第17話 一回戦・いざ恐山
バスは新幹線乗り場に着いた。バスを降りる時も沈芽は根蔵の後ろへピタリとくっつく。新幹線に乗る発掘隊一行。リーダーは先頭車両のそのまた先頭に特設された席に集められた。席は左右に4席ずつ並べられ机を挟んで向かい合っていた。
左側の席に乗ったメンバーを前から順に列挙しよう。
中国代表の怪しい女、沼田沈芽。
関東代表の根暗侍、根元蔵志。
近畿代表の間抜け公家、斑鳩王丸。
四国代表の薬物野郎、古家院紅葉。
右側の席を、前から順にメンバーを列挙すると。
東北代表の小坊主、平泉一太郎。
中部代表の忍者、服部マラトン。
九州代表の筋肉馬鹿、鎮西八朗。
北海道代表の獣、石狩川熊太郎。
その席を見た周囲の乗客は、魑魅魍魎が跋扈する百鬼夜行と囁きあった。
「おい! お前その毛皮くせえな!」
「なんだその言い方は! おいらの毛皮は命を頂いているんだ!」
薬物の古家院が獣の石狩川を煽ると、獣が薬物に再び飛びかかる。
「根蔵とか申したか?」
「ああ、あんたは忍者か」
「さよう、拙者は忍者のリーダーで服部マラトンと申す。貴公は忍者に興味はないか?」
「ああ、興味ないね」
「おしい、我ら五勇士は六勇士めを探しておったのだ。貴公のように、暗くて、手段を選ばない者は立派な忍になれたろうに」
「てめえもっぺん言ってみやがれ!」
服部は忍者らしく沈黙を貫いた。だが、手段を選ばないと聞いて小坊主の平泉が説教を始めた。
「手段を選ばないなどと、人の道とは」
それでも沈黙を貫く服部へムキになって説教を始めた。
「あんたは公家でごわすか?」
「ああ、俺は……いや、麿は」
鎮西は斑鳩のお歯黒を見て爆笑した。
騒がしい喧嘩を見て、誰とも話したくないという意思表示に、根蔵は俯向いた。
新幹線は騒がしく、発掘隊は異常なこだわりを互いにぶつけあった。
目標の駅に到着し降りる。駅では、また薬物野郎と獣が掴み合いの喧嘩になった。
だけでなく小坊主と忍が道徳について口論を始めた。
どさくさに紛れて根蔵と腕を組もうとする沈芽。もちろん根蔵は腕を払い除ける。
それでもさと芋がマイペースに外のバスに乗り込むので、皆慌ててバスに駆け込んだ。それからしばらくバスに揺られて目的地へ。
今大会の一回戦のルールを解説するさと芋。
「これから一回戦を始めるにあたってルールを説明いたします。あなたたちはこれからリーダーだけで恐山に1週間滞在し化石を掘ってください。それだけです」
さと芋は何やら地図を取り出すと各発掘隊へ1枚ずつ配る。髑髏マークをつけてある場所を指差した。
「このかわいいマークのついている場所が休憩所です。そこには、衣食住が全て揃っています。1人一部屋ですよ」
地図をシゲシゲと見るリーダーたち。
目的地に着くと、そこに用意されたバラックでベージュの作業着に着替える。忍者と獣道はそのままの服装で挑む。
とうとう恐山へ入山することになる。だが、どういうわけか山は霧がかかってその姿がほとんど見えない。山の麓には、イタコのお婆さんがいた。お婆さんは山に入ろうとする発掘隊を呼び止め、先頭のさと芋に話しかける。
「お前さんら、この山に登る気か?」
「はい」
「やめときな、素人が入って無事で出られるほど甘くはない」
後ろから続々とやって来る発掘隊の異様な空気に、お婆さんは驚き立ち上がる。
「こいつらが入るのか?」
「はい」
「お前らは?」
「私とカメラの相馬小次郎以外は帰る予定ですが」
「それなら問題はなさそうだ。あんたとカメラの小次郎の骨は拾ってやるよ。また後でな」
お婆さんは崖を飛び降りどこかへ去って行った。
不吉なことを言われ、さと芋と小次郎は呆然と立ち尽くす。
「ちょっと」
「ぬは!」
根蔵はさと芋の肩の上に手を伸ばす。彼は何もないところで何かを掴んで放り投げた。
「ちょっと、ね。こいつは危ないから」
「ははは、私の肩に何がいたと言うのです?」
「あんたは知らなくていい」
イタコといい、根蔵といい、怪しいことを言って恐れさせてくる。
