第4話 霊感古生物発掘法

 世紀の大発見に興奮する木枯館長。しばらくして、木枯館長が落ち着いてくると、発見者である根蔵と牛麿に尋ねた。

「この化石、どこでどうやって見付けたのだ?」

 彼らは顔を見合わせ笑った。

「墓場やで! ミルフィーユで墓荒らしや」

「牛麿黙れ! 場所はこの際問題じゃないんだ。大事なのは見付けた方法の方で」

 木枯館長と牛麿は、方法の方というシャレを聞いて爆笑した。木枯館長は完全に浮かれていた。


 根蔵は舌打ちして浮かれる木枯館長をにらんだ。

「すまない、嬉しくってつい」

「頼みますよ、本当に」


 根蔵は1つため息を吐くと、肝心の話に入った。

「実は俺、霊感があるんですよ。その霊感を使って、成仏できない古代生物の霊を霊視して見付けたんです」

「寝言は寝て言い給え」

「いや、起きてます」

 明らかに怪しい根蔵の話に疑いの目を向ける木枯館長であった。だが、真剣な根蔵の目といい、自分を頼ってきたことといい、あまり無碍にもできない。それに、現実に新種の化石も発掘している。


「よろしい、ならば今から私を伴ってから霊感を駆使して化石を発掘してみたまえ」

「はい!」

 3人はそれぞれの感情を胸に発掘調査をしに、牛麿がミルフィーユ崖と名付けた崖を訪れることに。


 木枯館長の愛車、銀色のハイエースの後方座席に根蔵と牛麿は座って、ミルフィーユ崖に出発した。1番後ろには、スコップやら掃けやら古生物発掘の道具が一式揃えられていた。


 道中、3人は雑談をした。

「根元君、君はその……なんだ? お化けを愛でる力とやらはいつからあるのだ?」

「霊感です。生まれ付きらしいです」

「ホンマに、根蔵君とおると退屈せんでワイ」

 雑談は館長のプライベートにも及んだ。

「館長はん、1つ聞いてもええでっしゃろか」

「なんだい? 牛麿君」

「館長はんは独身なんか?」

「違うよ、私の妻は家にあるよ」

「ちょっといいですか? 家にあるって言い方は……奥さん生きてます?」

 気になる言い方をしたので根蔵は恐る恐る尋ねた。

「根元君、言い方を間違えた、すまないね。私の妻はティラノサウルスの化石なのだよ」

「ああ、そっち系」

「奥さんを化石にしたんやったらホンマにおもろかったで」

 3人は爆笑した。


 岩場に着くと車を付近に停車させた。木枯館長は、発掘道具をリュックサックに入れて背負うと、根蔵の手引でミルフィーユ崖まで歩みを運ぶ。


「この辺にうようよいるぜ」

「ホンマに、古代生物の墓場やー!」

 木枯館長はリュックサックからツルハシを取り出した。そして、根蔵と牛麿を見てニヤリと笑った。

「館長はん、ワイらを殺して埋める気やないやろな」

「な……何を馬鹿なことを言っているんだ! これから楽しい発掘作業の始まりだというのにもう。水を指すんじゃないよまったく」

 木枯館長はツルハシを右手に持ち、ミルフィーユ崖を左手で撫でてみた。

「その辺じゃあないよ。もっと右」

「そんなことも分かるのかね?」

 根蔵が指示した辺りをツルハシで掘り返す木枯館長。気づかぬうちに馴れ馴れしくなってきた根蔵。

「だいたいそこを掘れば……プテラノドンかな」

「そんなことまで分かるのかい」

「館長はん、根蔵はんは墓荒らしの達人やで。そんなん朝飯前や」

 彼らは牛麿の言葉には取り合わない。木枯館長は額に汗をかき、せっせとツルハシで崖を掘り返す。


 しばらく掘っていると、ガチンという音が響いた。木枯館長は、まさかというような顔をして根蔵のほうを振り返る。根蔵は頷いた。そこからは、3人で慎重に掘り起こす。まずは、スコップで周囲の土を掘り、化石の詰まった岩石が露出するとそこからは掃けで土を払った。


