第4話 嵐の到来

 昼を食べ終わった早夜と速風は、村の仕事に出るべく、外に出た。

 村のものが次々に早夜に声をかけてくる。


「やあ、早夜。朝は海にこなかったな。それにその隣の男は誰だ?」


 村の青年にそう聞かれ、速風は自己紹介した。


「わたしは速風だ。よろしく頼む」

「ははっ。堅い人だね。こちらこそよろしく」

「こいつは俺の客なんだ、よろしく頼むよ」


 早夜が速風を気遣い、その青年に頼む。

 青年は気持ちよく挨拶をしてくれ、仕事に戻った。

 周りでは速風の姿をみてさわさわと囁きが流れた。

 女たちは速風の外見に惹かれるものがあるのだろう、遠巻きに頬を染めて、男たちは物珍しさに興味をひかれ、速風に声をかける。

 話しているうちに村長がやってきて、早夜に声をかけた。


「早夜。今日はその御客人にこの日雫村ひだむらを案内してあげてはどうだね」


 老齢の村長は白くなった長い髭を撫でた。


「そうだ、それがいい」


 村の男たちもそれに同意する。

 かくして早夜は速風に村を案内することになった。




「村の女の人は着る物を作るために機織りをしてる。あれは機織はたおり小屋だよ」


 早夜がしめした指の先では、ぱったん、ぱったんと機織り機の音が聞こえてくる。

 村の端にある大きい横長の建物だった。中では村の女たちが仕事をしているのだろう。


「中を見てみる?」

「ああ」


 速風も早夜が村を案内してくれるのがなんだか楽しくなってくる。

 木造でできた機織りの小屋までくると、早夜が窓から中を覗いて挨拶をした。


「こんにちは! 今日は俺の客人を見学に案内してきた。ちょっとここで機織りを見てていい?」


 窓から一番近くで機織りをしている女が早夜に答えた。


「ああ、早夜ね。いいわよ。って、その隣の男、いい男ねえ」


 村の女たちは速風の容貌にうっとりとしている。

 少女から年かさの女までが速風にこころを奪われていた。


「機織りか、みな上手いのだな」


 速風が女たちに声をかけると、女たちはぽっと頬を染める。


「当たり前だよう。小さいときから機織りをしているからね。速風はどんなことしてたんだい?」

「そうそう、知りたいな」


 女たちは次々に速風の顔を見にきた。窓に女たちが集まってくる。


「わたし? わたしは……覚えていないんだ」


 女は怪訝な顔をして速風を見る。


「覚えていない? 何をしていたのか?」


 すぐに早夜が速風の袖をひっぱり、女たちに声をかけた。


「あー、もう行かなくちゃ、もっと見て回る所もあるんだ。ごめんね」

「早夜! もう、気になるところなのに!」


 女はふてくされて早夜に文句を言う。


「本当にごめん、またね」


 早夜が速風の袖を引いて機織り小屋をあとにするのを、女たちは残念そうに見送った。

 再びぱったん、ぱったんと音がする機織り小屋を後ろに見て、早夜たちは今度は男衆のいる広場へと向う。記憶が無いことがばれないように早夜は足早に機織り小屋を去った。そのついでに速風に忠告しておく。


「速風」

「なんだ?」

「間違いをおかすなよ? なんだか速風はモテるみたいだから」


 人差し指をたてて言い聞かせるような格好で早夜は速風に言った。

 そんな彼に速風はふと息を吐いて笑う。


「甲斐性がなければモテないんだろう?」

「それは……そうだけど……」

「なら大丈夫だろう。少なくとも今のところ、わたしは早夜よりも甲斐性はないからな」




 広場では男たちが縄を編んだり、新しい建物を建てたりしていた。


「男たちは海で魚を釣ったり、山に狩に行ったりもする」


 彼らは黙々と自分の仕事をしていた。

 暫くその仕事ぶりを見ていた早夜と速風に、村長がまた声をかけてくる。


「近いうちに速風の歓迎の儀でも行うかのう」

「儀……?」


 速風は困ったことになったと内心で思いながら、歓迎してくれる村長を無碍にはできない。すると早夜が急いで村長に返事をした。


「歓迎の儀は……」


 しかしその先を続けられない。歓迎の儀で村に溶け込めるのなら、その方が速風にとっていいことだからだ。しかし髪を切ってしまい、あまつさえその髪の色が白髪なのが、また早夜のこころを不安にした。


