第8話 オロチを探せ

 朝が来た。旅館・大蛇の首の正面玄関には、発掘隊の連中が集まっていた。気合十分の公家泥発掘隊に対して、気もそぞろな我武者羅発掘隊。

「お前らどしたんや。ビビってしもたか?」

 斑鳩の挑発を軽く受け流し、旅館の方を振り返る。旅館の奥には16の目が光っていた。

「昨日の威勢はどうした! ……ん? 旅館……」

 煽り立てようとした万力であったが、根蔵が旅館を見ろと小声で言うのでそちらを見た。旅館の奥に光る16の目に驚き身震いをする。

「なんやねん……あいつら」

「斑鳩とかいうたな。ワイが思うにあいつらこれから行く山に遺体を埋めてんで」

 公家泥発掘隊の2人は戦慄する。三条博士が思い出したように、この旅館で行方不明事件が多発しているニュースを以前見たと語る。


「……てことはだ……。あいつらは」

「斑鳩とかいったな。山で決して遺体を掘るなよ」

 それだけ言うと、根蔵は牛麿と山へ出発した。


 後から遅れること数分。旅館の連中の様子を横目で観察していた公家泥発掘隊の3人。そいつらの殺気立った目を見て、こいつらは黒だと判断した。それを確認すると、山へと入って行った。


 発掘隊が皆山へ入ったのを確認すると、後を追うように猟銃を持った若女将と例の仲居首が二組の発掘隊の後をゆらりゆらりとつけていく。


 鬱蒼とした森。道なき道を行く我武者羅発掘隊。今は、旅館の事件のことを忘れてヤマタノオロチの化石探しに没頭する。根蔵は、所々で立ち止まった。それは、樹齢千年を超すと締縄をして看板に墨で認められている大木の辺りであったり、地蔵が8つ並んで不気味に微笑んでいる所だったり、川の辺りだったりした。行く先々で幽霊を度々目撃したが、ヤマタノオロチに照準を合わしているため、目的の化石以外は敢えて掘り起こさなかった。


「つけられている」

「ホンマや」

 我武者羅発掘隊の後ろから生気の抜けたような仲居首の女が、ゆらゆらとついてくる。木枯館長が思わず振り返りそうになるが、根蔵が厳しく止めた。

「関わり合わない方がいい」

「あいつら、ホンマアカンわ。御札と塩の準備をしとこか」

 怪しい追跡者に疑われることないように、慎重に山を探索する。


「ん!」

 草が不自然に生えていない所があった。掘り返された跡があり、根蔵は思わずそこで反応してしまった。

「どないした根蔵はん」

 思わず聞いてしまった牛麿は、言って後悔した。十数メートル後方で、仲居首の女が猟銃をこちらに構えているからである。

「なんでもない、なんでも……。ちょっと、魂を感じただけだ」

「後でできた詩を聞かしたって」

 発掘隊が先へ進んだのを見て、猟銃を下ろした仲居首。迂闊だったと根蔵は反省する。根蔵が掘り返された土の辺りで視たものは、もちろん幽霊である。青白い顔をして、包丁を頬に押し当てる板前の幽霊である。エプロンには、大蛇の首旅館と描いてあった。


 気を取り直して、ヤマタノオロチの化石探しを再開。山の頂上付近に辿り着くと、根蔵はニャランチュラの大量発生を目にした。黒、白、三毛など選り取り見取りのニャランチュラ。ニャランチュラたちは、根蔵の顔を見ると、一斉に微笑んだ。


 やがて、山の頂上に辿り着いた。頂上からはある程度辺りを見下ろせたが、山は青々とした木で覆われていて地面までは全く見えない。

 山頂で根蔵は祠のような場所を見付けた。牛麿と木枯館長にはその祠は視えない様子。祠に旅館から持ち出した寿司を供える根蔵。すると、発掘隊は、突然地面が陥没して地下へと滑り落ちてしまった。


 数メートルほど転落した発掘隊。土の壁は、なだらかで登れないことはなさそうだ。

「イタタタ、地面に空洞があったとは」

「しっ! あの仲居首、こちらを覗き込んでるで」

 洞窟の中は意外と狭く、3人が手を広げて横に並ぶと両の壁に手が届く距離であった。

「さて、早くここから出ようか」

「そやな、木枯館長の言う通り」

 2人は穴から出たがったが、根蔵は土壁を凝視したまま動かない。

「どないしたんや根蔵はん」

「見付けた」

「見付けたって……。まさかオロチ!」

 スコップを取り出すと根蔵は2人に指示する。3人は一斉に土壁を掘り出した。数センチほど掘った所で岩石のようなものが壁面から飛び出した。岩石を慎重に掃けで掃きながら掘り起こしていく。それは、何かの牙のようなものであった。

