第11話 嵐の前
葉化嵐博物館を後にした根蔵と牛麿。環状線家に戻り、牛麿の部屋へ。根蔵は、インターネットでDDTテレビのホームページを検索した。
「確かに、『新種を見付けろ・化石発掘バトル』という番組があるな」
「また、ホラーな光景が見られるとええんやが」
DDTテレビからの連絡を待つ間、根蔵と牛麿は木枯館長と各地を巡り新種の化石を発掘していた。目が3つある牛。頭がパカッと割れる犬。陸生のタコなど、新種が続々見付かった。
その間も、DDTのホームページを欠かさずチェックする。参加者の数は日に日に増えていった。気付けば、500を超える発掘隊が参加していたのである。
「こんなに少年・少女発掘隊っていたんだな」
「そのほとんどが名前だけのヘボやろうけどな」
その中でも目を引いたのは、やはり公家泥発掘隊である。ヤマタノオロチ発見者の斑鳩王丸と万力豪力。透視能力を駆使して馬鹿力で発掘するこのコンビは強敵となるだろう。
牛麿は壁に貼られたカレンダーを見た。その絵は、歴代凶悪犯罪の実行犯の写真が写っている。今月7月の写真は、切り裂きジャック。やはり、牛麿は相当なサイコである。
カレンダーには、藁人形のシールを貼り付けてある日にちがあった。
「根蔵はん。今日から3日ほど家族に会いに行かへんといけんのや」
「は? あのコンゴ共和国に高飛びした?」
「今はホンジュラスや。年に1回、皆で会おうって約束しとるからな」
「そうなのか、分かった」
四六時中世話になっている環状線家から、家に帰る準備をする根蔵。環状線家の2階の間取りは、牛麿の部屋の向かって右側に根蔵居候用の部屋があり左側に階段があった。ちなみに、牛麿の部屋の向かいに妹の部屋がある。
「それじゃあまた」
「ほな、その辺の食いもんでも持ってったって」
エコバッグに溢れそうなほど詰められた食料品を幾つも渡され、根蔵も一度家に帰った。
家の引き戸を開け、久々に我が家へ帰った。久しぶりの我が家は狭く、暗く、そして、怪しい女の幽霊がいた。普段は服を取りに帰るのみの家であったが、最近は発掘作業に追われていたため帰っていない。
天井の裸電球に光を灯すと目の痛くなる黄色い光が部屋を僅かに照らす。豪奢な環状線家での居候生活とあまりにも対称的。根蔵はこの家こそが自分の家なのだと裸電球の立てるジーという音に思い知らされる。
先程牛麿からもらった食材を冷蔵庫に詰めている時、玄関がガラッと開いた。
「ただいまー。蔵志はいる?」
「ああ、母さんか。ここに」
懐かしい母の声である。市会議員時代は清楚な身なりをして、もやしとあだ名されるほど細かった母の姿であったが、今や弱肉強食の世界で生き抜くたくましい姿になっていた。
根蔵は久しぶりに母と晩御飯を食べる。牛麿がくれたのは、世界の本格的に怪しい珍味だ。猫と猿の写真が貼られた缶詰。覚悟を決めて口に入れる親子。意外にも、味は悪くない。
「学校はどうなの?」
「先生もヤンキー、校長は株」
「そう」
親子に言葉は必要ない、心が伝わるものだ。なんてことはなくこれで伝わるわけがない。
「蔵志、最近隣の牛麿君とは遊んでいるの?」
「ああ、化石を掘ったり」
「え? 化石?」
「ああ、えっと……。どこから話そうか」
ここ最近の怒涛の日々を母に教える。霊能力で化石を見付けて、葉化嵐博物館の木枯館長の弟子になったこと。島根でヤマタノオロチの化石を見付けたこと。これからテレビに出ることなどを順を追って説明した。
「あんたすごいじゃない!」
「別に」
「相変わらずの捻くれね。でも、あんたの霊能力は私譲りね」
「うん」
「そこの女の幽霊を黙らせるのに猿の霊を連れてきたのはあんたが正解だったしね」
「だろぉ! 俺の霊能力に不可能はない!」
「霊能力褒めた時だけ嬉しそうにするね」
母はジッと根暗の顔を見詰める。
「あんた、明るくなったね」
「……え?」
食事を終えると、母は外出の仕度を始めた。
