第2話 化石と駆け引き

 霊能力で化石を見付けることに成功した根蔵と牛麿。夜の帳が下り、町に明かりが灯る。2人は、化石を黒いビニール袋へ詰めて持ち運んだ。


 環状線家まで化石を持ち帰り牛麿は鍵を開けた。真暗な玄関では少女が体操座りをしている。

「ただいまや」

「……おか……えり」

 暗い声で返事をする少女の名は兎麿。両親・兄・姉が高飛びしてからずっとこの様子だ。


 庭へ出ると少年たちは、シャワーで化石の泥と自分たちに着いた泥を落とした。

「牛麿……お前の妹、大丈夫か?」

「ホンマあかんな兎麿は。ウチの家の中でも珍しゅう繊細なんや。妹以外のワイらは先祖代々、誰も人が死んだ位で感傷的になったりせんしな」

「お前んち……本物だな」

「クールやろ」

「ああ……サイコーだな」

 やっぱりこいつらは重度のサイコパスだとつくづく思う根蔵。


 泥を落とすと、根蔵は「ちょっと替えの服を取ってくる」と言って、環状線家の塀を乗り越えて隣の根元家に戻る。


 根元家も家の中は真暗であった。木造の平屋で、台所と一部屋しかない。根蔵はタンスから黒い服を一式取り出して着替えた。パンツやシャツ、靴下まで真黒い。その理由は、汚れても買い替える余裕がないのと、夜に目立たず行動できるからだ。


 少年は台所を見た。そこには、血塗れの女が包丁片手に「無い……無い……」と低い声を出し何かを探していた。もちろん、女は幽霊である。その周囲には霊能力で根蔵が捉えてきた幽霊の猿が数匹佇んでいた。