 やがて、岩石を取り出すことができた。木枯館長はさっそくその岩石をルーペで観た。

「うむ……これは……。プテラノドンだ……」

 木枯館長はあまりの驚きに言葉を失って馬鹿みたいな顔になった。


「それから、ここの辺にはティラノサウルス。この辺にはマンモスで、この辺は」

 次々と古代生物の名前を呼びながらミルフィーユ崖を指差す根蔵。そこを木枯館長が掘り返すと、ことごとく言う通りの化石が出てきた。


「……分かった、根蔵君の霊感を信じよう」

「分かっていただけたらいいんですよ」

 雷に打たれたような衝撃を受け空を見上げる木枯館長。気付けば、根元を根蔵と呼んでいた。満足気に笑う根蔵。マンモスの骨で背中をポリポリと掻く牛麿。三者三様の思いがそれぞれあるだろう。だが、これだけは言えるのだ。新たなる歴史が始まったのだと。


「ところで根蔵君。君はこの発掘法を思いついたのはいつなんだ?」

「この間、クソみたいな心霊番組を見た日だから……一昨日ですね」

「根蔵はん土曜日やで! ワイは牛麿ゆうからよう覚えてますねん。土用の丑でっしゃろ」

 顎に手をあて、何か考え込む木枯館長。

「根蔵君、何て名付けるんだい? この発掘法」

「え?」

「名前だよ名前。胡散臭い中にも科学を込めたこの発掘法のだ」

 根蔵は考えた。まさか、この発掘法に名前をつけることになるとは思いもよらなかったからだ。

「……霊感古生物発掘法」

「うむ! それにしよう!」

 霊感古生物発掘法、この怪しい発掘法が始まった瞬間であった。


 3人は、大満足で車に乗り込み、葉化嵐博物館へ戻ることに。あまりにも浮かれ過ぎて途中、電信柱に突っ込みその日は警察のお世話になる。3人とも無事とはいえ、油断大敵である。勝った時、うまくいった時こそ油断を戒めるべきである。


 警察で木枯館長は根蔵と牛麿に明日必ず来るようにと伝えた。

「分かった。学校はサボるよ」

 木枯館長は手を叩いていいぞいいぞを連呼した。


 翌朝、根蔵と牛麿は学校をサボって葉化嵐博物館を訪れた。駐車場には、フロントガラスが大破したハイエースが見るも無残な姿で駐車されていた。また、事故したのだろう。


 館長室を訪れると、包帯を頭に巻いた木枯館長が笑顔で2人を招き入れる。

「また事故ったのかよ館長。もう免許返したら?」

「そんなわけにはいかないよ。私は、古生物学者だからね」

「そんなこと言って館長はん。化石を車ではねたらどないするんや?」

 牛麿の予想外の言葉に答えに窮する木枯館長。


「今日はどうするんだ? 館長」

「おお! そうだった。これから、霊感古生物発掘法の技法を完成するために勉強だ。根蔵君には古生物について学んでもらおう」

 根蔵のタレた目が輝いた。

「この古生物想像図付きの図鑑を眺めてもらいたい。全ての想像図を覚えたら次はその生態から生息域。そしてそれからそれから」

 要するに、古生物学の基本的なことを覚えろと言っているのだ。

「分かった。これを覚えればもう分かっている化石も発掘できるし、新種もってことだろ」

「うむ」


「ところで、ワイは何すればええんや?」

「そりゃあ、根蔵君と一緒に古代生物の勉強をしてもらいたい」

「ワテ、がんばりますで」


 言うべきことを言った木枯館長は、アンモナイトの形をしたテーブルの上に置かれたコーヒーを飲んだ。

「実は、昨日拘置所で考えていたことなのだが……。心霊番組や似非霊能力者は何故我々の知っている生き物しか視えないのかと」

「確かに、俺みたいに本物の霊能力者なら人類が知らない生物も見えないとおかしいな」

「人間の知る範囲内の幽霊しか出ない時点で幽霊の存在はあり得ん話だ。一応言っておくが、生命の存在まで否定するほど私は狂ってないから安心し給え」

「想像の産物か……心の中にいるってやつか」

「自分たちの知識の範囲内でしか幽霊を考えられん。そこに自己中心性を感じるのだ。我々の知る世界だけが世界なのだと……。幽霊論は人間の傲慢さの尺度になりうるのかもしれんな」

「本物の俺を除いてだけどね」

 3人は愉快に笑った。


「知らんって罪やー!」

 牛麿は目をギョロつかせ、ゾンビ化が激しくなっていくアノマロカリスのアロマキャンドルを凝視した。


『次回「動き出す」』

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