第13話 誓約

 四人を縄で拘束して跪かせた臣は、長い棒をもって左から順に、その棒であごをあげた。

 相変わらず強い風が吹いている。


「お前の名は」

「早夜です」


 頭を押さえて付けられながら、あごを棒であげられる。

 その苦痛に顔が自然と歪む。


 臣はつぎつぎと須佐と遠呂智の顔を早夜と同じように上げる。


「ふん」


 一言いい、そして速風の前にたった。


「異形のもの。顔をみせろ」


 棒をあごにあてられ、ぐいっと上向けにされる。

 整った顔に肩までの白髪。


「お前がこの嵐を起こしている元凶か」

「……」


 何も言わない速風に、早夜の方が叫んだ。


「ちがう! 速風は悪くない!」


 臣は静かに口を開く。

 ゆっくり首をめぐらせて早夜を見る。


「お前には聞いていない」


 そして速風のあごから棒を下げると、椅子に戻る。


「この者たちはすべて怪しい。四人まとめて首をはねろ」


 臣の命令にざわっと村人たちはざわめいた。

 白髪の速風を初めてみた村人たちは、やっぱり村の外からきたものはわざわいだったのだ、と妙に納得する。


 しかし速風は毅然と頭をあげた。


「無礼な! 臣よ、わたしが誰だか知らず、そのような口をたたくのであろう。わたしは風の神、『大速風男神おおはやかぜおのかみ』ぞ。高天原の天つ神よ」


「神だと? それも風の?」

「そうだ。それにそこの赤毛と隣のものも神だ。神罰を下されたくなければ縄をとくがいい!」


 大きく響いた速風の声に、臣は少しの間、速風の目を凝視した。

 速風はその意思のつよそうな眉を吊り上げて臣を強く睨む。


 しばらく睨みあっていた。

 すると今度は須佐が臣に叫んだ。


誓約うけいをすればいい。こいつは間違いなく風の神だ。明日一日風がそよりとも吹かなければこいつを認めろ。風の神なのだから風を操れる。でも風が吹いたら俺たちをどうとでもしていい」

「どうとでもしていいと……? この強い風を止められるとでもいうのか」

「ああ。それが神だ」


 須佐も不敵に臣を睨んだ。


 臣はしばらく考え込んだあとに、兵士たちに神だと言った三人の縄を解くように言った。


 誓約うけい――これは神の意思を聞くための占いのことである。

 臣は最後にのこった早夜の縄だけはとかず、兵に立たせた。


「その話、本当のことか誓約をもって見定める。しかし、何か怪しい動きをみせたらこのものの首をまっさきに跳ねる。期限は明日の日の出から日没まで」


 臣は早夜を棒で差し示す。


「この者をこの村の牢に入れておけ。そこの三人は見張りをつけて小屋に軟禁、それと吹き流しを今すぐに作り、明日の風の様子を観察しろ。風がそよりとでも吹いたら、四人とも首を跳ねる」


 ざわざわと村のものの声がさざ波のように広がった。


「早夜が殺されるって……?」

「速風の髪の色……! 不気味だわ」

「神とかどうとか言ってるけど、嵐の原因が速風ならやっぱり鬼じゃないか」


 好き勝ってに噂し合う。


 速風はこの前に誓った想いを思い出した。

 何があっても自分は早夜の味方であると。

 自分が神であろうと、速風は早夜の味方だ。


 早夜は兵士に引きたてられた。

 腕に食い込む縄が痛い。


「速風!」


 あとに残される速風が心配で、早夜は思わず名前を呼んだ。


「大丈夫だ! 必ず助けに行く! わたしを信じて牢で待っていてくれ」


 そう言った速風は毅然とした態度だった。

 風の神らしく。

 威風堂々としていて、その言葉を信じられた。


「分かった。待ってるから! 速風も無事でいて!」


 引きずられるように村の牢へと向かって行く早夜の後ろすがたを見る。

 必ず助ける。速風はそう心に誓う。




 速風たちは、早夜の小屋に軟禁された。

 扉の前に兵士を一人つけられ、警戒されている。

 村では簡単な吹き流しを作る作業が始まっていた。

 二、三ときでそれは出来あがってしまい、吹き流しは綺麗に風に吹かれて村人や臣の頭上に漂った。


「この風を止められるというのか。誓約か。もし本当の神ならば、風もとまるのだろう」


 吹き流しを見ていた臣が呟いた。


「嵐がおさまるのなら、なんでも良い。神でも魑魅魍魎でも。神ならあがめる、魑魅魍魎なら、切って捨てるだけ」


 臣はできたばかりの吹き流しに監察する為の兵士をつけると、広場の中に建てさせた臣専用の簡易小屋の中へと入って行った。

 吹き流しは青い空に浮いて流れていた。




 速風は早夜の小屋に着き、板の間で遠呂智と須佐と三人で向かいあい座った。


「須佐。わたしが神として覚醒したら、やはり高天原へ帰らないといけないだろうか」


 沈鬱な表情で速風は須佐にきいた。


「ああ。もともと天つ神は地上神じゃねえ」


 あっさりと返された。

 本当は分かっていた。自分は帰らなければならないと。

 嵐の原因は、やはり速風にあるのだ。

 あの日から今まで大きな嵐はなかったので先延ばしにしてきたが、嵐を止めなければ大きな犠牲が伴う。

 それに今は早夜の命が掛かっている。


 速風は懐から『覚醒の酒』の小瓶を出すと、それの蓋を勢いよく開けて、中身を一気に飲み干した。

 早夜を助ける。 

 それには絶対に神力が必要だ。

 風をとめるのだ。明日一日だけでも。


 その速風の動作に見張りの兵士が気付き、慌てた。

 毒を飲んだのではないかと危ぶんだ兵士が、速風にそれを吐き出させようとする。

 しかし、彼の神力が戻る方が早かった。


「うおおおおーーーー!!!!」


 雄たけびのような声をあげて速風は頭をかきむしった。

 一緒にいた遠呂智と須佐が驚いて速風を見る。


「効いてきたのか……」


 『覚醒の酒』が効いてきたのを見た須佐は、にやりと笑った。


「これでお前も高天原に帰れる」


「おおおおーーーー!!!!」


 叫び続ける速風を、兵士は恐ろしげに見ている。

 次第に、速風の白髪が、付け根から黒色に変色していった。

 真っ白だった髪の毛が、カラスの濡れ羽色のような、艶のある漆黒になったのだ。


「あ……」


 脱力し、大人しくなった速風の様子を見て、須佐が声をかけた。


「思い出したか?」

「……ああ、すべて思い出した」


 風の神力と共に、高天原にいたときの記憶も。


「わたしは風の神、『大速風男神おおはやかぜおのかみ』、高天原の天つ神だ」


 見張りの兵士はあまりの事に驚愕を隠しきれず、茫然と速風を凝視していた。

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