一回戦・恐山
第16話 テレビ局前に集うライバル
夜が明けた。今日はいよいよ本戦の日。根蔵は起きると、戸のところの僅かな隙間から沈芽が覗いているのが見えた。戦慄の瞬間、彼は牛麿を叩き起こした。
「もう朝か?」
「午前6時だ! もう起きろ!」
何事もなかったように沈芽は部屋に入ってきて笑顔を振りまく。
「ウフフフ、おはよう根蔵君」
「ああ、おはようございますね」
「おはようやで」
布団の中で目をこすりながらあいさつをする牛麿であったが……彼女は眼中になく、さらにその腹を踏み付ける。
「痛いで自分!」
それから、4人で朝食を取ると、我武者羅発掘隊は紋付袴に着替える。沈芽は麦わら帽子を被り、黒い革製の鞄を人差し指一本でさげる。昨日の件を知らなければ、とても爽やかで可愛らしく見えた。
兎麿が暗い顔して切り火をする。また化石がその尊い命の残骸を火花と散らす。
「い……いって……ら」
「ほな行ってくるわ。戸締まりよろしく」
「兎ちゃん、帰ってきたら例のコツを教えてあげるね」
沈芽のその言葉に兎麿はパッと顔を上げた。また、明るく狂ったように笑い出す。3人は出発した。
DDTテレビの前には、個性的な発掘隊たちが集められた。それぞれが思い思いの場所で好き勝手振る舞っている。決戦の前の様子をカメラが撮った。
「私、さと芋がインタビューいたします」
さと芋がマイクを片手に各地方代表のところへ話を聞きに行く。
北海道代表の道産子・獣道発掘隊は、毛皮を着込んでいた。
「今日の意気込みは?」
「熊を連れてくるなと言われて」
悔しそうに3人のつぶらな瞳がさと芋を見る。
メンバーは、全部で3人。
リーダーの
狩川
東北地方代表の奥州・金色堂発掘隊は、坊主頭で黄金の袈裟を着て首から真珠を連ねた数珠をかけていた。
「金色堂の皆さんはお坊さんなんですか?」
3人の小坊主は袈裟を翻し優雅に舞った。
「はい! 坊主は屏風に化石の絵を描くんですよ」
そう言ったリーダーは妹に小突かれると、キョロっとした目で真っ直ぐにさと芋を見詰め黙った。
金色堂発掘隊のメンバーは、全部で3人。
リーダーの平泉
弟の平泉
妹の平泉
中部地方代表の五勇士・忍発掘隊は、忍び装束に身を纏いピクリとも動かない。
「忍者なんですね」
「……さよう」
答えたのはリーダーである。
忍発掘隊のメンバーは、全部で5人。
猿飛スパルタ。
霧隠テーベ。
望月アテネ。
服部マラトンの妹のサラミス。
皆、横目でさと芋を見ている。だが、カメラが回ると皆、両手でピースを作って振り向いた。
近畿地方代表の大和・公家泥発掘隊は満足気に話をする。
四国地方代表の南海・科学薬品発掘隊はガスマスクをつけた少年2人組である。
「どうしてガスマスクなんかつけているのですか?」
その問いに、赤髪が炎のように逆立つリーダーの少年が答える。
「粉塵にやられないためだ。後、薬物を少々」
「ふははは! ご心配なさらずに。我々はラベンダーの香りのことを薬物と言っておるのですよ」
「ああ、そうなんですか」
2人はあたふたしながらどこかへ去った。
科学薬品発掘隊のメンバーは全部で2人。
リーダーの
九州地方代表の
「すごい筋肉ですね。体を鍛えているんですか?」
「かかかららららだだだあああ」
リーダーは緊張して言葉が出てこない。
同じく2メートル近くある少年2人が代わりに答えた。リーダーがことにならないので、さと芋は話を打ち切った。
鎮西発掘隊のメンバーは、全部で3人。
リーダーの
さと芋は、後2組の内、中国地方の執念発掘隊の沼田沈芽にマイクを向けた。
「発掘バトルに女の子1人で参加ですね。頑張ってください」
「はい!」
沈芽は爽やかに元気な声で答えた。今までとうって変わり、元気で天真爛漫な雰囲気を装っている。
「元気がいいですね。好きなものはやっぱり化石かな?」
少女は、可愛らしく顔を赤らめ、鋭くも大きな目を麦わら帽子で隠し、はにかみながら答えた。
