1日に誰とも話さない日
明鏡止水
第1話
職業訓練を受けている。
教室には20人近く人がいるのに、私に話しかけてくれる人は誰もいない。
私が何かしたんだろうか。
前のお食事会で挨拶もそこそこに駅の改札を通って帰ったのがいけなかったのか。
どの道嫌いな人がいて勉強内容も頭に入らないし。
残りの時間、辛いけれど、ひとりで机に座ってさも
次の授業の準備をしたり。本を読む真似をしたり。教科書を眺めて授業の進み具合を確認する「作業」をする。
つらいなあ。
つらい。
でも、みんなの話してる内容を聞いていると自分じゃ上手い返しができなさそうなお話ばかり。
みーんな、歩んできた道は違えど◯◯県の人。
私だけ✖︎✖︎県。住んでいる県が違えど隣り合っているのでいくらか話せるんじゃないの?
いいえ。
そんなことはありません。
あそこのフレッセによく行くの。
あー、あのどこどこの町の近くの。
そう。
あの道ねー。
そういえば今日はいつも行くどこどこでおみくじ引いてきたよ。
へー、何が出たんですか?
中吉だった。
わたし、スーパーとかなら、やましろや行っちゃう。
あー、ディスカウントショップやましろや!
ここだとどこを通ったあそこだよね。
どこの町のどの道を通ったどんな風景と規模のフレッセなの。
そしてフレッセってなに、そんなに有名なところ?
まずそこからなの……。聞いたことはある。
あと、いつも行く神社はどこなんですか? あ、すみません、名前言われてもわかりません。有名でその県の人はみんな通ってる、知ってるとかだったら申し訳ないです。
いや、申し訳なくないな。なんだって私は建物や道や、都道府県や名産に弱いんだ……。
みんなの話に入っていけない。
誰かと話してる方が眠気も飛ぶし、学びになるし、おもしろいし、良いことだらけ!!
に、なれば良いんだけれど。
でも、嫌いな人の所には近寄りたくないし。
一組は親子のように、友達ガッチリかたまってるし。
職業訓練の講師の方も「みなさん、大人なので、諍いとかね、ないように。真摯に対応していきましょう」というような方針で私もそれに大賛成だった。
人間関係というものは難しい。
初めに「嫌いな人」を「あ、この人苦手だ」と思ったのはグループワークで私が勘違いをしていた時に舐めつけるような上目遣いでこちらに文句を言ってきた時でした。
文句、そんな大層なものじゃない。かもしれない。
その人にとっては「主張」だったでしょう。
しかし、その「嫌いな人」の発表は万人に受け入れられましたが、私にはその過程は酷なものだと感じたのです。
私の勉強不足ではありましたし、嫌いな人の経験や講師への質問、問題に対する回答には確かな勉学への努力と記憶力、応用力を感じます。
いま、これを書きながら、私はなんとか嫌いな人を元の「苦手な人」くらいには戻せないかと思うのですが。
生理的に気持ち悪いのです。
そう感じるようになったのです。
その人の風貌、あまり観察したくありませんが、髪の生え際や薄さ、着ている服や中肉中背の体格、独特な、まるで祭りのお囃子の鐘のカンカン鳴らすような、クラッカーの弾けるような馬鹿でかい笑い声。
不愉快です。
嫌なことをされたのか? というと何もされていないのですが、とにかく、隣の席で嫌。もういや。
人と話せないのも辛い。
ひとりは情報が入ってこない。
土地勘もない。私は地元の名所や名産も答えられない。
主婦の人のようにスーパーマーケットの各地の様子なんて語れない。そもそも土俵が違う。
(私はなんて物知らずになっていくんだろう……)
おかしいのです。
学んでいるはずなのに、会話で置いてけぼりをくらって。最前列の席で浦島太郎になってゆく。
まだこのクラスだけマシかもしれない。
そう思えば良いんでしょうか。
また、こうも思います。私は統合失調症でお風呂が週二回しか入れないことがあります。
実技の授業など人と近く接する前日はお風呂に入れる確率が高いです。臭い、と思われたりフケがあったら大変ですから。
唐突ですが、自分が美人で、お薬で太らなかった自分だったらどんなにいいか、と思います。
眉毛もうまく剃れずにゲジゲジです。カミソリを当てたところが後から赤くポツポツと腫れるのです。
せめて毛量を減らそうと眉毛用のスキバサミを買って試したのですが、虎刈りの眉になります。眉を描こうにも髪の色、眉の色に合った黒色のアイブロウなんて今時売ってません。
せめて、目元に自信があったなら、自分の人生はこのコロナ禍で変わったのに。眉毛ってどう揃えるの? 太ければかもめ眉とかだし、細すぎたら昭和で令和っぽくないらしい。
自分の服と、顔に自信があれば人生が変わった。
嫌いな人は男の人です。その人を視界に入れないようにしています。その人の声を聞かないようにしています。
でも、このクラスの他のみんなが私のことをそう思っていてもおかしくありません。
他の人のところへ行ってそんなことない、話してみればなんとかなる。ふつうだ。仮に嫌われてたって構わない。お話に混ざってみたい!
