第4話 休憩場所を探して、自分の屋敷で迷子になる
どうしよう。迷った。
口にしたかったんだけど、俺の後ろには相変わらず刷り込み完了したひよこのように付いて回ってくるメリアがいる。
「……?」
「いや」
メリアを見て、小首を傾げられ、なんでもないと
まさか、自分の家で迷子になりましたなんて言えない。
羞恥とかではなくって。
俺からすれば事実、自分の家ではないのだけれど、客観的に見てそんなはずはないわけで。
というか、正確に表現するなら迷子ではない。うん。ない。
そもそも道を知らないんだから、迷いようはないのだ。迷子というのなら、この屋敷どころか、この世界に来た時点で迷子になっている。世界を跨いだ迷子とか、人類多しと言えど俺だけじゃなかろうか。
俺すげぇ、と自嘲めいて思うと、
「くしゅんっ」
見た目通りに
振り向くと、恥ずかしかったのか頬を赤らめて俺の背中に顔を
少女らしい仕草に
ただ、その感情は同年代の女の子に感じるようなこそばゆいものではなく、年下の子供に感じるような保護者視点に近いものだったけれど。
どうあれ、可愛い鳴き声で
頭のスイッチをカチリと切り替え、早く探さなきゃなと気合を新たにする。
なにを探す。休める部屋を、だ。
銀髪メイドに訊ければいいのだが、彼女は『お客様の部屋を用意する』と言い残して去って行ってしまった。
雨に濡れたご主人様と客人を残してなんて酷い。
……とも思うが、彼女の案内を断ったのはメリアで、なにより屋敷の主人が居るのだから問題ないという判断はわかるし、普通なら正しいのだろう。
銀髪メイド的には『勝手にしてください』ということなのだろうが、残念ながら勝手がわからないので如何ともし難い状況に陥っていた。
だからといって俺はともかく、少しとはいえ雨に濡れたままのメリアを、冷気が吹き込み身体が震えるエントランスに所在なく待たせるわけにはいかなかった。
ので、適当に休める場所を探して歩いてみたんだけど……結果はご覧の有様。やっぱり、
近くの階段を上る。
まだ、雨は降ってるんだなと、廊下に並ぶ窓を見て知る。後、少し経てば止みそうだなと、雲の隙間から差し込む月光で照らされた廊下を歩きながら思う。
休めそうな部屋、もしくは他の使用人に会えれば1番良いんだけど。
夜だからなのか、銀髪メイド以外の使用人は影も形もなかった。というか、人の気配すら感じない。
出迎えも銀髪メイドだけだったし。
ヴィルの家族は居ないのか。まさか、本当に幽霊屋敷とか言わないよね。
その場合、銀髪メイドが幽霊ということになって……なんだか呪い殺されそうだなとこれ以上考えるのは止めておく。
無駄に長い廊下を歩く。
直ぐに扉はあった。
入ろうかなと思ったけど、とりあえず更に先へ進むことに決めた。
下手な部屋に入って、誰かの寝室とかだったら嫌だし。人の寝ている部屋にどうして……? と、つぶらな瞳で見上げてくるメリアは想像でも冷や汗が額から流れる。
忌避感もある。遊びに行った友人宅で、勝手に部屋を覗くのに似た感覚。
部屋ガチャをするにしても、もう少し根拠が欲しかった。
なので、ヴィルの部屋を目指すことにした。まだ、心当たりがあったから。
領主の部屋と言えば最上階。その最奥だと思ったからだ。とても安直。
でも、クルク男爵の屋敷でもそうだったし。やはり馬鹿と煙は高い所が好きなのかもしれない。
この考えが当たっていると、当主で領主なヴィルも馬鹿ということになるのだが、キャラを知らないので否定も肯定もできなかった。
けど、そうな。
この世界で最初。目が覚めた時のことを思い返すと。
あまり良くはなさそうだと、そう思う。
「ヴィル、様?」
服の裾を引かれ、声を掛けられる。
なんだか初めてちゃんと声を掛けられた気がする。けど、『ヴィル』という名前に馴染みがなく、「ん?」と直ぐに反応を返せたのは
慣れたくはない。けど、慣れないと。
二律背反する複雑な心境を抱きながら、「どうかした?」と前を向いたまま、けれど幼子に話しかけるように。
優しさを意識して声を出す。
「ど、こに向かっている、の、でしょうか……?」
……どこだろうね?
喉まで上ってきた素直な感想を呑み込む。
一応、ヴィルの部屋だけど、だいたい勘なので自分でもさっぱり合ってるかもわからない。その勘も、馬鹿と煙理論という理屈もへったくれもない安直なものなので、やっぱり答えにはならなかった。
行ってみて、ヴィルの部屋じゃなかったらな目も当てられない。
とりあえず、
「部屋、」……?
と、続きそうになった疑問符は口の中に閉じ込めておく。
間違いではない。
けど、料理でなに作るのって子供に訊かれて、肉料理と返答したぐらいの大雑把さではある。そうだけど、そうじゃない。
わかってはいるけど、他の言い訳は思いつかないのでしょうがなかった。
メリアの優しさなのか、それともまともに答える気がないと思われたのか。
殊更、問い詰めてくることはなかったので胸を撫で下ろす。
で、奥の壁にぶち当たる。
ここ……で、合ってる?
1番奥の扉。なんの木でできているかわからないけど、やたら年季だけはあるように見える。
いざ入ろうとすると迷いが生まれた。ドアノブに向かう手が、手前の宙で止まる。指先が揺れる。
隣にしようかな? と、心がふらふらするけど、悩んだところでわからないんだからどこでも同じとも言える。
なら、最初の馬鹿と煙理論を信じよう。
当たって砕けろ。それで駄目なら納得も、
「できないけどさ」
セルフツッコミをしつつ、部屋に入る。
「…………」執務室?
最初に目についたのはやたら偉そうな人が使っていそうな執務机。革張りの椅子がなんだかそれっぽい。
天井まで届く背の高い本棚の中には、洋書っぽい本が隙間を埋めるように並んでいる。振り子時計の音がカチカチと室内に溶け込む。
領主の部屋、っぽいけど……。
どうだろう。
とりあえず、椅子はあるので座れそうではある。なんだか、外に出かけてベンチを探し出した気分だ。
踏み入れると、僅かに服が引っ張られる。
ただ、その抵抗も直ぐになくなり、足音なく付いてくる気配だけがあった。入りづらかったのかなって思う。
とりあえず座るか。
傍にあったソファーに寄ると、ローテーブルの上にワインボトルが立っていた。
見れば、部屋の隅にワインラックもあって、何本か並んでいる。
酒が好きだったのかな? と、ヴィルの人となりに少し触れた気がして、
「ここで、なにをなさっているのですか?」
ボトルに指先を伸ばしたが瞬間、怒気を含んだ硬質な声に身を固める。
振り返ると、手にタオルを持った銀髪メイドが、その端正な顔に怒りの感情を露わにして
あ。やらかしたかな、これ。
心の冷静な部分で、部屋ガチャの失敗を悟った。
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