「でも、私は行きますよ。ねえ、小次郎さん」
「……今何か写ったような」
「黙りなさい! ただのスカイフィッシュですよ!」
「はあ」
スタッフたちは、恐怖を捨てて前進する。その先にあるのはあの世かもしれないが。
「さあ、リーダー諸君! この山で化石を発掘してください!」
適当に返事をするリーダーたちであった。そして、一斉に思い思いの場所へ散って行った。本当に、バラバラに散って行く発掘隊の図太い神経に小次郎は舌打ちする。
「協調性もない、素直じゃない、頑固で言うことを聞かない。なのに人当たりはいい。こいつら本当にムカつくぜ! でも、お前らは最高だ」
カメラの小次郎とドローンが映像を撮るのだ。
根蔵は、強力な霊気を放つ山で適当に歩き回ることにした。彼が安心したのは、沈芽が彼に全く目もくれず自分の道を行ったことだ。
「あの女も自分の道を譲れないようだな」
昨日以来の開放感に、空に舞う無数の悪霊にすら手を降る上機嫌の根蔵。
岩がそこらに転がる木の生えていない山を登る根蔵。彼は坂道の半ばで止まると横に切れていった。
「ここかな」
地面を掘り起こした。すると、とんでもないものを掘り起こしてしまう。
「鬼……」
それは、鬼の首の化石である。化石というか、完全な姿で残っていた。人の3倍はあろうかという大きさの顔に橙色の皮膚、角も残っている。
ふと、周囲の景色が不自然なことに気が付いた。来た時にはなかったはずの川が目の前を横切っている。不審に思い地図を眺めてみた根蔵。すると驚くべきことが分かった。
「おい! ここ地図に載ってねえじゃねえか! 恐山どこいったんだよ!」
後ろからついてきているはずのドローンが気付けば無くなっていた。根蔵は改めて川を見た。
「もしかして、ここあの世の入口だったりしてな」
呆然と見詰める川は穏やかに流れていた。彼は鬼の化石を袋に詰めて、先へ進む。
しばらく三途の川に沿って歩いていると、草が生い茂る辺りに出た。根蔵は地図を見るが……。
「やっぱり地図に載っていないな」
1人になってから独り言が増えた根蔵。途方に暮れる彼の前に、例のあいつが現れた。
「どうした我武者羅発掘隊の根蔵。ヤマタノオロチを見付けた時みたいにはうまくいかないようだな」
ガスマスクをつけた科学薬品発掘隊の古家院だ。
「お前いたのか!」
「おいおい、死んだやつでも見たような顔をしやがって」
根蔵は古家院に状況を説明した。
「はっはっはっ! 三途の川? 泳ぎたくなるなあ」
「てめえ! 真面目に聞きやがれ」
根蔵の話を聞き状況を整理する古家院。そこへ、薬物野郎の天敵が姿を現した。
「あ! おめえら!」
天敵の獣、石狩川であった。彼は得体のしれない骨だけの馬に乗って現れた。少年は馬から降りると、再び古家院へ詰め寄る。間に立って喧嘩を止める根蔵。
「待て! 今それどころではないだろ」
皆で1度状況を整理した。どうやら、ここは此岸でこの世とつながり、川の向こう側は彼岸であの世につながっているらしい。
「まあそんなところか……。ところで、いつからいる沈芽」
「ウフフフ、さっきから」
気付かない内に、根蔵の隣に座りそっと腕を組む沈芽。今この少女は猫を被っていない。
「なるほど、要するにだ。ここはこの世だ。しょせんあの世も死者が訪れる場所にすぎん。ただそういう場所があるだけだ」
古家院は、飽くまであの世も実在する場所の一つに過ぎないと受け取った。
「ああ、大自然の神秘よ! 命をありがとう。熊を恵んでくれてありがとう」
石狩川はあの世も大自然の1つくらいにしか捉えていないようだ。
「ウフフフ、あたしはあなたがいればどこでも」
沈芽はいつもと変わらない。
「ふう、全く舐めた山だな」
恐山に悪態をつき、飽くまでも偉そうな根蔵。
全員に共通することは1つ、あの世を全く恐れていないことだ。
『次回「怪奇・幻惑の此岸」』
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