第二部 全国化石発掘バトル

休息の一時

第10話 勝負の夏休み

 事件の解決と共に、ヤマタノオロチの化石を発掘した件が有名になった。坂東・我武者羅発掘隊と大和・公家泥発掘隊の名が有名になっていく。


 地元、東京へ戻った根蔵と牛麿。木枯館長は、しばらくヤマタノオロチの化石を研究すると言って出雲の大学に残った。


 環状線家へ戻った2人は、久々に牛麿の部屋でくつろぐ。家には、今も暗がりで黙り込む妹の兎麿がいたが、牛麿はお構いなし。明日終業式へ出るため泥のように眠る。


 翌朝、根蔵と牛麿は登校する。クラスは相変わらずの学級崩壊であったが、根蔵と牛麿の姿が見えるとクラスメイトが駆け寄ってきた。そこからは質問攻め。授業が始まっても、質問攻め。凶先生も質問攻め。やはり、先生の影響は絶大だ。


 終業式のために、グラウンドへ出る全校生徒。それぞれのクラスの所に綺麗に整列する生徒たち。校長は朝礼台に上がり話を始めた。

「やあ! 終業式だよ! 一年生にとっては最初の夏休み。六年生にとっては最後の夏休み。高血圧の私にとっても最後の夏休みになるかもしれません。私の顔を忘れないでね」

 全校生徒は校長を指差し爆笑した。


「私にとっては、君たちの元気な顔が見られない最悪の日々です。なので、この夏は株を始めようかと思っています。これで、私の株もあがりそうだね」

 全校生徒は愛想笑いをするが……。

「笑うな! 私は本気だ!」

 校長は株を始めることをせせら笑われたと勘違いし、思わず癇癪を起こす。年と共に、自制の効かなくなってきた校長。誰もが、進行性の癇癪癖がある校長は、株を始めるべきではないと感じた。


「以上! さようなら!」

 校長の話は1分もなかったが、刺激が多く退屈をしない。


 終業式が終わると、根蔵と牛麿はさっさと帰った。

「今日も校長は弾けてたな」

「ホンマに、ワイらが喜ぶ所をよう知ってはりますわ」

 部屋のソファに座り、エアコンで半端に冷やした部屋でくつろぐ根蔵と牛麿。怒涛の数日を振り返り感慨にふけるわけがなく、2人は次の動きを考えていた。


 テレビをつけると、子ども恐竜日記という番組をやっていた。幾つかの博物館を回り、それぞれの目玉を面白おかしく紹介している。以前は冷ややかに見ていたそのテレビも、今は楽しく見ることができた。

「あの恐竜、本物と少し色が違うな……」

「楽しい遺骨のパレードや!」

 和やかに進行する番組であった。ところが、新種の化石紹介コーナーの所で根蔵は驚きソファから転げ落ちた。

『この夏の目玉は何と行ってもヤマタノオロチの化石。発見者の少年たちは他にも数々の新種を発見しており』

 根蔵と牛麿は顔を見合わせた。

「ここ葉化嵐博物館じゃねえか! しかもこれ俺らのことじゃねえか!」

「ホンマに、どないなっとんや」

「牛麿! 木枯館長から何か連絡が来なかったか?」

「来てないはずや」


 牛麿はケータイの画面を見た。電池切れだ。

「そや、島根行く前から充電すんの忘れとったわ」

「それだ! 早く充電しろ! クソデブ!」

「ありがとさん」

 部屋の隅にある明らかに改造されたコンセントにケータイの充電器を差し込んだ。10分ほどすると、ケータイの充電は満タンになる。牛麿がケータイを見ると、メールが山ほど届いていた。

「木枯館長はんからメールや。ワイらが見付けた化石が化石展に展示されるんやと」

「なんてこった!」

 2人は葉化嵐博物館へ全力疾走する。


 博物館の前は行列ができている。中は人でごった返していた。壁にヤマタノオロチの化石が発見されたというポスターが貼られていて大体的に宣伝されていた。ポスターの隅には、発見者の根元と牛麿と小さく書かれている。

「おおおお」

「おおごとやな根蔵君」

 博物館の裏口から中へ入り例の館長室へ。根蔵は戸を開けた。

「おお! 根蔵君! 牛麿君! 何をしていたんだ一体!」

「何があったんだよ!」

「ホンマに、どないなっとんや」


 木枯館長の説明を受けた2人。出雲の大学でヤマタノオロチを研究した結果、信憑性があると判断された。木枯館長と三条博士は、自らの弟子たちがそれを発掘したことをテレビで発言したのである。さらに、今朝、生粋のヤマタノオロチマニアである芸能人の石原さと芋と加藤茶々夫妻が観に来たのをきっかけに、全国的に有名になったらしいのだ。


