第8話 地下迷宮編 Ⅳ

「じゃあ僕から行かせてもらおう」


先に動いたのはリディエス。聖剣を両手で握り締めながら標的へ直進した。二人の距離はわずか30メートル。彼が仮面の男の間合いに入るまで一秒も掛からない。大きくジャンプし勢いを増した彼の一撃は仮面の男の脳天を目掛けたものだった。


仮面の男はその場から動く素振りは見せずに白銀色の剣を片手で頭上へ持ってい聖剣を受け止めようとする気だ。リディエスがこうまでする攻撃に対してその行動を選択することは挑発をこめた行為だ。リディエスもそれを理解し、だからこそ剣を振りかざす威力は一層増す。


「君の見る未来はまやかしだ!はぁぁぁぁぁ!!!」


聖剣と白銀の剣が交わり凄まじいエネルギーが生まれる。その一部が音エネルギーに変換されカーンと音を響かせ玉座の間を震わせた。


そのエネルギーを受けた仮面の男が立つ床はその局所だけ大きな窪みを作らされた。肝心の仮面の男はというと……リディエスの一撃を受け止めていた。


「良い一撃だ。だがまだ様子見といった感じだな」


「それはどうも。勝負はこれからさ」


その状態からお互い譲らず剣の押し合いがしばらく続き、状況が変わったのはまたもリディエスが動き出した時だ。リディエスは両膝を曲げて着地するとそのまま起き上がる動きに合わせ、仮面の男の喉元を狙って剣を出した。


仮面の男は右足を軸に反時計回りにくるりと軽快に回転し彼の攻撃を躱した。それだけには終わらず回転の軌道に乗せて剣も同様に回転させ、彼の首に真横から剣を届かせる。


「クッ!!」


攻撃後の隙に合わせられ緊張が走る中、剣の握りを耳上に合わせ剣を縦に構えて防御に移る。そして仮面の男の剣が触れる瞬間、リディエスは剣の攻撃方向に合わせ体を軽く浮かせる。


彼の体は放物線ではなく、直線軌道で吹っ飛ばされ壁に衝突した。壁は破壊され、伝播された衝撃は倒れた彼に崩壊する壁のブロックによる追撃を与える。砂埃が舞い彼の体はキラキラ輝く装飾を宿した服同様、埃の中に消える。


仮面の男は数歩近づくがリディエスが倒れた場所からは一定の距離を取り、そこに声をかける。


「自ら衝撃の方向へ飛ばされることで威力を落としたな。良い判断だ」


砂埃で姿が全く確認できないが仮面の男は彼の一連の動作を分析し話した。相変わらず雑音が入ったその声で。


「へー、わかるんだ」


リディエスのその返答が聞こえると同時に砂埃は風と共に搔き消え彼の姿が現れた。おそらくその風は聖剣の一振りと言ったところだろう。


ダメージはほとんど受けていない。まだまだ小手調べで実力を出していない二人はその場で相手の出方を窺う。そこに言葉は無く、十数秒お互いに睨み合った。


そして、


先に行動を取ったのはリディエス。


剣の光アルボルク!」


先のメルメラとの戦闘で見せた剣聖の技。精霊の光を聖剣に集め、圧縮した魔力はリディエスの一振りと共に仮面の男目掛けて放たれる。間もなく玉座の間は青白い光に覆われ仮面の男の姿さえも見えなくなった。


これ程広範囲な魔法だ、どこにも逃げ場はない。直撃は避けられない。だからこそ男が立っている場所まで高速で移動する。この程度で倒せる相手だとは思っていないから。


「広範囲の光元素の魔法。避けても無駄だと言わんばかりだな」


いくら玉座の間が広い部屋だとはいってもそれを覆い尽くすくらいの魔法攻撃を放つことは難しいことではない。特に聖剣リディエス・アーベルンにとっては。仮面の男はその場から離れることはできないと判断し、剣の光アルボルクを受け止めることに専念する。


剣の加護アークルット


剣を持たない方の手を胸の前へ突き出し、そう唱えた。その魔法は彼の目の前に薄黄色の魔法障壁を生み出し、玉座を間の右端の壁から左端の壁まで覆い完全に塞いだ。これで剣聖の攻撃を受け止める気だ。


剣の光アルボルクが激突する。光元素の魔法で悉くを蒸発する攻撃魔法剣の光アルボルク。それが仮面の男が出した魔法障壁に触れるとシュー。という音を放ち障壁を蒸発させ始めた。だが流石に魔法障壁というだけはある。剣の光アルボルクの攻撃に負けながらもその威力は格段に落としていき、このまま行くと魔法障壁が完全に破壊されることにはその攻撃力はほぼほぼ無効にしてしまうだろう。