毎日誰とも話さずに何ヶ月も過ごすのは辛い。
朝、起きると思う。
ああ、嫌いな人に会いたくないな……。
でも勉強があるし、他の人のことは気になるから行こう。
ああ、嫌いな人のせいでこんな思いになるなんて。
死んでしまえばいいのに。退校してくれないかな。
そこまで思う。
……それを思えば自分の方が危ないと分かっている。
私だってこの職業訓練を難なく切り抜けたい。
切り抜けたいだなんて切羽詰まったものにしているのはやはり、あいつだ。
あいつさえ、いなければ。
しかし、嫌いな奴には持ち前のおおらかな性格のため人望があるのだ。
……お願いだから口を開くな。
嫌いな人のいない世界線か教室に移って、和気藹々を私も味わいたい。
こんな思いで、まいにち、まいにち。
まるで、学生時代の暗い青春のようです。小学生のように6年や中学生、高校と3年続くよりはマシですが。
会話。好きな人たちと何気なく会話することがこんなにも大変だなんて。土俵に立たず、まいにち、まいにち。
でも辞めるわけにもいかないから、向こうに辞めてほしい。
そう目障りに思うのです。これは、いじめっ子の思想なのでしょうか。見方なのでしょうか?
ダサいからいじめる。
目障りだからいじめる。
浮いてるからいじめる。
いじるのが楽しみだからいじめる。
いて欲しくないからいじめる。
空気だからいじめる。
私はイジメをしているんでしょうか。
一人で? 独りなのに? ひとりのくせして?
職業訓練の仲良しさんたちが良さそうな施設を見学しにいきます。羨ましいです。しかし、私は車で通学しているわけではないし、ほんとーに、残念なのですが。見学者リストに入れないのです。
仮に入っても、私はその施設がどこに建っているのかもわからず、仮に行ったとしても数年で忘れるでしょう。
それに、社交辞令でも誘ってくれる人はいませんでした。
もう一度。
誰も、私に声をかけてくれない。
みんなの思いを共有するグループラインがあります。
このまま数ヶ月過ぎて、無事に職業訓練を終えたら。私以外の人はきっと◯◯県内で繋がったまま。
美しい友情を育むことでしょう。車の運転が苦手な私では辿り着けない町や道を通ってどこかのお店でランチやディナー、居酒屋で、これからも友愛を育んでいくのでしょう。
そんな未来がもう見える。
はっきり言う。
ぼっちです。
どこに行ってもぼっち。
もう疲れた。ぼっち、ってさ。なにも、ぼっちにしなくてもよくね?
ぼっちを更にぼっちにする理由がわからない。
まあ、嫌いな男の人に話しかけられるのは嫌だけれど。それだけは嫌。
その人の汚点? 笑顔。笑い声。存在。
私だって誰とでも仲良くできると思ってた。
でも現実は背中の向こう側でみんなが話してる。
1日に誰とも話さない日 明鏡止水 @miuraharuma30
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