「これだ! 俺が視たオロチの牙は!」

「とんでもない大きさの牙だ! 私の腕位はあるぞ!」

「館長はんの腕より大きいでホンマ。どや、もっぺん寿司でもお供えするか?」

 発掘隊は牙を見付けると、無我夢中で土を掘り起こした。


 それからしばらく土を掘るが、掘っても掘ってもまだまだ全貌が明らかにならない。あまりにも大き過ぎて全体の大きさが掴めない。途中で休憩に入り、発掘隊は幕の内弁当を食べ始めた。

「この化石はオロチかもしれないのか」

「でかい蛇だね」

「なんや、この辺は蛇の頭に見えるな」

 どうしても食べ足りない3人は、地上に上がるとリュックサックからカセットコンロを取り出した。フライパンを暖めると予め用意しておいた肉をそこへぶちこんだ。山に香ばしい肉の香りが漂う。3人は、それを貪り食う。


 食事を終えると、デザートのザルそばをすすり、休憩を終えた。発掘隊は穴の中に再び潜り込み、オロチの化石を掘り起こす作業に戻った。


 夕方になった。暗がりでの作業で手元が見えなくなってきた。ヘルメットのライトで壁を照らしながら慎重に掘り起こす。既に頭蓋骨の大半と顎を全て掘り起こし済みである。


 さらに時が経ち、空に月が浮かぶ。その日は織姫と彦星が再会しているが、発掘隊にとっては天に浮かぶロマンスより、泥の中に眠るおぞましい蛇の方が大事なのである。花より泥団子である。そんな中、とうとうオロチの首はその姿を現した。

「これがオロチの首か……。今は、私の古生物学人生でも最高に驚いた瞬間だよ」

「やっと掘り出せたな」

「ホンマに骨の折れる作業やったで。聞いとんかオロチの骨!」

 オロチの首の化石は、軽自動車半分並に大きかった。このままでは持ち帰ることが困難だったので、関節を外してバラバラにビニール袋に詰めて持ち運ぶことにした。


 オロチを発掘し穴から出た3人。澄み切った夜空に瞬く星を眺め達成感に浸る発掘隊。オロチの化石を運び出す時、遥か後方で例の仲居首が猟銃を構えていた。それを無視して、意気揚々と旅館へ戻った。


 約束の場所で落ち合う両発掘隊。互いに黒いビニール袋を背負い、旅館前の公園へ入った。両発掘隊は、同様に砂場の所に黒いビニール袋を置いた。

 互いに向かい合う発掘隊。まずは、大和・公家泥発掘隊の方から成果を発表した。

「ほな、俺らからや。見よ!」

 斑鳩がそう言うと、万力が馬鹿力でビニール袋を持ち上げ、そっと元の砂場に戻し慎重に中身を取り出した。

「聞いて驚け見て笑え! ……ん? 笑たらだめやな」

 中からは、頭、顎などを取り出した。それを組み立てると、巨大な蛇の頭へと姿を変えた。牙が3本ほどなかったが、ヤマタノオロチを確かに見付けたようである。

「わっはっはっ! これがオロチや! 俺らはそうや、来た見た勝ったんや!」

 斑鳩と万力は得意になってペラペラしゃべる。


 だが、公家泥発掘隊のオロチの化石を見てニヤリと笑った根蔵と牛麿。彼らは、懐から牛乳瓶を取り出すと、乾杯した。


 今度は我武者羅発掘隊が黒いビニール袋を引き裂いて化石を取り出した。中から出てきた化石を組み立てると、公家泥発掘隊の化石よりも一回り大きかった。おまけに、牙が全部揃っていた。

「これが俺たちの見付けた化石さ。おやあ、お前たちの化石。歯がないじゃないか。虫歯かい?」

「これだけの歯を治すんやったら、大量の銀がいるな。これがホントの、入れ歯や!」

 驚く公家泥発掘隊。勝ち誇った態度の我武者羅発掘隊。木枯館長と三条博士が採点する。

「こりゃあ、我武者羅発掘隊の勝ちやな」

「ははは、良かったね根蔵君、牛麿君」

 根蔵と牛麿はしたり顔で斑鳩と万力の2人をチラ見した。


『次回「大蛇旅館の牙をもぎ取れ」』

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