第四章 支配者
第12話 臣の来訪
須佐は日を空けて、また早夜の小屋へとやってきた。
今度は遠呂智を連れて。
遠呂智は瞳の色を黒に変えて村へと降りてきていた。
天つ神である須佐と国つ神である遠呂智に、高天原に帰るように速風は説得されている。
しかし、速風は早夜の元から去ることをどうしても承諾しなかった。
そうこうしているうちに早夜の小屋では、四人で飯を食べたりすることが増え、四人はなんだか奇妙な仲間意識が芽生えてきてしまった。
「おーい。今日はあじをもってきたぞ。焼いて食べればいい」
「わしはうさぎじゃ。これはさっき捕ってきたばっかりじゃからな、今さばいてしまおう」
須佐が土間の窯の中で、魚に串を通して焼いた。
遠呂智は外でうさぎをさばくと、細かく切った肉を早夜が掻きまわしている粥の中へ入れた。
朝から食欲をそそる良い香りが早夜の小屋から立ち上る。
出来たての食事を前にして、四人の男たちは輪になって座った。早夜が給仕してくれた粥を前に、山と海のめぐみに感謝し、食事を開始する。
「ああ。やはり早夜のつくった粥は美味いな」
「そうだろ? やっぱ美味いもん食べると元気がでるからな」
速風は満足気に粥を食べている。
早夜も満足気に粥をほおばった。
「魚を焼いたのはオレだ」
「うさぎをさばいたのもわしじゃ」
須佐と遠呂智が不満顔で口をはさむ。
早夜はそのやり取りがなんだか微笑ましくて、くすくすと笑った。
ついこの前まで一人だった食卓が、今は四人になっている。
一人だったときは、さほど自分が寂しい境遇だとは思わなかった。
もちろん、寂しくてしかたがない日もあったが、それも乗り越えて行けた。
しかし、一度賑やかさを知ってしまった今は、この生活が壊れるのがとても怖い。
両親が亡くなってから、今の時間が一番幸せだと早夜は思う。
四人でわいわいと食事をしていると、ふいに須佐が真剣な顔をした。
「そろそろ決心はついたか? 速風」
「何度も言うようだが、わたしは高天原に帰る気はない」
それを受けて遠呂智が粥をほおばりながら言う。
「そもそも、ここの土地は国つ神であるわしの縄張りなのじゃがな」
「なに、わたしは何もしない。神力も失われているのだから」
飄々と遠呂智に答えた速風に、須佐がため息をつく。
そのやりとりを見ると、早夜の心もしぼんだ。
さっきまでの楽しい気分が吹き飛んでいく。
速風は高天原に帰る身なのだ。
そうでないと、風が――嵐がおさまらない。
それを知ってなお、早夜は速風を送りだすことが出来なかった。
俺のことはいいから、高天原に帰れ。
そう言えば、速風はきっと帰っていくだろう。
しかし、それが言えない。
一人は嫌だ。
強く思い知ってしまった早夜だ。
朝食が終わったころ、ばん、ばん、と大きく扉をたたく音がした。
「早夜! 早夜! 開けておくれ!」
隣の真緒おばさんの声だった。
「真緒おばさん? 待ってて、今開けるから」
早夜は真緒のあまりの大声を不審に思いながら扉をあけた。
飛び込んできた真緒は早夜の両腕を掴んで、すごい剣幕でまくしたててきた。
「今、狩りから帰ってきたあたしの主人から聞いたんだけどさ! なんだか高貴な方々の集団がこっちへ向かってるって! あれって常世の国の商人の麗宝が言ってた、
「臣たちがこっちへ来てるの?」
「そうだよ!」
そこで真緒は水をためてある桶から柄杓で水を一口飲むと、続けた。
「それでさ、最近早夜の小屋は異形のものが集まっているって村でも噂がたってたんだ」
「異形のもの……?」
遠呂智や須佐のことだろう。遠呂智は赤毛が目立つし、須佐も同じ意味で茶色の髪の毛が目立つ。
「ねえ、今だけ何処かに隠れた方がいいんじゃないか? 臣がくるまでに裏山にでも逃げておしまいよ」
真剣に言われ、早夜は茫然とした。
そう真緒が言っている間にも、村がざわついてきたのが分かった。
悲鳴や雄たけびが聞こえてくる。
「ああ、間に合わなかったか……。あたしは子供と旦那が心配だからこれで帰るよ! ちゃんと伝えたからね!」
真緒は青い顔をして早夜から離れた。
そして自分の小屋へ向けて、また走って帰る。
「真緒おばさん……!」
声をかけて外に出た早夜だが、そのとたん、荒々しい兵士に腕を掴まれた。
兵士は早夜の小屋の前にだけ十数人集まり、早夜たちを警戒しているように見えた。
茶色の揃いの着物を着て、腰に細い剣を差している。
兵士の長が声を荒げる。
「この小屋に異形のものが出入りしていると村人から聞いた。まことであるか」
「異形……?」
兵士の長は早夜の小屋をぐるりと一回り舐めるように見渡すと、須佐と遠呂智を見つけ、表情を険しくした。
そして速風にも目を向ける。
「そこの濃緑色の着物を来たもの、頭の布を取れ」
ざっと早夜の顔から血の気が引く。
この中で一番の異形といえば、速風だ。
「早く取れ!」
兵士の長に促され、速風はしぶしぶと頭に巻いている布を取った。
さらりと風に流れる、光沢のある白髪。
兵士の間から、悲鳴が漏れた。
兵士の長が険しい顔で、速風を睨む。
「やはりな……。巫子どのが言っておったとおりだ。お前が嵐の原因か」
「ちがう!」
とっさに早夜は叫んでいた。
いや、本当に速風が原因なのだが。
しかし、そんなこと今は認めたくない。何をされるか分からないからだ。
早夜は速風を守るように前にたったが、兵士の長に簡単に腕を取られて捕らえられた。
「ここの四人を全員拘束して、臣の前へと引き出すのだ!」
「はいっ」
後ろに控えていた十数人の兵士が、早夜たちの腕を取って、村長の小屋の前まで引いていく。外は強い風が吹いていた。明日はまた嵐になりそうな風だ。
村長の小屋の前には、村人が集まっており、その中心に、豪華な椅子に座った臣だろう人物が待ちかまえていた。
口髭をたくわえた、いかめしい顔。速風よりも大きな身体。朱色を基調とした衣装に、勾玉の首飾りや腕輪を着けて、腰には大剣を
見るのも恐ろし気な猛々しい風体だった。
「
臣の前に引き出された早夜たちは、縄を掛けられ、
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