第2話 ヒロインメイドを雇うのは難しい
構造的には昨日、勝手に入って銀髪メイドに怒られた部屋に近いが、別の部屋だった。
領主の部屋というか、仕事部屋に見えたのだけれど、やっぱり違ったらしい。
では、誰の部屋?
なんて疑問は、通された部屋で執務机に付いた瞬間、忘れてしまった。
銀髪メイドとしては、仕事をしろというつもりで案内してくれたのだろうけど。
……仕事って、なにするの?
領主の仕事って言われたところでわからない。わかるはずがなかった。
現実世界的には社長とか、市長とか。そういう役職に当たるんだろうけど、アルバイトすらしたことのない高校生には荷が重すぎる。書類仕事だってままならない。
かといって、わからないから教えて……なんて、言っていいものか。
冗談と受け止められるかもしれないが、それだけならまだしも、怪しまれたら困る。実は別人でした、なんて陽気に告白して屋敷から追い出されたら露頭に迷ってしまう。
なにより、事情はともかく領主に成り代わったと知られたらどうなるか……あまり想像はしたくなかった。
が、このままでいたらどちらにしろ生活が立ち行かなくなる。
だって、領主だから。しかも、屋敷の主。
一家の大黒柱なんて比べるべくもなく、折れた瞬間、領民共々道連れになってしまうのではなかろうか。領民の顔、誰1人としてわからないのであんまり実感はないのだけど。
それは嫌だなって思う。
嘆息する。
領主なんて無理だし、いずれ穏便に引き継げるようにするとして、だ。
出来ることからやろうと、卓上に置きっぱなしになっていた書類を手に取る。
読む。
「………………」
……読む。
…………読みたい。読みたかったなぁ。
が、なにが書かれているのかわからない。英語っぽい記号が羅列されているが、どこからどう見てもアルファベットではない。
そもそも、英語はあんまり得意ではないので、それでも困ってしまうんだけど……え、まじか。
手から力が抜ける。落ちて、机を叩いた。
こういうのって、普通、お約束とかで読める物じゃないの? 違う言語だけど読めるとか、実は日本語だったとか。
ありえないのはわかっている。
そんなご都合主義はないと。
でも、そもそもとして異世界というのが常識の外なのだから、それぐらいあってもいいんじゃんかよぉー。言葉は通じているのにどう゛じでぇ゛。
「おごごごごごっ」
「……ついに壊れましたか?」
辛辣だった。
いや、急に突っ伏して、奇声を上げれば銀髪メイドではなくってもそういう反応になるだろうけど、にしても辛辣だった。低温火傷しそうだ。
でも、奇声の1つや2つ上げたくなる。
これでは領主の仕事がわからない以前の問題ではないか。露頭に迷うのに1歩前進どころか、ヘッドスライディングで飛び込んでいる。
いい。止めよう。考えるのを。
知らない言語を手探りで1から習得するのは不可能だ。母国語の日本語だって、正しく使えているか怪しいのだから。
なので、書類は一旦うっちゃってしまって、先に済ませるべきことを済ませよう。
「では、失礼致します」
もう用はないなと、所作だけは礼儀正しく去ろうとする銀髪メイドを「あ、ちょっと待って」と呼び止める。
彼女のこめかみがぴくりと動いた気がした。
「いかがしましたか?」
内心、『気安く呼び止めないでいただけます?』ぐらいは思っていそうだけど、朝の件もあってか態度には出さなかった。相変わらず、メイドとは思えない愛想の無さだけど。
それとも、普通の使用人って愛想なんてないのが当たり前で、メイド喫茶とかギャルゲーみたいに『お帰りなさいませ、ご主人様♡』って愛らしさと親しみを振りまいてくれるものではないのだろうか。わー、なんか、わー。
ガールズバーで好意的に接してくれる女の子と偶然外で会ったら『オフだから話しかけないで』と塩対応されたぐらいのショック。行ったことないけど。
「世界って、残酷」
「……突然、壮大な恨み言を口にしないでください。
そのようなことより、ご用件は?」
男の夢をそんなことで流されて、心の中でしくしくと泣く。
なんだか気力がげっそり削がれてしまったけれど、これからの話は俺のこと、というわけでもないのでふざけてもいられない。
ので、机で力尽きていた身体を起こして銀髪メイド――ではなく。
後ろで社長秘書のように控えていたメリアを振り返る。
秘書というには近すぎて、少し顎を上げただけで顔が迫ってくるようだったけど、それはいい。ちょっと慣れたし。
「わ、私……ですか?」
「うん」
頷く。貴女です。
「これからどうしたいのかな、て」
「……っ」
少し距離が離れる。