「ええ! あの石原さと芋と加藤茶々が来たって!」

「それは驚きや。あのヤマタノオロチ狂いが来るとはな」

「それで、葉化嵐博物館が大賑わいなのだよ」

 石原さと芋と加藤茶々は有名な夫婦漫才コンビで、ヤマタノオロチの大ファンなのである。特にさと芋は、ヤマタノオロチを模した、さと芋メイクを流行らせる。目の黒ずみと頬の影の付け方が大流行し、町中は蛇乱状態であった。


「それだけではないのだ。北村能天気もニャランチュラの化石を観に来てね」

「北村能天気も!」

 能天気は猫ブームの火付け役で、新種の化石、ニャランチュラと聞いて飛んで来たらしい。


「それで……この賑わい」

「ワイら、遺骨を集めただけやのにな」

 意外なことの連続に頭が追いつかない。


 その時、瓜売新聞が取材に駆け付けた。根蔵と牛麿がいるのを見ると、勢い込んで質問攻めをしてきた。

「根元君! 牛麿君! 君たちはすごい!」

 丹羽鳥吉は興奮して話にならない。鳥吉を抑えて江戸栄斗が取材を代わった。口に入れ歯をはめて、鏡で確認。口をパクパク動かし準備完了。

「君たちは、世紀の大発見をしたのだよ。なので、詳しく聞きたいな」


 少年たちが嬉々として発掘の様子を語るのを笑顔で聞く江戸。経験豊富な老記者の聞き上手についつい話したくなる。発掘隊の名前を聞かれ、坂東・我武者羅発掘隊と名乗った。

「ほほほ、我武者羅発掘隊か。確か、奈良の大和・公家泥発掘隊と発掘勝負をしたとかで」

「勝ちましたよ! 俺たちが」

 多少食い気味に言った根蔵。江戸は、孫でも見るような目で根蔵と牛麿を見ている。


 取材が終わり記者たちは帰って行った。アンモナイト型の机の上で燃えていたアノマロカリスのアロマキャンドルは、トロトロに溶けてゾンビ顔負けになっていた。


 木枯館長が窓を開け、澄み渡る青空を見上げた。入道雲が天へと衝き上げるように伸びて、夏の爽やかな空を演出していた。


 その時、館長室の戸をコンコンと叩く音がした。木枯館長は戸を開けると、DDTテレビ局と書かれた名札をした厚化粧の女があいさつしてきた。それは、新たなる戦いの始まりであった。

「はじめまして、DDTテレビの厚盛厚子です」

「カメラ担当の相馬小次郎です」

 木枯館長は2人を中へ招き入れた。その時、空がにわかに曇り始めた。


「今日は、どういったご用件で」

「実は、この夏に我が局が開催する『化石発掘バトル』という番組があるのですが、坂東・我武者羅発掘隊に出演依頼をしたいのです」

 木枯館長は根蔵と牛麿の方を振り返る。

「どうする? 根蔵君、牛麿君」

 根蔵は迷った。また、発掘バトルとなると面倒くさいことになるのではと案じている。


 断ろうかと思った時、厚盛は写真を出した。

「実は、全国にあなたたちのような新種をバンバン見付ける発掘隊が現れたのよ。大和・公家泥発掘隊は参加すると向こうから電話をいただいて」

「出演します」

「え?」

「出演しますよ! なあ、牛麿」

「ワイはええけど」

「では、決まりですね。詳細は折って連絡いたします。……すいません木枯館長。うんこはどこでいたせばよいのですか?」

 木枯館長はトイレの場所を教えてあげた。そのまま、DDTテレビを見送った。外は気付けば雨が降り出しており、雨に打たれ厚盛は厚化粧がドロドロに崩れ悪魔のような顔に変身していった。


 乗り気ではなかった根蔵の態度が急変したのは、公家泥発掘隊に負けたくないからである。


 穏やかな入道雲は荒れ狂う積乱雲の一面に過ぎない。一度暴れだすと、風は吹き、波は立ち、さらに大雨を降らす。あたかも龍が天に登り嵐を巻き起こすように。その力が本物ならば、休息など許されない。さあ、発掘隊よ、再び天へと登り嵐を巻き起こせ。


『次回「嵐の前」』

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