第4話 馬車に並んで乗る。ヒロインのメイド服は可愛い。
結論から言うと、俺が殺した男――クルク男爵は相当に悪い奴だったらしい。
圧政は当たり前。
生活どころか、生きるのすら危ぶまれる重税を課していて、払えなかった領民は奴隷として売り払ったり、女であれば自分の物としていたと老執事が血が滲むほど手を握りしめながら語ってくれた。
彼も彼で、家族を人質に取られて仕えるしかなかったというのだから、とんだ糞野郎だ。
それ故に、屋敷の中には誰1人男爵の味方は居なかったというのだから、男にとっては因果応報で、俺とメリアにとっては幸運であった。
初めて乗った馬車でお尻を痛めつつ、横目で隣に座るメリアの様子を伺う。
俯き、背を丸めて、顔に影が差している。その表情は見えないが、元気がないというのはその姿からも見て取れて、
そういえば、この娘も男爵の領地に住んでるんだよなぁ。
『悪徳貴族の慰み者』エンドに至った理由も、重税に苦しみ、払えず。
メリアは抗うことすら叶わず、家族と引き離され、囚われてしまったんだったか。
選択肢によっては攻略キャラが現れて、悪徳貴族の罪が明らかになって男爵家ごと取り潰しになるのだが……まぁ、やり直しのきかないリアルな世界で言っても詮無きことか。
世界の非情さとは異なり、馬車の小窓から見える景色はどこまでも
大地には耕された畑が広がって、そんな大地を映し出したかのように空にはうねのような雲が折り重なるように伸びている。
昨夜、悪徳と血に塗れた凄惨な事件があったなんて思えないほどに。
感傷だなぁ……と自分の心を言葉にしていると、服の裾を引っ張られた。気がした。
見れば、密やかに、遠慮気味に、見上げてくる蒼玉の瞳と目が合った。
「大丈夫、ですか?」
「……まぁ、うん」
それはこっちのセリフなんだが。
言ったら気に病みそうなので口にはしないが、こんな時でも他人の心配とは。流石、乙女ゲームのヒロインだなと、感心と呆れが綯い交ぜになって微妙な心地になる。
なんだか、座り心地も悪くなった気がして、ぐっぐっとお尻の位置を調整する。目立つからと、趣味の悪い豪華な馬車を避けたのは失敗だったかもしれない。
「昨日、あんなことがあったのに、さ。
感謝されるなんて思わなくって」
こうして馬車まで貸して送ってくれるのだから、どれだけあの男が嫌われていたのかがわかるというものだ。ゲームでも、わかりやすい貴族の悪党って感じだったが、結局のところ名前すらない悪役でしかなかった。
それが、こっちではクルクという家名があって、ちゃんと人としての背景すらあるのだから、ゲームとは違う情報の波に押し潰されそうだ。今は赤くない手。その掌を指先で擦る。
『後のことはお任せください』
老執事が大仰に口にして願い出てきたので、後始末については丸投げしてきた。
正直、貴族1人殺して大丈夫なのか不安なんだけど、自分のこと、というかこの身体についてさえわからないことだらけなのだ。どうにかして、と言われたところで途方に暮れるばかり。
実質、他の選択肢なんてあってないようなものだった。
「……それは」
俺の言葉を受けたメリアが言葉を詰まらせる。
それも当然か。
メリアも助けられたことに感謝こそすれ、殺しについては言及していない。相手は悪党だから殺して感謝されるのは当然、なんて言わないだろう。ゲームで知る彼女の優しい性格的に。
「……ごめんなさい」
「謝ることはないんだけど」
またもや頭が項垂れてしまう。さっきから下を向いてばかりだ。
窓は開いてないのに、重たい空気が通り抜けたような気がする。どこかに隙間でも空いてるのだろうか。
「えーっと、
その服、似合ってるね」
重さの伴う気まずい空気を入れ替えようと強引に話題を振ってみたのだが、怯えたようにびくりとメリアの身体が跳ねる。そして、石のように固まると、顔を上げないまま「……ありが……、……ます」と、囁くというにも小さなお礼が聞こえてきた。
話題を間違えたか。
思うが、似合っているのは本当だ。
黒いワンピースに白いエプロンドレス。使用人の仕着せ、オタクにわかりやすく言うなればメイド服だろう。
現代のようにフリルの多い可愛らしい物ではないが、クラシカルなメイド服はメリアに良く似合っていた。やや着慣れない感じなのも、少女らしい愛らしさがある。
ただ、本当なら普通の服が良かったんだろうけど。
そうできなかったのは、またもや悪徳貴族のせいである。
あの屋敷にある女性物の服が、基本的にクルク男爵が選んだ物と言えば、察しが付く人もいるかもしれない。つまりは、そういうことのために用意された品ばかりで、端的に言うと肌面積が多い。
朝、着ていた寝巻きはともかく、外を出歩くならと老執事が与えてくれたのがメイド服、というわけだ。メイド服が見た目普通なのは、悪徳貴族の趣味だろうか。メイド大好きかよ。
「ご迷惑、でしたでしょうか?」
「メイド服なのはありがとうだけど?」
言った途端、顔が上がる。その顔には『え?』という驚きの表情が張り付いていた。
変なことを考えていてまた余計なことを言ったなと、油を塗ったように滑りやすい己の口をどうしたものかと頭を抱える。が、今は素知らぬ顔をしておく。
「ご迷惑ってなにが?」
「あ、や……」
あたふたと視線を泳がせるメリアに笑顔を向ける。
有無なんて言わせないと無言の圧力を発すると、「……はい」とぎこちなくも頷いてくれた。よし誤魔化せた。
「ご迷惑というのは、その……ここまで付いてきてくれて、です」
「あー」
ね、と納得する。
けど、本当に今更だなと思う。
畑に挟まれた、どうにか馬車が通れるように整えられた道。
田舎の風景そのものを馬車の小窓に収めながら向かうのは、本来俺が行く必要のないメリアの住む村だった。
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