第18話 怪奇・幻惑の此岸

 起きてしまったことはしょうがない。三途の川さえ渡らなければこっちのものと決めて、リーダーたちは三途の川に沿って下流を目指すことにした。砂利道をジャリジャリと音を立てて進む。


「それで、化石発掘バトルとやらはやるのか?」

 面倒臭そうに古家院が誰ともなく聞いた。

「……今はそれどころじゃないだろ。さて、どうやって帰るか」

 深刻に事態を受け止めているようなふうを装っていたが、どこか嬉しそうな根蔵。非常事態になると活き活きとしてくる。


 三途の川の流れる方へと歩みを運んでいると、神社のような木造の建物が見えてきた。屋根瓦は曲線を描き、正面玄関には石畳が積まれ、入り口はガラス張りで押して入るようになっていた。


 建物の中は木の床に木の壁、三途の川に面して窓もついていた。入り口が開いて中から出てきたのは例の婆さん。

「またあっただろ?」

「イタコの婆さん!」

 根蔵は驚き声を上げた。婆さんはこの建物に皆を招いた。


 木製の背もたれがない椅子に腰掛け、長方形のテーブルを囲い、コーヒーを飲むリーダーたち。イタコの婆さんも椅子に腰掛けるとテーブルを挟んで話をした。

「あたしはイタコの津軽。よろしくね」

「婆さん、ここは」

「あんたは根元とかいったね。ここは三途の川の此岸だよ。川の向こう側は彼岸といって、皆死んだら向こうへ行くのさ。あたしはここで監視小屋を建てて監視しているのさ」

 リーダーたちは顔を見合わせた。


「要するにだ、婆さん。ここは此岸という場所なんだな?」

「あんたは古家院か、まあそうなるね。死後の世界さ」

 古家院は、どこまでも現実の場所であることにこだわる。

「大自然の神秘だね」

「はあ? ここはあの世だよ馬鹿たれ」

 石狩川は、大自然の中に現れた神秘だと決めつけている。


 津軽はマグカップをテーブルにおくと、発掘隊1人1人の顔を順に見ていく。

「全員じゃないねえ、早く残りの連中を探しに行ってやりな」

「え? みんなここに来ているのか?」

 根蔵が尋ねると津軽は軽く笑った。

「恐山に入ると稀にこういうことが起こるのさ。発掘隊だっけ? あんたらは不思議な力を持っているようだから心配はいらないと思うよ。でも、あのさと芋と小次郎は危ないかもね」

「それはやばいな。婆さん、皆どこにいるか分かる?」

「それは、自分で探しなさい。化石発掘の要領でやればいいのさ……。後、その鬼の化石はここへおいていきなさい」

「分かったよ」


 立ち上がるリーダーたち。何故か活き活きする根蔵。根蔵にピタッと張り付いて離れない沈芽。面倒くさそうに立ち上がる古家院。自然は尊いとつぶやきながら立ち上がる石狩川。発掘隊は全員で他の発掘隊とあの2人を探しに行くことに。


「まちなさい。これを」

 津軽はコンパスと食料を根蔵に渡した。

「これがないとさすがのお前さんらでも迷うだろうからね。このコンパスの針をよく見なさい。血のように赤く塗られた方が指す方角が、ここだからね」

「ありがとうございます。でも、三途の川があれば割と簡単に」

「あの世は霧の如く不安定。たとえ此岸でも山の天気のように姿形がかわるからね」


「クククク、なるほど時空の歪みか。一般相対性理論が適応できそうだな」

 古家院が勝手に納得していた。


 建物から外へ出ると、先程とは周囲の景色が一変していた。先程は砂利道で遠くまで見渡せたのに、今は三途の川から50歩100歩位の所に森があって見通しがきかない。骨馬も見当たらない。


 三途の川を凝視する石狩川。毛皮を被って川に向かって佇んでいる後姿は、獣にしか見えない。

「たぶん、上流に1人いるんじゃないかな」

「どうして分かるんだ?」

「根蔵……君だっけ? 大自然と対話できるのはおいらたちの力だからさ」

 笑顔で頷く根蔵と1人納得した古家院。

「なるほど、そういうことか。大自然がどうのとほざいていたのは、力のことか。ふっ、1つ謎が解けた。それで、獣川、その力の定義や定数はなんだ?」

 無神経に聞いてくる上に名前を間違えるこの少年に熱り立つ石狩川。根蔵は間に入ってとにかくなだめる。この時の獣川というあだ名はあまりにも似合いすぎていて、この時から定着する。