「お……ま……え……を……こ……ろ……す……」

 血塗れの女が包丁を根蔵に向け、眼から血の涙を流す。すると、周りの猿が女の頭をパシパシ叩いてたしなめる。

「い……た……い……」

 女が痛そうにすると、猿たちはその女へ歯茎を見せて微笑みかけた。

 涼しい顔して台所を通り抜け少年は玄関から引き戸を開けて出た。


 牛麿の部屋で根蔵はパソコンを使い、先程採取した化石を検索する。化石は何の種類で、幾らで売れるか期待して調べる。

「じゃあ、ワイは風呂に入ってくるわ」


「これでもない……これでもない……ああ! わけわからねえ!」

 ブツブツ言いながら、検索した化石の画面とにらめっこする根蔵。しかし、どの化石とも一致しない。

「風呂上がったで根蔵はん。アイス食べるかぁ?」

 全身から湯気を立たせた牛麿は、湯上がりのアイスを食べながら部屋に戻ってきた。

「おい! 牛麿! どこにもこれと同じ化石が載ってないぞ!」

「ほな、新種でも見つけたんやないか? ワイも昨日、牛乳パックに見知らんヨーグルト見付けて食ったんやし」

 新種という言葉を聞くと、根蔵は立ち上がり部屋の中をグルグル回りだした。暗い顔してウロウロする。

「そんな思い詰めんと、コックリさんでもしてパーッと遊ぼうや」

「黙れデブ!」

「ホンマありがとな」


 根蔵は独り言をブツブツ言っている。

「……発掘のことならあいつに聞けば……でも、うーん」

 その時、狐の幽霊が部屋に入ってきた。狐と目が合うと、根蔵は狐の首を後ろから掴んで外へ放り投げた。


「なにするんや! せっかくコックリさん呼んだったのに」

「俺が狐の処分しなきゃならねえじゃんか面倒くさい! ……とまあ、そんなことより聞いてくれ」

「なんや?」

「俺の母が大学教授の妾になったの知ってるよな」

「知っとるで」

「その教授は確か、考古学だかなんだかの学者で、化石のことについて何か知っているかも知れねえんだ」

「ほう」

「そいつに聞けば化石のことについて何か分るかもと思ってな」

「でも、根蔵はん、あいつんこと嫌いやゆうてなかった?」

「ああ、人の足元を見てくるような野郎だからな。でも俺らではこの化石のことは分からない。背に腹は代えられない」

「ほんなら、新種の化石何か持ってったら盗られてまうで」

「だから、今度は別のありふれた化石を幾つか用意して持っていくんだ。二束三文のやつをありったけな」

 そうと決めると明日のために今夜は早く寝た。環状線家に用意してもらった根蔵用の部屋で眠りについた。


 朝が来た。カーテンの隙間から朝日が差し込んでくる。少年2人は起きるのが早く、午前7時にはもう化石を探しに外へ出ていた。


 2人が来たのは、昨日の断層の所だ。

「ここにはまだ化石が幾つか埋まっているはずだ」

「古代生物がウジャウジャおるんやな」

 昨日のように、シャベルで地層を掘り返す。しばらくすると、幾つかの化石を見付けた。

 化石を手に持ち、根蔵が1つずつ紹介する。

「これがアンモナイトだ」

「わあ! まるで、とぐろを巻いた野糞や!」

「こっちは、三葉虫」

「ホンマキモいわこの糞虫」

「んで、こっちは恐竜かな?」

「爬虫類の遺体によう触れるな自分」


 シャベルを肩に担ぎ、根蔵は含み笑いを浮かべた。

「この化石を持ってあの野郎の所へ行くぞ」

「どないする?」

「あいつは考古学者だ。専門が違うから古生物学者を紹介してもらうんだ」

「断ったら?」

「まあ、俺に考えがある」

 根蔵の考えを聞いた牛麿は笑顔になる。少年2人は喜々として教授の家に押しかける。


 教授の家はわりと近所にあり、大きな洋風の屋敷である。表札に古田と書いてあるのを確認してチャイムを押す根蔵。目のきつい長身の家政婦が出てきて対応した。

「どちら様で?」

「根元の蔵志と言えば分かると思いますよ」

 家政婦は含み笑いをし、古田を呼んだ。古田が玄関に現れお客の顔を見た時、顔色が変わった。裸足で外まで飛び出し根蔵に詰め寄る。

「お前! 何しに来た!」

「やだな、義理とはいえお父さん!」

 わざとらしく大きな声で呼んだ根蔵の口を顔面蒼白で押さえる古田。


「……何が目的だ」

「ちょっと紹介して欲しい人がね」

 ちょうど間の悪いことに奥さんが買い物から帰ってきた。

「あら、あなたお客さん?」

 冷静さを取り繕い教授は、顎髭を撫でながら子どもが教えを請いに訪ねてきたとしどろもどろで言い訳する。

 根蔵は悪い汗をかく古田の横顔を眺めて子どもらしい無邪気な笑いを浮かべた。


 古田の部屋に招かれた2人。部屋には、古美術品や本も多少置かれていたが、埃かぶっていてしばらく手を付けてないのは明らかであった。部屋を満たすのは下品な金ピカの置物である。

 もうかりまっかと牛麿が聞くと、古田はボチボチでんなとしかめっ面で答えた。


 教授の部屋には金ピカのソファが向かい合うように置かれ、教授の座り給えと勧めたソファと反対側にあるソファに少年2人は座った。高級そうな黒塗りの机を挟んで、古田と少年2人が向かい合う。

「小僧、目的は何だ?」

「さっきから言っているだろ。人を紹介して欲しい」

 根蔵は事情を説明した。化石の沢山埋まった地層を見付けたので、自由研究のために古生物学者に話しを聞きたいのだと。古田はそれを聞くと、微かに笑った。

「それは、どんな化石だね」

「おい! 牛麿」

 化石を鞄から取り出して見せた。古田は意味ありげにうんうん唸り部屋をウロウロする。

「ふーむ、私の知り合いに聞いてみようか」

「お願いしますよ」

 古田は外を眺めながら言った。

「この件は私に任せて、今日は帰り給え」

 古田が窓を開け外の空気を吸った。根蔵はチャンス到来と牛麿に目で合図をする。牛麿はボイスレコーダーを詰めた本型の箱を本棚に突っ込んだ。その間、根蔵がしつこく古田に質問をした。


 少年たちは、お礼を述べると家路に就いた。それを窓から見た古田はニタリと笑い1人つぶやく。

「馬鹿ガキめ、金のなる木をわざわざ持ってきてくれるとはね」


 少年たちは教授の家が見えなくなった所で顔を見合わせニヤっと笑った。

「ボイスレコーダーの仕掛けはバッチリだな。これで奴が連絡した大学の研究者は黒だ信用できん」

「こうやって、アカン奴を燻り出すんやな」

 春霞が遠くの景色をぼやけさせる。果たして煙に巻かれるのはどちらか。


『次回「葉化嵐はかあらし博物館」』

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