「待つと思ったかい?」


剣の光アルボルクの威力が完全に消される前に、その光による視力低下を狙って現れたリディエス。仮面の男の死角に現れ剣を振る。男はその場で高く飛び、彼の攻撃を紙一重で躱したがその判断は良くはなかった。リディエスも高く飛び仮面の男へ距離を縮める。空中で身動きが制限されることを狙ったものだ。


剣の加護アークルット


今し方使用した魔法障壁をリディエスの前に展開し接近を妨げた。なんとしても近寄らせずには行かないはずだろう。


剣の強化クラクス


魔法障壁目掛けて聖剣をまっすぐ伸ばす。そしてその剣身はリディエスの言葉と共に橙色に変化した。


バリンッ。


先の剣の光アルボルクですら魔法障壁を破るのに時間を要したのに今の攻撃は簡単に障壁にヒビを入れた。


それから一秒も掛からなかった。


バリバリバリ。と音を鳴らし、魔法障壁が完全にひび割れた。リディエスの唱えた剣の強化クラクスは聖剣自体を超強化させる魔法だった。たった一刺し触れただけで障壁を貫通させて見せた。先とは違い剣の勢いを残したまま。


リディエスは仮面の男の間合いまで登り切り、完全にそこは射程範囲だ。


「僕を舐めないほうがいい」


この間合いは剣聖の専売特許、比肩するものないほど剣の才がある剣聖リディエスにとっては負けるイメージが描けない距離だ。


その距離でリディエスは聖剣を仮面の男の”仮面”を狙って聖剣を突き出す。魔法障壁を突き破った聖剣だ。まともに触れるとどうなるかは一目瞭然。仮面の男は白銀の剣を強く握り、聖剣を斜めから叩き攻撃の軌道を逸らそうとした。だが、


「くぅ……なんて重いんだ」


先ほどとは比べ物にならない。想定外の重さに思わず声が漏れた。


「くぅぅぅあぁぁぁ!!!」


これまで大きく声を出さなかったが仮面の男は声を荒げ、剣に力を入れる。リディエスも一切力を緩めてはいなかったが、聖剣の軌道は次第にずらされ仮面の男が剣を振り払うときにはその勢いはわずか横へ変わり、直進した。


だがリディエスは素早く転回し仮面の男への追撃をする。繰り広げられる空中激戦。お互い一撃でも剣をもらうと致命傷となる攻撃にも関わらず、積極的に剣を繰り出していった。剣を繰り出す。その隙を狙って剣を振る。そんなやりとりがこの数秒の中で何十、何百と繰り返された。しかしその間掠りはすれど決定打は一度もなかった。


重力の働きで空中戦はだんだん地上戦に変わる。


「はぁぁぁ!!」


リディエスが背後に周り死角から剣の光アルボルクを放とうとする。魔法障壁に防がれたとはいえ生身で食らえばダメージは入るはずだ。リディエスのお気に入りの魔法を今一度放つ。


「溜めが大きい。それでは俺は倒せんっ!!」


一瞬だが剣聖のその攻撃には隙ができる。普通の人間相手ならともかく仮面の男はそれを見逃さなかった。大きく振りかぶりガラ空きとなった彼の腹部に強烈な蹴りを喰らわす。


「うぐっ……」


苦い声が漏らし彼の体は銃弾のように仮面の男の脚から飛ばされ地面に叩き落とされた。今回はクリーンヒット、手応えを確実に感じゆったりと地面に着地した。空中戦を勝したのは仮面の男だった。


「貴様は強い、とてつもなくな。行く行くはこの世界でも有数の実力者となりうるだろう。だが俺には敵わない。何故だかわかるか?」


地を割り倒れ込むリディエスに仮面の男が問いかける。リディエスは腹を手で抑えながら上半身だけ起こし、仮面の男の姿を目で捉えようとした。いつ攻めてこられるかわからないこの状況でいつまでも倒れ込んで隙を見せるわけには行かない。もっとも攻めてくる気配は感じないが。


「俺は俺一人で完結している。他に何もいらない。親兄弟、師、仲間さえも。俺の強さは誰にも依存せずだからこそそこに際限はない」


「……そ、それは間違っている」


リディエスははぁはぁ。と息を漏らしながら聖剣を支えにして立ち上がりそう言った。息を整える前に仮面の男の言を反論させたのは彼が持つ信念だ。腹部には治癒魔法をかけ、呼吸も整え、少し間を置いて続く言葉を発する。その間、仮面の男は自身の定見を跳ね返したことにどんな出鱈目な理由があるのか苛立ちを抱き彼の言葉を待っていた。リディエスの治癒魔法を許してまでも。