「化石と、今回大会に参加している我武者羅発掘隊の根元君でーす」
少女は肩をすくめてウインクすると、隣りにいた婦人の加藤茶々が指笛を吹いてバク転した。しかし、聞き逃してはならないのは、好きな物に根蔵が入っていることだ。物なのだ。
「へえ、根元君か」
「えへっ! 必ず私の婿にしてみせます!」
真夏の太陽の如く弾けるような笑顔でそう答えた。加藤茶々がこの猫顔の子は女優になれそうなくらい可愛らしいと気に入っている。事実、昨日のように妖しく振る舞わなければ、見た目は非常に可愛らしかった。
その言葉を聞いて根蔵はゾクッとした。そして、ドキドキと悪い方の動悸がしてきだした。思わず腰元の刀に手をかける。
「根蔵はん、その刀じゃ致命傷は与えられへんで」
「俺は、身の危険を感じているんだ」
最後にさと芋は、坂東・我武者羅発掘隊にマイクを向けた。
「今回の意気込みをどうぞ!」
「し……新種を片っ端から見つけてごさろうじゃない……えっと」
「ワイらは負けんで」
挙動不審の根蔵と呑気な牛麿である。さと芋と茶々は、挙動不審の少年をみて何かを勘違いした。
「根元君、沈芽ちゃんの大胆な告白をどう思いますか」
その質問に、根蔵は胃の中のものを出しそうになってしまった。顔面蒼白で、後ろから沈芽が見ている中、彼は答えた。
「……彼女は、女優になれると思いますよ」
「心の中までは分からんもんやで」
付け加えられた牛麿の言葉の意味を取り違え、微笑むさと芋と茶々。
我武者羅発掘隊への質問が終わると、集合の号令がかかった。皆、一斉にテレビ局の殺虫剤の塔の前に並んだ。
「さて! みなさん準備はいいですか?」
皆、思い思いの返事をした。
「では、これからバスに乗ってください。それから新幹線に乗って青森を目指します。気分が悪くなったりしたらいつでも言ってくださいね」
各発掘隊は、バスに乗り込んだ。根蔵の席は1番後の席で左隣は牛麿が座り、右隣は沈芽が座った。根蔵の前の席には、右側2席には南海・科学薬品発掘隊。左側2席には、道産子・獣道発掘隊の石狩川兄妹が座った。
バスの中では、ライバル同士とはいえ、そこは子ども。互いに親しく話しかける。
「お前、ヤマタノオロチの化石見付けたんだってな」
「どんなやばいことをやったんだ?」
ガスマスクをつけた科学薬品発掘隊が興味津々で聞いてくると、獣道発掘隊も便乗し聞いてくる。
「まあ……あれさ」
口ごもる根蔵に横から口を出す獣道発掘隊。
「自然の力に説明なんていらないさ」
「そうよそうよねお兄ちゃん」
獣道発掘隊の信念を嘲笑う科学薬品発掘隊の2人。さっそく互いに火花を散らす。
「まあまあ、その辺で」
根蔵の執り成しで喧嘩は収まったが、険悪な空気が流れる。このバスに乗っている連中は、誰もがそのこだわりを曲げることはない。猫を被る沈芽と牛麿もその例外ではない。
とんでもない連中と一緒にバスに揺られ先が思いやられる根蔵であったが、その根蔵も負けん気が出たら果たしてどうなることやら。
誰とも目を合わせたくない根蔵は、牛麿と席を変わってもらい外を眺めることにした。そこで根蔵が見たものは。
「おーい! おいどんをおいて行かないでくれー!」
懸命にバスを追いかけるのは、鎮西八朗発掘隊のリーダー、鎮西八朗であった。全身から汗をかき、死物狂いで走っている。
「運転手さん! 外に乗り遅れがいるよ! もう! こいつらくっそぉ!」
バスを一時停止すると、鎮西は中に乗り込んだ。鎮西は見付けてくれた根蔵にお礼を述べるとプロテインをガブ飲みした。
根蔵は何事もなかったように席に戻る。同じバスに変な連中と乗る羽目になったことにため息が出る。とはいえ、彼もこの連中と大差はない。しょせん、同じ穴のムジナである。
『次回「一回戦・いざ恐山」』
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