第7話 出雲の大蛇旅館
旅館・大蛇の首に着いた我武者羅発掘隊。銀のハイエースから降りると、さっそく旅館の受付へ行く。ガラス張りの扉を押して中に入ると、緋色の絨毯が敷かれた受付の間が目に入った。木枯館長は、受付の人に柵を壊したことを詰られ、弁償するように厳しく言い渡された。
「受付のネーちゃん、ホンマにすごい出っ歯やったな」
「性格きついし見た目もきついし。早く首にしたほうがいいんじゃないか」
「オロチの首が眠るだけに、受付も首やー!」
「奴のことをオロチの姐御って呼ぼうぜ」
木枯館長がオロチの姐御に請求書の振込先を確認している間、2人は靴を脱いでスリッパに履き替える。おたふく面の仲居さんが出てきて、2人を奥に案内してくれた。
板敷きの床はギイギイなり、左手側に障子戸を締めたガラス戸がある廊下を通る。障子戸が開け放たれた所からは、ダイナミックな枯山水が見られた。仲居さんは枯山水の方を手で指し示す。
「こちらは、当旅館名物の1つ、オロチのハイハイでございます」
「へえ、この蛇が這ったような跡、オロチの這ったって設定なんだね」
「観光地魂炸裂や」
「やかましい」
仲居さんは小声で悪態をついたが、2人にはよく聞こえなかった。
仲居さんは部屋の1つを開けると根蔵と牛麿が部屋を覗く。中は畳の部屋で窓辺に椅子が置かれている至って普通の部屋であった。
「こちら、中首の間にございます」
「……首ってオロチの?」
仲居さんは笑みをたたえて頷いた。
「はあ、なんか気味悪いなあ、首って」
「殺伐として、ワイは好きやけどな。オロチの霊に寿司でもお供えしたろか」
「図に乗るな小僧ども」
またしても小声で悪態をつく仲居さん。その声を2人は聞き取れなかった。
部屋の中に入り、仲居さんはあいさつを済ませ去り際に一言。
「私たち、8人の従業員に何なりとお申し付けくださいませ」
「え? 8人って?」
「ええ、私たちは受付の娘を合わせて全員で8人で経営しております」
「それも、オロチの?」
「さようにございます。できれば私たちのことは、首をつけてお呼びください。私の場合は、『仲居首』と」
根蔵と牛麿が仲居首という単語に反応し、爆笑した。
「あんたら、スサノオに絶対殺されるぜ! 現代風に言うと、保健所送りかなあ。蛇の保健所送りって傑作だな」
「ホンマに現代に蘇った怪奇現象娘や!」
2人は床に転げ回り、畳をバンバン叩いて笑った。すると、仲居首は鬼の形相で2人を見下ろした。
「おめえら、オロチ様舐めてっとぶっ殺されっど! あたしらも8人より多くやとったらあ、なんぜか行方不明になってしまうんだあ」
ズーズー弁でブチ切れた仲居首。8人より1人でも多く雇うと必ず1人行方不明になって8人に戻るらしい。恐るべき呪いを聞いて、根蔵は悪寒が走り、牛麿は目を輝かせた。
仲居首は戸を締めると、何やら怒鳴り散らしながら次の業務へ就いた。
「牛麿、ここやべえ所なんじゃねえか?」
「そういうの、最高や。怨念たまって玉手箱やで」
根蔵と牛麿が部屋で横になりくつろいでいると、木枯館長が部屋に入ってきた。
「ふう、ここの従業員は皆きついねえ」
「呪いの旅館らしいからね」
根蔵が8人の呪いの件を話すと、木枯館長はカラカラと笑い出した。
「呪いか、こりゃ傑作だな」
「でも、笑いごとじゃあないんだ」
「どうしてだい?」
「だって、怨念とかそんなものがあれば俺の霊能力で即座に探知できるからさ」
その言葉を聞いて最初は笑っていたが、次第にその意味が分かってくると木枯館長は顔が青ざめてきた。
「じゃあ……その行方不明者は……」
「霊の仕業ではないよ。少なくともね」
「人の力こそが偉大なんやー!」