 三途の川に沿って上流を目指すリーダーたち。やがて、森が見えなくなった。それどころか霧がかかって来て見通しが効かなくなってきた。

「お前らはぐれるなよ」

 この連中なら問題ないと思いつつも、念の為注意喚起する根蔵。


 空模様も怪しくなってきて、ゴロゴロと鳴り出した。空が光った。と同時に大量の何かが降ってきた。空を見上げるとそれは恐るべきものであった。

「矢だ!」

 視力が異常にいい獣川が最初に視認し、皆へ知らせる。すると、リーダーたちは、雨のように降り注ぐ矢を全て紙一重で避けていく。尋常ならざる反射神経で一矢たりとも当たらない。


 矢の雨が止んだと同時に霧が晴れる。すると、また周囲の景色が一変していた。森はなくなり矢が無数に刺さる乾いた真赤な大地に変わっていた。大地が矢の雨に打たれ、血が溢れ出し染まったような光景である。さらに、矢も変化していた。先程降り注いだ矢が、気付けば空へ向かって伸びる鋭い針に変わっていた。

「面白い現象だ」

「大自然恐るべし」

「ウフフフ、かわいいハリネズミ」

「お前らちゃんとしろ……ちょっと触ってみるか」

 それぞれがそれぞれの感想を述べるが、誰も聞かない。


 落ち着いてくると、針の隙間を歩き三途の川の上流を目指す。古家院は密かに針の1本を抜くと、ニヤリと笑って新聞紙に包んで鞄に収めた。


 針山地獄の針の間を通り三途の川に沿って移動する。冷静に邪魔な針を蹴り飛ばしながら歩く沈芽であったが、急に何かを思いついたらしく歪んだ笑みを浮かべる。

「やだ、針が怖ーい」

 突如かわいこぶって根暗の腕にしがみつく。

「やめろ! 危ないだろうが!」

 いつもなら振りほどく彼だが、ここでは針があるのでできない。例え、振りほどいても彼女ほどの運動能力と力があればまず針に刺さることはないだろうが。

「あたし怖ーい! 根蔵君助けて」

「なら腕を離せ」


 やがて、針の山が見えなくなった。そこから少しだけ進むと、三途の川で釣りをしている大柄な男を見付けた。筋肉隆々でイガ栗頭のそいつが大声で独り言を言っているのが遠くからでも聞き取れた。

「最高でごわっす! 最高でごわっす! 魚はいつでも最高でごわっす!」

 釣り上げた得体のしれない怪魚を腰元に投げている。彼は鎮西八朗。その姿を見た根蔵は呆れ返った。


「あいつ、何も気付いていないんじゃ」

「ククククあいつの馬鹿さ加減は尊敬に値するなぁ」

「大自然の此岸で何やってんだ?」

 根蔵らは鎮西と合流する。

「おお! 根蔵か! 今度は恩返しにこの鮎を塩焼きに」

「いらん! なんだその人面魚は!」


 この異様な状況下で何一つ気付かない鎮西八郎に、真実を教えてやった。やはり、彼の頭では中々事態を理解できない。

「ってことは、こん川を渡ったらあの世でごわすか? そんな馬鹿な」

 豪快に笑い中々信じない鎮西。あろうことか、向こう岸に何があるのか見てきてやると突如三途の川へ飛び込んだ。

「このくらい泳ぎきってやる」

 豪快に彼岸へ向かって泳ぎだした。すると、此岸から彼を呼び戻す声が川へ響いた。

「戻りなさい! そちらは彼岸だ、死にますよ!」

 根蔵らも声のする方へを振り返る。声の主は、小坊主の平泉一太郎であった。鹿のような目を見開いて警告する一太郎。さすがに、僧侶に言われると恐ろしくなって、後数メートルで彼岸という所から引き返してきた。


 川から上がってきた鎮西は、恥ずかしさのあまり豪快に笑って誤魔化す。

「気持ちよかったこの川!」

「ギリギリ間に合ってよかった」

 小坊主一太郎に肩を叩かれ馬鹿は喜ぶ。


『次回「合流」』

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