「また、古田の所に行くの?」
「ええ、私があの男からネタを聞き出さないと犠牲者が増えるからね」
「犠牲者?」
「そうよ、あんたの父さんもお兄ちゃんも、半分はあいつにハメられたようなものだからね」
根蔵は片付けようとしていた茶碗を落とした。
「それ、どういう意味?」
「お父さんの不正の半分は、あの古田の一派に巻き込まれてやらざるを得なくなったのよ。もう半分は自業自得だけどね。でも、お兄ちゃんの方は、あの古田一派に麻薬の運び屋の話を持ちかけられたのよ」
衝撃の事実に愕然としてへたり込む根蔵。鼓動は激しくなり、指先は冷たくなっていく。
「それ……じゃあ……あの男」
「古田の一派は相当巨大な組織なの。奴らの尻尾を掴むまで諦めてはならないのよ」
怒りに震える声で母は古田一派のことを語る。だが、言って後悔した。根蔵が古田への復讎をしまいかと思い当たったからだ。
「蔵志、あんたはあの男に関わっちゃだめ」
「でも……」
「いい!」
「……分かったよ。でも、いいものがある」
根蔵はこの前、古田の話を盗聴したボイスレコーダーを母の手に渡した。
「この中に奴らのメンバーが記録されているから」
「な! ななんとお!」
母は、大袈裟なくらい驚いて、歌舞伎ポーズをとった。そして、ボイスレコーダーの中身を聞いた。
「蔵志、これは大手柄よ。これさえあれば」
「母さん、無理しないでね」
「あんたこそ! こんな無理して……。いい! これからはこんな危険なことはしちゃだめ! 大人しく牛麿君と、コカイン館長と化石を探していなさい」
「木枯館長だよ」
「そう! あんたは陽のあたる道を歩くのよ」
母はそれだけ言うと、外へ出て行った。
それから、根蔵は畳の上にせんべい布団を敷くと、その上に横になった。電気を消し、目を閉じると瞼の裏に古田の下劣な笑い顔が浮かんできた。
古田が根元家をドン底に叩き落とした。その事実に根蔵は怒りの炎を燃え上がらせる。
「あの古田の野郎! 覚えていろよ。必ず俺がお前を地獄に叩き落としてやる!」
暗い沼の底に沈められたような苦しみが根蔵を苦しめる。
その夜、根蔵は石原さと芋と加藤茶々の夫婦漫才を北村能天気と一緒に見る夢を見た。時々寝言で爆笑する根蔵。この図太さが強さの秘訣なのかもしれない。
翌朝、根蔵は一晩中夫婦漫才の夢を見て、喉が枯れるくらい笑った。起きた時、彼は勝ち誇ったように笑う。古田如きが夢に出てこないほどその存在感は弱く、自分は勝ったのだと自覚したからだ。飽きれるほど図太い自分を誇らしく思うのは彼独特の思考である。
「さて、俺は化石バトルの準備でもするか」
布団を跳ね除けると、玄関から外へ飛び出し陽の光を浴びる。そして、太陽に誓った。
「古田! てめえへの最高の復讎は、この俺が天下一の発掘隊になることだ! てめえ如き三流野郎なんぞ、顎で使ってくれるわ!」
そう大声で太陽に叫ぶと、気持ちがスッとしてきた。そして、DDTテレビの化石発掘バトル番組で天下一になってやると決めた。
陽のあたる道を歩めと母に言われるまでもなく、根蔵は化石を掘り起こす道を足取り確かに歩み始めていた。玄関へ戻る僅かな道で何かに躓いた。それは、毛ガニであった。
「なんでこんな所に毛ガニ」
気にはなったが、それよりもご飯だ。
部屋に戻り朝食の準備に取り掛かる。牛麿のくれた怪しい食材を豪快にフライパンでかき混ぜる。そして、できた焦げ茶色の物質を口へ掻き込む。
「俺は、新種の化石を見つけるぞ!」
根蔵の背中をチョンチョンと叩くものがいた。彼は振り返ると、毛ガニがハサミで背中を突いてくる。
「な……おま……」
毛ガニは牛麿からもらったクーラーボックスの方をハサミで指すと、そのまま、クーラーボックスへと戻っていった。
『次回「全国発掘バトル」』
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