それ以降、我武者羅発掘隊は呪いの話をしなかった。そして、万が一にも行方不明者の遺体を掘り起こさないように天に祈った。
少し休憩をすると、さっそく例の奈良の刺客、大和・公家泥発掘隊の指定した場所へ行くことにした。それは、この旅館の娯楽室であった。
娯楽室を覗いてみた我武者羅発掘隊は、そこで、頭から湯気を立てながら卓球に興じるキノコ頭と金髪の辮髪の2人を目撃した。そろいもそろってサウスポーで、見るものの脳を刺激する。
「お前らが大和・公家泥発掘隊か?」
根蔵の問いかけにピンポン玉を打つ手を止める。キノコ頭と金髪の辮髪が振り返り、こちらをにらみ据えた。
「お前らが東京の発掘隊か?」
キノコ頭の男が薄い唇を開くと喧嘩を売ってくる。
「俺らは誰もが知っとる関西の大和・公家泥発掘隊や」
筋肉質の金髪の辮髪の男がごつい顔を寄せてきた。
喧嘩を売られた根蔵も黙ってはいない。
「俺が坂東・我武者羅発掘隊のリーダーの根元蔵志だ。よく覚えておけ!」
それに続いて、飄々とした態度で牛麿も言った。
「わあ、キノコ頭と金髪の辮髪やー! 髪型、変えたほうがええで」
公家泥発掘隊と我武者羅発掘隊。会うべくして出会った2つの少年発掘隊。今、不思議な力を持つ二大勢力が相まみえる。まさに、一触即発。
互いににらみ合う2つの発掘隊。その間へ中年の男が仲裁に入ってきた。
「だめやてお前ら。化石を発掘しにきたんやろ」
「はい、すいません
「……へえ」
キノコ頭と金髪の辮髪は三条という博士にたしなめられると、パッと黙った。
三条は丸い顔に笑みをたたえて根蔵と牛麿にあいさつをしてきた。
「はじめまして、私は三条
「はあ、斑鳩王丸や」
「万力豪力やで!」
三条博士は斑鳩と万力に握手をするように勧めるが。
「なんでや、これから一戦交えようって相手に握手なんてできるか! なあ、豪力やん」
「おう! 王丸つぁん!」
握手を断固拒む斑鳩と万力に、三条博士は見る見る顔色が変わった。終いには、怒気を顔に表して2人をにらみつけ、とうとう激怒した。
「握手しろっ! たらしろっつってるやろ! 礼儀もわきまえてへんのやったら、お前らここで化石になるか?」
三条博士の激怒に斑鳩と万力は渋々握手する手を差し出した。根蔵と牛麿も、三条博士の豹変に驚き、逆らわずに握手。
「相変わらず情緒が不安定だな三条」
「誰や! おお! 木枯か」
木枯館長と三条博士は互いに握手をして再会を喜んでいる。
「木枯館長、この方と友達なの?」
そう尋ねる根蔵に、木枯館長は大きく首を縦に振る。
「ああ、大学時代の同期でね。彼は今も大学で研究を重ねている」
「はははは、懐かしいな木枯。お前が大学を去ってから、博物館の館長はじめたゆうん聞いたで。お前らしいなって思ったわ」
「お前は激情癖なおってないな」
「お前こそ、束縛嫌いの風来坊が板についとるやないか。なんや、大学の堅苦しい組織が嫌やいうてたな」
「それを言うなら、お前。大学のお偉いさん相手に感情をぶちまけたいから大学に残っただろ。束縛されるならこちらも束縛するとか言ってたな」
2人はしばし談笑をした。その内、木枯館長と三条博士は近所の居酒屋を冷やかしに行った。
残された二組の発掘隊は明日の発掘バトルのルールを決めた。
「ほな、明日の午前6時に旅館の玄関に集合や。ヤマタノオロチの化石を見つけた者の勝ちや。他の化石も審査対象にするで。逃げるんやったら今の内やで」
「お前こそ、逃げるなよ!」
根蔵の後に続いて牛麿も語気を強め忠告した。
「8人の呪いに巻き込まれたらアカンで!」
場が凍りついた。
『次回「オロチを探せ」』
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