第5話 動き出す

 この日、根蔵と牛麿は木枯館長の手引で再び博物館を観て回った。木枯館長に会う前は化石なんぞ遺体の詰まった石ころくらいにしか考えていなかった2人であったが、木枯館長の感化を受けて古代生物への探究心に目覚めつつあったのだ。


 夕方になり、学芸員の男に家に帰るように促される2人。しかし、渋い顔をして帰りたがらない。見兼ねた木枯館長が声をかける。

「大丈夫だ」

「館長! ちわっす」

 体育会系の学芸員は、あっさりしている。

「この2人なら私が車で送って……おい、どうして急に帰り支度を始めるんだ」

 恐るべき事故車に乗るほど2人は勇敢ではない。少年たちは急ぎ帰り支度を始めた。


 外まで見送りに来た木枯館長。

「2人とも、できる限りここへ来るといい」

「分かった。明日から学校サボるよ」

「ワイもサボるで」

 それでいいと木枯館長は豪快に笑った。


 次の日、根蔵と牛麿は一応担任に葉化嵐博物館へ勉強に行くことを伝えに登校した。朝のホームルームが終わり、2人は担任の凶先生にそのことを伝えると簡単に許してくれた。

「おめえら! その館長とやらにちゃんと夜露死苦言っといてくれや! 後、終業式にはちゃんと出ろ」

 2人はヤンキー座りをしてウエーイと返事をすると、凶先生は安心して職員室へ戻った。2人はそれだけ伝えるとさっさと学校を後にした。


 葉化嵐博物館へ戻った根蔵と牛麿は、さっそく木枯館長の情熱講義を受ける。まずは、歓迎を兼ねて木枯館長は歌を披露した。子ども向け番組で最近歌われている『ご先祖様と一緒』というロックの歌を演歌でも歌うかの如く、こぶしを利かせて歌った。根蔵と牛麿は、どう反応していいのか迷った末に取り敢えず拍手をしておいた。


「どうだったね、私の歌は。特にサビの所の『三途の川から呼んでいる、彼岸と此岸の鎮魂歌ぁー、三途の川で洗濯を、ジャブ、ジャブ、ジャブジャブジャブ!』の所なんか憎らしいくらいに」

「あの、館長。早く勉強を」

「ホンマやで、化石が呼んでんねん」

 木枯館長は残念そうに下を向くと、マイク替わりにしていた鳥の足の骨をゴミ箱に投げ入れた。


「そうだった! 根蔵君、君が以前持ってきた化石はやはり新種だったよ。今学会から連絡が来て、発掘者の名前を知りたいと言ってきたのだが。君らの名前を教えてもいいかな?」

「な……、いいけど」

「ワイら、有名人やー」

「それでは、そうさせていただこう。近い内に取材が入ると思うからその時は電話をかけよう」


 根蔵と牛麿は図鑑を片手に、木枯館長の講義を受けることになった。博物館の展示品を眺めては絵を描いたり、様々な角度から眺めてみたり、時には化石のレプリカを顔に押し当てただただその感触を覚えたりした。


 その勉強に疑問を抱いた根蔵は、夕方帰る前に木枯館長に疑問をぶつける。

「なんで勉強をしないんだ? 机に座って化石の詳細を書いたりとかしなくていいのか?」

「ああ、君たちは経験が物をいうタイプだろう」

「経験が大事ってことか」

「とにかく行動をして経験を積んだ分だけ身に付くタイプだ。机の上でとことん学べないタイプだ。私の教え子にも沢山いた。地道にコツコツ積み上げるタイプではないのだよ」

 なんとなく根蔵は納得したようである。


「ほんなら館長はんはどっちなんや?」

「私も経験が物を言うタイプさ。机が大嫌いで、学生時代には必ず机をぶち壊したものだ」

 遠い目をした木枯館長。


「とにかく、今日は帰るから」

「ああ、さようなら根蔵君、牛麿君」

「さよなら」

「グッバイやで」

 夕日を背に2人はヒョイヒョイ歩きながら帰って行った。


 次の日、牛麿のケータイに木枯館長から電話が入ってきて、さっそく瓜売新聞うりうりしんぶんからの取材がきたので来るようにとのことであった。根蔵は牛麿に借りた子ども用のスーツを着て取材を受けることにした。


