第5話 慣れない仕事ならドジっ娘メイドになってもしょうがない
仕事というのはどうしてやっつけてもやっつけても湧いてくるのだろうか。
RPGの序盤に出てくるスライムのように、無限にリポップする感覚だ。倒しても倒しても根絶やしにすることはできない。それも、ゲームなら経験値が貰えてレベルが上がるが、現実では疲労ばかりが蓄積していく。
なのに、減らない書類の山……。
「……疲れた」
「次です」
メイドは非情だった。新しい書類を1枚取っては読み聞かせてくる。これが俗に言うブラック企業かと思うも、そもそも作業が進まない原因は俺にあるので文句も言えない。
文字が読めないので、読んでもらうしかなく、効率が非情に悪かった。
理解するのにも時間を要し、山と表現した書類も実際には丘程度。文庫1冊もないぐらいなので、全体的に俺が悪い。……悪いのだけど。
「あの……ちょっと休憩しない?」
「まだ、終わっていませんが?」
トントンッと、銀髪メイドのしなやかな指先が書類の束を叩く。そうですね。ありますね。
「でも、疲れた」
「そうですか」
興味なさそうだった。態度から声まで、全てが冷たい。頑強な氷塊を叩いている気分になってくる。でも、ここで負けたら、1日中執務机に拘束されてしまいそうだ。
切羽詰まっているのはわかるが、お尻と椅子がくっつく前に一息入れたかった。
だばーっと卓上に突っ伏して、全身で疲れてますよアピール。ちらりと横目で見上げて、休憩……したいなぁと目で訴える。
子供染みた真似に「滑稽ですね」と、冷ややかな半眼が向けられた。それでも、じっと見つめて、滑稽な真似を止めないでいると、深く嘆息をされる。
「……かしこまりました。
メリア様とも約束をしましたので、ご一緒に休憩としましょう」
「わー」
両手を上げる。駄々っ子作戦成功である。
「ただ、次からは休憩したいとだけ伝えてください。
私としましても、ヴィル様の幼児の真似事を2度も見たくありませんので、考慮させていただきます」
「わー……」
両手を下げる。ようやく訪れた休憩だったけど、払った代償は少なくなかった。元々マイナスだった印象値が更に下がった予感。
「それでは、メリア様を呼んで参ります」と言って部屋を出て行こうとする銀髪メイドに、「そういえば、メリアはちゃんとやれてる?」と訊いてみる。
時折、俺が理解するのに悩んでいるのを見計らって、部屋を出入りしていた。恐らく、メリアに仕事を教えていたんだと思う。あれこれと手間をかけさせて申し訳ないなぁと感じつつも、一番に気になるのはメリアの様子だった。
多少、立ち直ってきたように見えるけど、出会ってからそんなに日は経っていない。忘れるには、あまりにも時間が足りていなかった。
特に、俺の傍にいない時はどんな様子だろうと思っての質問だった。ただ、扉に手をかけてピタリと止まった銀髪メイドが、振り返ってみせた表情を見てちょっと尋ねたのを後悔した。
「訊きたいですか?
ヴィル様の推薦してくださったメイドが、どのような仕事ぶりか」
「仕事の方がマシかなぁ」
もう耳が痛い。
けど、一度尋ねたのを撤回できるわけもなく、「……お願い」と諦めて頼むと、「そう固くならなくても心配ありません」と安心させるように柔らかく口元を緩めた。
「ただ、予備の少ない皿を割ったり、洗ったベッドシーツを落としたり、屋敷の中を迷子になっていただけですので」
「ドジっ娘メイドぉ」
なにが心配いらないのか。たった数時間でお手本のような失敗祭りではないか。
「安心させてからいじめるのやめてくれない?」文句を言うと、「事実を申し上げただけです」とピシャリと払いのけられてしまう。
最後には、出会ってからこれまで1度も見せたことのないような笑顔で、
「ヴィル様の推薦通り、問題のない仕事っぷりですので、ご安心くださいませ」
と、皮肉たっぷりの結論に、俺は「すみません……」と謝ることしかできなかった。保護者とは言わないまでも、近い立場で見守っているつもりなので、メリアの失敗が我が事のようで身につまされる。
俺といい、メリアといい、銀髪メイドには迷惑をかけてばかりだなぁとため息を零す。これ見よがしな態度になってしまったせいか、それとも、皮肉が過ぎたと思ったのか、「とはいえ」と付け加えてくれる。
「慣れない仕事であれば、最初は失敗が付き物です。
幾度か繰り返せばできるようになるでしょう」
「お願いね」
言うと、顔を顰められる。
気になる反応。けど、逐一気にしててもしょうがないよなぁと思っていると、聞こえるか聞こえないか。独り言のように銀髪メイドが零した。
「……それに、心此処にあらずであれば、手元も疎かになるでしょう」
「それは」
そうだよなぁ。
あんなことがあって、直に心を切り替えられるものじゃない。人間であれば、誰だって引きずる。立ち直るのにどれだけかかるかもわからない。立ち直るのかどうかさえも。けど、彼女を見守ってくれる家族はもういない。
「まぁ、なんだ。
慣れるまでは勘弁してあげて」
なら、たまたまだけど一緒にいた俺が、少しぐらい気遣ってあげるべきなんだろうと思う。きっとその感情は、一度助けたからという義務感や、同情から来るものだろうけど、ないよりはいいはずだ。
手を合せて「ね?」と拝む。けど、銀髪メイドの反応は芳しくなく、「いいえ」と首を横に振った。
「え。駄目?」
さっき失敗は付き物って言ったじゃん。
目を丸くすると、「そういうことではありません」と更に否定される。
ではどういうことだと首を傾げると、至極真面目な顔で銀髪メイドは言う。
「頼むぐらいなら、ご自身でなんとかしてください」
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