこそ申し訳ございません」となぜか謝り返される。

「馬車であれば、ゆっくり考え事もできたでしょうに」

「そっちもごめんって」

 まだ根に持っていた。

 遠回しなようで、しっかりと皮肉と伝わる言葉選びに顔を顰める。薄々勘付いてはいたけど、このメイド、恨み言をいつまでも引きずってネチネチ言うタイプだ。


 陰湿ぅ、と思いつつ前に出る。と、銀髪メイドが尋ねてくる。

「上の空でしたが、いかがしましたか?」

「あー……」

 考えて、

「空、高いなぁって」

 適当に誤魔化す。もちろん、その意図は伝わっていて、「下手ですか」と飽きられてしまったけれど、しょうがない。

 見送ってくれたメリアを見て、無性に不安になったなんて。

 口にしたところで、どうしようもないのだから。


 重さの伴う、抱えた感情を胸に仕舞い、歩いて。歩いて。

「見えてきました」

 と、銀月の瞳。その視線が向かう先に、この世界に来て初めて目にする1つの村が見えてきた。

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