第28話 宇宙船竜宮

 大道発掘隊結成の発表と共に拍手と歓声が上がる。そのリーダーが根蔵なのを沈芽が諸手を挙げて異常に喜ぶ。


 あれからどれだけ移動したのだろうか。延々と同じ景色が続く。見上げれば水面が遥か頭上にあり、見下ろせば底がすぐ下にある。時々周囲に壁のようなものが見えるが、恐らくそれは島だろう。


 獣川が退屈して脚をバタつかせだした。そして、誰ともなく聞いた。

「今どこら辺なんだい?」

「関門海峡の辺りかな」

 それに答えたのは沈芽である。恐ろしいまでの方向感覚と土地勘である。もちろん、古家院も分かっていたが、彼女が即答したのには驚いた。


 ふと、水面を見上げると、渦を巻いているのが見えた。

「ごわっす! 関門海峡でごわっす」

 チンパチが水面を指差し口に出す。すると、渦潮が一際激しい所を見付けた。潜水艦はそこへ徐々に引きずられていく。


「おい! 大丈夫かよ」

「静かにしろ根蔵! 大丈夫だあそこへ向かっている」

 冷静に古家院は宇宙船のキーボードと画面を観た。やはり、目的地はあの渦潮だ。


 発掘隊員は慌てる者、恐れる者、呑気に見守る者などがいたが、こういう時は古家院に判断を委ねることにしていた。


 渦潮に巻き込まれるが、潜水艦は回転すること無く底へと吸い込まれていった。真っ暗な世界が続く。トンネルを抜けた先は、巨大な空間であった。

 天井は円形のドームで、そこからは関門海峡の海の中が見えている。ブサイクなタコがこちらを見ている気がした。床は銀色に発光している。

「目的地についたみたいだな……おおい!」

 扉が勝手に開いたので、そこにすがっていた古家院は外へ転げ落ちた。中は息ができるようである。


 銀色に発光する床に降りると、そこは宇宙船さながらであった。不思議な感覚に言葉を失う大道発掘隊員。そこへ、奥の方から何かがやってきた。

「お! 誰かいるぞ。おーい! 俺は、リーダーの根……骨え!」

「ようこそ、我らか波の底の都へ」

 錨を担いだ骨がやってくる。骨は、完全な人骨で公家装束を着ていた。


「よくきたな! 我が名は平知盛だ」

 豪快に笑う骨は自分のことを平知盛と名乗った。平知盛は、その昔源平合戦で平家が壇ノ浦で敗北した時に錨を担いで海に飛び込んだ豪傑である。

「どうした?」

「お客様ですか?」

 続々と骨が集まってくる。十二単を纏う骨が前に出てくるなり丁重にあいさつしてきた。

「ようこそ、竜宮へ。私は平時子と申すものです」

「あ……え?」

 根蔵は困惑した顔で古家院を振り返った。だが、彼は助け舟は出せないと手を突き出す。


「さあさあご客人。我が竜宮の君の元までいらしてくださいまし」

 平徳子と名乗る骨が発掘隊を奥へ招こうとする。頭が真っ白になる発掘隊員たちは、素直に言われるがままついていく。


 竜宮の奥へと歩みを運ぶ発掘隊。途中に真っ白な扉があった。徳子が頭突きをするとその扉は自動ドアのように両サイドへ開いた。


 さらに奥に招かれる。左右には骨の侍が並び、奥へ一本の道を作っていた。その突き当りまでくると、徳子は扉の前で中の人に尋ねる。

「我が君! 父上! ご客人を連れて参りました」

 中からは、子どもの声で良きに計らえと響いてきた。徳子は再び頭突きをすると扉は開いた。


 中は、流線型で銀色の内裏があった。1番高い所には子どもの骨、その1つ下には老人のような骨、その下には数名の骨が鎮座していた。


 徳子は発掘隊に跪くように指示をする。

「よおこられた。予は安徳である」

 発掘隊員は皆、驚愕し言葉を失う。さらにその下に座る老人の骨が続ける。

「平清盛である。よう来られた、ささお顔を上げてそちらの席に」

 平清盛と名乗った骨が、発掘隊員へ丁重に席を勧める。驕る平家というが、清盛の腰は低く、下手すると発掘隊よりも深々と頭を下げ礼儀を怠らない。


 困惑するやら、恐ろしいやら、恐縮しつつも席へ座る発掘隊。重盛と重衡という骨が自ら座布団を敷いてくれるのである。彼らは平家の公達なのか。

