第19話 合流
しかし、人の言うことを素直に聞かなかったことは悪いことだと小坊主は説教を始める。馬鹿に説教をするとはこのことだ。
「あなたが一闡提人のように聞く耳を持たない者でなくてよかった」
「おお! 一寸法師か!」
話は噛み合わないが心は伝わった。説教の終わりに一太郎は鎮西の右の頬を平手打ちした。打たれた方は、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をして、ゴツい四角い顔を動かさなかった。
「なんで俺の頬をぶん殴ったんだ?」
「御仏は仰せです。右の頬を打たれたら左の頬を差し出せと」
「それキリスト教だよ!」
獣川が小坊主一太郎の袖を引っ張った。
「そうだったね、じゃあ、剣かコーランだ」
「それもイスラム……しかもイスラム教の人がそれ言ってないし」
獣川は宗教について意外と博識であった。仏教以外はよく知らない小坊主一太郎も教えられた。
「ははは、まいったね。私の勉強不足でしたよ。文献のある物件を尋ねて調べましょう」
文献に物件をかけたと一太郎は自分で言って自分で爆笑した。獣川も鎮西も釣られて笑い出した。
「こいつら馬鹿ばかりだな根蔵」
「……そうだな」
古家院は小坊主の平泉一太郎を
三途の川の辺りでチンパチが鮎と言い張る魚を焼き出した。そして、鮎のような魚を皆に振る舞おうとするが、獣川以外手を付けようとしない。チンパチは笑顔で古家院へ焼魚を差し出すが。
「古家院、遠慮せず食いやんせ」
「よう食わんわそんなもん!」
獣川とチンパチが鮎らしき妖魚に貪りつく間、平坊主と互いに状況を報告する。
「なるほど、つまりそのコンパスを使えばイタコのお婆様の寺まで帰れるのだね? よかった」
「いや、よくねえよ。まだ探している奴がいるから」
「根蔵君、大丈夫だよ。公家の君と忍ならもう合流済で三途の川を下っているのだから」
「それはまずいぜ! 根蔵、コンパス」
古家院に促され、根蔵はコンパスを取り出し針の指す方を確認した。三途の川の下流の方にあったはずの監視小屋が上流の方に移動している。
「クソ! なんてことだ」
「根蔵、肩を落とすな。悪いのは平坊主だ」
平坊主の方をチラ見する古家院。
「どうしてそんなに驚いているのだ?」
「此岸は変幻自在にその姿を変えるからだ」
津軽から聞いた此岸の姿をそのまま語る根蔵。顔色がみるみる変わる平坊主は立ち上がり、いてもたってもいられなくなった。
「あなたたち! 早く食べ終わりなさい!」
鮎らしき魚を呑気に食べる連中へ早く食べるように急がせた。
リーダーたちは立ち上がり、残りの遭難者を探し求める。
獣川の力で位置を探るが。
「だめだ、おいらの力でも見付からない」
「私もです。ああ、神よ……じゃなかった御仏よ」
途方に暮れるリーダーたち。そんな中、沈芽が歪んだ笑みを浮かべ何かを言い始めた。
「あたしの力なら簡単に見付けられるよ」
「な! そうなのか!」
「驚いた姿もいいね根蔵君。ただし条件があるの」
「なんだ?」
沈芽は根蔵の耳元で囁いた。
「あたしの言うことをなんでも1つ聞くこと」
悪寒が全身を駆け巡る。断ろうと口を開きかけた根蔵であった。だが、メンバー全員、特に平坊主が後生だと沈芽に頼むので根蔵は渋々条件を飲んだ。
彼女は鞄の中から包丁を2丁取り出すと、両手に構えた。包丁同士を撥のように叩いてカンカン音を鳴らす。そして、なにやらブツブツいいながら包丁を至る所へ向ける。
「ここでもない、ここでもな……もう! この髪邪魔!」
邪魔になった腰まである長い髪を包丁でバッサリと切り落とした。自己流の散髪でガタガタのボブヘアーとなった少女。地面に落ちた髪を荒々しく足で蹴って自分の側から除ける。
「ここでもない……。ん?」
三途の川の上流の方へ包丁を向けた時、少女は妖しく微笑んだ。
「こっちね、絶対」
「おお、ありがとう神様、仏様、沈芽様」
沈芽の先導で三途の川を遡ることにした。