 葉化嵐博物館には、七三に白髪を分けたヨボヨボのお爺さんと、赤青黄の3色メッシュをいれたモヒカン頭の目の輝いた青年が訪れていた。

「はじめまして! 新人記者の丹羽にわ鳥吉とりきちです!」

「はしめまひて、えほえいほへしゅ」

「私、丹羽が翻訳いたします! はじめまして、江戸えど栄斗えいとと申しますと申しております!」

 丹羽の元気のいい声に、取材を受ける側の根蔵と牛麿まで明るくなってきた。


 取材は、化石を掘る経緯から始まり、新種を見付けた時の感想、さらには木枯館長の弟子としての活動にまで及んだ。

 化石を掘る経緯を根蔵は、「テレビ番組を観て感銘を受けたからです」と答えた。

 新種の発見した時の感想については「心躍る」とだけ言うに止めた。

 木枯館長の弟子となってからの活動については「とてもいいお勉強になっております」と。

 牛麿は「夢とロマンが大地から呼んどんねん」と答えた。


 2人とも、猫を被っている。


「分かりましたぁ! それではありがとうごさいます!」

「ふががふがぁが」

 記者たちは立ち上がり帰ろうとした。その時、江戸栄斗があっと声を上げると、若い記者を呼び止めた。

「どうしたんですか! 私に不手際でもあったというのですか!」

 江戸は鞄からなにやら取り出すと、それを口に入れた。

「すんまへん! 今入れ歯あるの思い出しましてね! あんたらとよく似た少年発掘隊が最近各地にいるのを思い出しましてね……」

 江戸はそれだけいうと失礼しますとだけあいさつをしてパッとドアを開けて帰って行った。


「俺らと同じような発掘隊がいるって?」

「ホンマに、墓荒らしの大量発生や!」

 騒ぐ2人を静かにさせる木枯館長。

「それはいいじゃないか。さて、私と今から発掘に行こうではないか」

 木枯館長は車の鍵を見せると、根蔵は顔が青ざめた。牛麿は鍵を見ると窓から外へ逃げようとした。


「大丈夫だよ! 新車を買ったんだから」

「どれだけ保険料入ったんだよ」

「死んだ車が蘇って、フェニックスカーや!」

 結局渋々ではあったが根蔵と牛麿は車に乗せられて発掘現場へ移動する。発掘隊の出動だ。


 今日の発掘現場は、海に面する丘の崖。犯人を追い詰めるとさぞ気持ちよさ気な崖の下である。根蔵たちは、車に括り付けたロープを伝って数メートル下の岩場まで降りた。歪な形の岩と岩の隙間を縫うように慎重に移動する。押し寄せる波が岩に当たり飛沫を上げ、3人に飛び散る。

「いるね……この先だ」

 飛沫を被らないように片手で顔を庇いながら、古生物の幽霊の気配がする方へ指差した。


「人魚……かも」

「おいおい、さすがに人魚はない……だろ?」

 予想外の幽霊に困惑する木枯館長であったが、根蔵が真剣な顔をするので黙ってついていく。


「ここを……少し掘ればいい」

 そこは、少し窪んだ所であった。

「ところで、人魚は美人かい?」

 興味本位で聞いてみたが、帰ってくる返事はなんとも言えないものであった。

「目は人で、鼻は魚で、口はどっちだろう……」

「ああ、もういい。掘り起こして見ればすぐに分かる」

 発掘隊は、人魚の化石が眠るその場所を掘り起こした。途中出てきた化石もしっかりと回収して。


 しばらく掘ると、魚の化石のようなものが出てきた。その見た目は……根蔵の言った通り。

「なんとも珍妙な……」

「俺の視た通りの奴だ……」

「わあ! 子どもの夢を魚臭く塗り潰すやつやー!」


 発掘隊は化石を全て回収して、崖の上に戻った。


 崖の上では、殺人事件のテレビ撮影が始まっていて、発掘隊はカメラに映らぬよう、忍ぶようにしてその場を去った。


『次回「奈良からの挑戦状」』

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