後ずさったのかもしれない。近すぎてよくわらかなった。代わりに、蒼い瞳が怯えと驚きで見開いたのはわかった。
その反応を見て、やっぱりちょっと早かったかなと後悔が顔を出す。
不幸があった昨日の今日だ。
心の整理が付くまで待ってもいいと思ってはいるんだけど、正直、俺自身どうなるかわからないのが現状で、現実だ。
「あぁ、勘違いしないで。
出ていけとか、そういう話じゃなくって。
なにか、要望……やりたいことはあるかなー、なんて」
固い言葉を避けて、軽くする。
少しでも答えやすくなればいいなと。
「やりたい……こと」
固い、たどたどしい言葉。
声から考えているのが伝わってきて、なにかあるのかなって待ってみると、
「貴方の傍に居たい、です」
一語一語、噛みしめるように答えられ、「そっか」と受け止める。
なんとなくそんな気はしてたけど、実際口にされると微妙な気持ちになる。
メリアのような美少女に好かれて悪い気はしないけど、これはそういうのとはちょっと違うというか。生まれたてのひよこというか、赤ちゃんそのものというか。
一目惚れなんて昨夜は言っていたけれど、今は生活的にも心情的にも、支えとなっているのが俺しかいないだけなんだと思う。
だから、傍に居てほしいし、それを好意だと勘違いする。
だって、他に頼れる人は居ないから。
良くないよなぁ。
俺が頼りになるかはともかく。今の関係性が健全ではないのはわかる。
「……最悪、ヤンデレ監禁ルートとか怖い」
「……?
やんで、るーと?」
なんでもないと首を振る。
乙女ゲー時の性格を考えればありえないし、そんな心配は無縁だろう。そう思っておく。
まぁ、貴方の傍に居たいというのは、好意はともかくなかなかクルものがあるし。
俺もこの屋敷が自分の家という実感はないけど、肩書だけは領主だ。つまり、1番偉いのである。
文字1つ読めないけど、人事ぐらいどうにかなると思う。
ので、呼び止めていた銀髪メイドに視線を向けたら、なにも言う前から険しい顔をしていた。
「なにか?」
言う前から牽制される。怖い。
なんだか、叱られるの前提で捨て猫を飼っていいかと母親に懇願する気分だ。『元居た場所に捨ててきなさい』と怒鳴られるのが目に見えるようだけど、猫……もどうかと思うが、女の子を放り出すのは後味が悪いなんてレベルじゃない。
なので、頑張って頼んでみる。
「彼女を使用人として雇ってもらえない……かな?」
今もメイド服着てるし。
どう、でしょう?
と、期待と不安を込めて伺ったのだけれど、
「本気で仰っておりますか、ご主人様?」
ガンをつけるように目を
声に圧まで感じて、空気が冷え切っている。突然、冷蔵庫に放り込まれたような感覚に手先が震えてしまう。
元々、俺に対しては嫌悪剥き出しだったけれど、メリアには優しい……というか、同情的に接していた。
なにがあったか察しているように献身的で。
だから、この提案もそこまで拒否はされないんじゃないかという安易な打算があったんだけど……もしかしなくても、地雷踏んだ?
「いや、ほら」
えー、あれだ。どれだ。
「手が足りないかなー、なんて」
この屋敷に来てから銀髪メイド以外の使用人を見なかった。
他にどれだけの人が居るかはわからないけど、無駄にデカい屋敷。人手はあればあるほどいいよね? という、わかる範囲でそれっぽい言い訳を述べてみたのだけれど、
「――ぁ?」
ドスが効きに効いた声で返されて、血の気が引く音を聞いた。
わかんないけど、やったなこれはと小動物の本能にも似た直感で察した。
これまで足音なんてほとんど立てていなかったのに、カツカツッとやたら響かせて迫ってくる。
足音が大きくなるにつれ、恐怖が倍増していく。
頑張って後ろに下がろうとするけど、滑りの良くない木製の椅子は床とくっついたように動いてくれなかった。
トンッ、と丁寧に。
けれどいやに耳に響くように銀髪メイドが執務机を叩いた。
前屈みになって、やたら大きな胸まで揺れるが気にしている余裕はなかった。
椅子に張り付くように仰け反ることしかできない。
「冗談ではなく、本気で仰っているのですね?」
「本気……だけど?」
銀の瞳が短剣のように鋭く、鈍く光る。
「つい13日前に、財政難を理由に私以外の使用人を辞めさせたばかりだというのに、新しくメイドを雇うのが本気……と?」
「――――」
言葉を失う。
鼻先が触れそうなぐらいの距離から、咎める視線を向けられていることすら、気にする余裕もなかった。
………………えー、まじぃ?
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