 そんな早夜と速風の気持ちも知らず、村長は近いうちに、と繰り返し、去って行った。




「まいったなあ」


 小屋に戻った早夜たちは、眉間にしわを寄せて、夕食の魚を速風と一緒に窯の中で焼いていた。

 魚の焼ける良い香りが、小屋中に充満する。


「歓迎の儀……ね。それじゃみずらを結わないわけにはいなかないんだけど……」

「昨日も思ったが、みずら、とはどういうものなんだ」

「髪の形のことだよ。頭の両脇に上と下に輪をつくって耳の横で結ぶんだ。速風の髪の長さじゃ、できない」


 それよりも色の方が問題なのだが。

 今は布で覆われている速風の頭を見て、早夜は溜息をつく。


 そのとき、ごうっと風が強く吹いた。


「今日は風が強いな」


 考えごとをしながら早夜は独り言のように呟いた。


「ああ、今凄い音がした」


 そういう間にも風は強くなっていき、窓の蓋になっている板のつっかえ棒が取れて、ばたん、ばたんと大きな音をたてた。扉も風を受けて何かにたたかれているような音がし、暴風になってきている。

 雨が降っていないだけ、ましというものか。


「ちょっと凄い風だ、クロウを中にいれてくる」


 早夜はクロウを中に入れるために外へ出た。髪が風でぐしゃぐしゃになる。

 髪を手で押さえて、くーんと心細く鳴くクロウを素早く小屋の中に入れる。

 その際、目の端に何か奇妙なものが映った。

 桃色と緑色の人の頭ほどの光の玉だ。

 それはするりと早夜の小屋の裏に回って行った。


「なんだ?」


 何かと思い、そのあとをついて行ってみる。

 しかし、小屋の周りを一周しても、もうその桃色と緑色の光の玉は見えなかった。


「見間違いかな」


 早夜は目を擦って、また小屋に戻った。




 翌日の村の惨状はひどいものだった。

 木が倒れ、建築中の小屋の屋根がはがれていた。

 貝塚の貝は散乱している。


 男も女も、それを片付けたり、修繕することに忙しい。

 早夜と速風はみんなの食糧を調達するため、と海へと回された。

 速風と一緒に二人で釣りをしていると、わりとたくさんの魚が釣れる。

 それを持って村に戻ると、早夜と速風は細々とした噂が流れているのを耳にした。


 それは「あの新参者のせいで嵐が来た」という、根も葉もない噂だ。


「不吉だ。あの速風ってやつが来てからすぐじゃないか。今までこんな大きな嵐はなかった」


 口ぐちにそのような内容の言葉が、聞こえるように早夜と速風の耳に入ってくる。

 早夜と速風は貝や魚を村長に渡すと、悔しい思いをしながら小屋へと帰って行った。


 速風は小屋へ戻るなり、ふっと息を吐いて、早夜の方を向く。


「早夜、わたしは何もできないばかりか、早夜に迷惑ばかりかけている。だからもう、ここから出て行こうと思う」


 突然速風が言った言葉が信じられなくて、早夜は焦った。


「そんなこと言って、どこ行くんだよ! 昨日、行くあてもないって言ってたじゃないか」


 そう、速風がいなくなってしまったら、また早夜は一人になってしまう。

 それはなんだかとても寂しく、辛い思いがした。


「ここにいろよ……」

「しかし……それでは早夜が……」

「いいんだ。それにどこに行っても同じだ。新参者は初めは疑われるもんだ」


 早夜は速風に、にっこりと笑いかけた。


「だから気にするな。行くあてがないなら、ここにいればいい」

「早夜……」


 速風のこころに感謝の気持ちがあふれた。

 早夜は本心で自分にここにいていいと言っている。

 それが瞳の奥に感じられる。

 こんな気遣いは知らなかった。

 優しい早夜。

 そんな早夜に自分は何が返せるだろうか。

 何があっても自分は、自分だけは早夜の味方であろう、と速風は思った。 

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