 客人が皆着席したのを確認すると、清盛が座を正す。

「して、今日は何の御用かな?」

「あ……え……」

 しどろもどろの根蔵へ、笑顔らしき髑髏を向ける公達。

「なんでもよい。我らにできることなら」

「では……。ここはどこなのですか?」

「さあ」

「この中は何なのでしょうか」

「さあ」

「ここは竜宮と申しましたか?」

「そうだ」

「では、亀や乙姫は」

「おりませぬ」

 話が続かない。見るに見かねて沈芽が話を代わる。

「みなさんは平家の公達にあられますか?」

「そうだ」

「では、その証拠は」

「それは無い」

「では、草薙の剣は」

「それなら……本来は見せてはならんのだが」

 清盛は帝へ草薙の剣を拝見させてほしいと奏した。帝は簡単に腰から抜いて見せてくれた。

「こちらに」

 驚き目を見開く沈芽。彼女は平家マニアであり、揚羽蝶の家紋のポスターを天井に貼っているくらいだ。


 平家の公達であることを取り敢えず確認すると、古家院が1つ頼み事をした。

「この船に何か不思議な力の使い方の……巻物なんでございませんか?」

「ふむ……」

 清盛は顎関節に手を当て考えた。すると、何かを思い出した。

「重盛、例の日記を持って参れ」

「はっ!」


 重盛は奥の部屋から巻物を持ち出した。それを、古家院へ渡す。

「その中には福原での日記が記されておる。幽霊の表情とその関係性。人外の者との対話法。全てを眠らせる管弦の演奏方法などが載っておる。それを与えよう」

 発掘隊は驚いた顔をして清盛の方を見た。

「福原の都には怪異が頻発してのう。わしの部屋にも巨大な顔が現れたり、庭に大量のしゃれこうべが現れたりしてのう。それをそこにおるわしの息子の重衡が面白がって『福原怪異日記』というものを記しおったのだ。中には霊感で遥かな昔の骨を見付ける方法まで事細かに載せておる」

 驚きのあまりの立ち上がる根蔵。そして、霊感で化石を探す方法を自分も使えることを清盛に伝えた。


「ほう、それはよかったな」

「はい」


 それからしばらくの間談話する公達と発掘隊。久しぶりの生きた人との会話に話が尽きない公達。発掘隊も公達と話せるとあって大興奮。特に沈芽が憧れの平家にのぼせ上がる。

「平家の蝶々、蝶々、菜の葉に止まれ」

 彼女は蝶々の歌を歌い出す始末。


 天井から見える海が薄明るくなってきた。すると、重盛が朝が来たことを清盛に伝える。

「おお、そうであったか。久しぶりでついつい……」

「いえ、とても楽しいひとときでした」

 根蔵も感謝の言葉を述べると座を立った。骨武士たちや公達が見送りに来ると、『福原怪異日記』を片手に潜水艦へ戻った。


「それでは! また」

「いやいや、できん約束はやめよう」

 清盛に優しく言われると、頭を掻いた根蔵。

「さようなら!」

「ああ、さようなら」

 潜水艦の扉を閉じると空中へ浮ぶ。そして、再びトンネルを通って海中へ出た。


「とてつもない体験になったな」

 潜水艦のキーボードを叩きながら古家院はしみじみ語った。大興奮の竜宮訪問になった。

「もしかして、外へ出たら何百年も経っていたりして」

 平坊主が余計なことを口にするので、一気に空気が張り詰める。妹がその頭を叩いた。


 仙酔島へ戻った大道発掘隊。潜水艦を岸につけると、以前と同じように土を被せて元に戻しておいた。

 近くに停めてあったボートへ急ぎ飛び乗る古家院。何度もチェックをして、時は経っていないと分かり一安心。発掘隊は小型船で数往復して旅館へ戻った。


 旅館には、兎麿と家政婦がのんびりとくつろいで待っていた。

「おか……えり……お兄ちゃん……」

「ああ、おかえりなさいませ牛麿ぼっちゃん」


 発掘隊は部屋に集まると、根蔵が巻物を紐解く。寝る間も惜しんで『福原怪異日記』に目を通した。そこに書かれていたものは……。


『次回「福原怪異日記」』

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る