やがて、監視小屋が見えてきた。沈芽は監視小屋の方を包丁で指し示す。
「もしかして、小屋?」
少女はつぶやいた。それを聞いて平坊主は安心し小屋へ駆け出した。すると、突如地面が動いた。地面から出てきたのは忍び装束に身を包む尋ね人。
「お主ら無事であったか」
「あの、私にくないを向けるのは止めてください」
服部マラトンは平坊主の喉元にくないを向けている。
「どうした! 服部!」
監視小屋から飛び出したのは斑鳩王丸。これで全員リーダーが揃った。
監視小屋へ入ったリーダーたち。皆、思い思いにくつろぐ。そこへ、イタコの津軽が帰ってきた。
「お帰り津軽」
斑鳩が馴れ馴れしく婆さんを呼ぶと、婆さんは斑鳩の頭にげんこつをした。
「痛いであんた!」
「お前ら! なんか忘れているだろ!」
リーダーたちは顔を見合わせた。誰もがなぜ叱られたか分からない。恐る恐る根蔵が尋ねる。
「あの、どうして俺たちは怒られているんでしょうか」
「まだ分からないか。入って来なさい!」
津軽は入り口の方へ誰かを呼んだ。中へ入ってきたのはさと芋と小次郎であった。
「ああ、忘れていた。お笑い芸人とカメラマン」
「忘れていただと! 根蔵! てめえら!」
怒り狂う小次郎は、彼らを捕まえると説教を始めた。しかし、それを聞くものは誰もいない。根蔵と古家院はトイレへ行くと言って帰ってこない。
忍の服部と沈芽は煙の如く消えた。
残るチンパチと獣川と斑鳩と平坊主は大人しく聞いていた。だが、突如平坊主は激怒する。
「小次郎さん! あなたは私に説教をしておられるようですが、それは釈迦に説法ですよ! 図に乗っていると夢で観音像に殴られますよ!」
普段穏やかな人が怒ると怖い。平坊主の迫力に圧倒され小次郎は次第に萎縮する。
その日は、監視小屋へ泊まることになった。此岸は夜になっても外は明るいようで時間の感覚がマヒしてくる。
監視小屋には10部屋あって、リーダーたち1人に1部屋あてられた。何故かさと芋と小次郎は玄関マットの上で寝ることになった。
部屋は簡素な造りで、ベッドが1つあるだけであった。そのベッドに横になり、根蔵は目を閉じた。その日にあったことが瞼の裏によみがえる。
「やっぱり恐山なんかに来るからこんなことになるんだ。クソテレビ局め」
「本当よ、あたしもテレビ局は許せない」
ベッドの下から聞こえてきた女の子の声に飛び起きる。するとベッドの下から沈芽が顔を覗かせた。
「どうしたの? 根蔵君」
「てめえ! なんで平然と……ここは俺の部屋、だろうが!」
ベッドの下から出てくると少女は根蔵のベッドに座る。首を傾げる少女は少年の目をジッと見詰める。
「ここは俺の部屋だ」
「それがなにか?」
「それが全てだ」
少年は立ち上がり、少女の腕を掴んで外へ追い出そうとするが、逆に恐ろしく強い力で引きずり戻される。
「ここで一緒に寝ればいいじゃない」
「何故!」
あまりにも根蔵が嫌がるので、沈芽は呆れたようにため息を吐いて自分の部屋に戻っていった。
「俺……おかしくないよな」
1人自分の行動を確認する。
翌日、此岸には時間と言う考え方が存在しないらしく、一体今いつなのか見当もつかない。リーダーたちは、長方形の長いテーブルを囲い今後の行動について話し合うことに。
「その前に俺から贈り物だ」
古家院は斑鳩と服部へ何かを贈りたいらしい。2人は、少し期待して待った。
「公家野郎、てめえはイカ公だ。斑鳩のイカと公家の公から取った。いいあだ名だろ?」
最初は嫌そうな顔をしていたが、1度呼ばれるとしっくりきたようでお歯黒を見せて笑った。
「服部、てめえは
沈黙が続いた。
「気に入らないんなら俺の言うことを聞く必要はない」
「いや、黒焦でいい」
忍び装束から覗かせる目が笑っている。
しかし、この2つのあだ名は定着しなかった。
『次回「此岸発掘同盟結成」』
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