「僕は剣聖だからね、これまで閉鎖的な空間で育てられてきた。一人で剣聖の宿命を背負わされ幼い頃から魔族を殺すために強さを求めた。でもどうして?人族を守るため?人との関わりが極端に少ない僕にはそれを理由に戦い続けるのは難しかった。聖剣としての人生を恨むこともなくはなかった。だけどね、僕のそばにはガイネスがいた。それにこの学園に来てからはいろんな人と出会うことができた。そうして分かったんだ。僕は彼らを守りたい、彼らの大切な人を守りたい、彼らが住むこのリエール王国を守りたい、そう思ったんだ。そう思うと僕はどこまでも頑張れる、剣聖としての力が与えられたことがとても嬉しい」


「……」


仮面の男はぼそっと声を漏らした。リディエスも聞き取れない声量で。だが理解できた、殺気が増したことを。


「それだけか……青二才め。弱者を切り捨てない限り貴様の足を引っ張るだけだ。それを理解できないなら俺がここで引導を渡してくれる」


「では僕は全力で君に抗い、自分を貫くとしよう」


「できると思うか?」


「僕はまだ君に剣聖の力の一部しか見せていない。これまでの君の動きを考えると負けるイメージは全くはない」


一切の迷いなく断言した。それは本当に自分の勝利を確信した強い態度だ。すでに治癒が完了し準備万全の状態で構えるリディエス。深く腰を落としどっしり構えるリディエスに対し、肩幅程度にしか足を開かず半身を取るがほとんど自然体で立つ仮面の男。白銀の剣を彼に向け唱える。


剣の加護アークルット


それは先ほど見せた防御バリアを展開する魔法だ。それを何故今?リディエスは敵の動きを一瞬も見逃さないように一層警戒した。


魔法障壁が剣先に展開されると次の瞬間、障壁がリディエスの方向にものすごい速さで飛ばされた。


「何っ!?」


天井が高いその一室の性質を利用してリディエスは空中高くジャンプする。


「魔法障壁にそんな使い方があるなん……ぐはぁっ!!」


強い衝撃を感じた。まだ空中を飛んでいる最中なのに地面に思いきり叩きつけれそうになり片手片膝で着地した。何が起きたのか不思議でたまらなく空中に目をやるとそこにはさらにもう一枚、魔法障壁が展開されていた。


「あまり上ばかりに気を取られるなよ」


リディエスが立つ場所の床が地響きを鳴らし、空中へ動き出す。ここにもまた魔法障壁を展開させたということだろう。このまま天井まで猛スピードで激突させる気なのか?いやそれまで待つ気はないのだろう。彼の後ろから同じく魔法障壁が向かってくる。


魔法障壁は魔法を防ぐ盾。とてつもない質量を持ちそれが超速でぶつかってくればその衝撃は凄まじい。


後方に高く一回転して後ろから迫りくる魔法障壁を躱し地に着地する。直後も警戒を緩めず予想通り追撃が来る。


今度は四方を囲むように障壁が飛ばされる。流石に逃げ場が少ない。唯一の逃げ場は頭上だがこれだけ上手く魔法を使える相手が天井だけ障壁を施さない理由は察することができる。動きを制限して何かを狙う罠の可能性が非常に高い。


リディエスはその場から逃げることをやめた。


剣の強化クラクス


聖剣に強化を施し床に刺した。


剣の風ヘンボルク


唱えたその魔法は剣の光アルボルク同様広範囲のもの。だけど発動時間が桁違い。一瞬で彼を中心として橙色の光が膨らみ四枚の魔法障壁を消し飛ばした。聖剣が強化されているせいか威力も並外れている。


剣の光アルボルクは光元素エレメントで一定範囲を蒸発させる魔法。そして今回の剣の風ヘンボルクは風元素エレメントの魔法。つまりリディエスは最低でも二元素の魔法を行使できる人族では珍しい魔法使いなのだろう。


「それにしても器用だね」


「貴様にもできるはずだ」


「練習すればできるかもしれないけど今の僕には難しいかな。それに魔法障壁を飛ばすなんて今まで考えたこともなかった」


「そうか」


今まで殺気立ってたが僅かに鎮まりどこか寂しさを感じる。思ったより意外な反応だ。少し調子を狂わされたリディエスだが咳払いで気持ちを整わせ、聖剣を持つ拳に力を入れる。


「いい加減、僕が劣勢に思われ得るのは剣聖としてのプライドが許さないんでね。そろそろ本気を出そう」


「奇遇だな。俺も本気を出そうと思っていたところだ」


「へー君もまだ様子見だったわけ?そうには見えなかったけど」


「さてな。だがそれも次でわかるんじゃないか。一撃で終わらそう」


「実にわかりやすい。とっておきをお披露目しよう」


お互いあまり意義を感じられない会話もこれで最後となる。次で決着がつくと理解しているため最後の力を絞って今まで以上に集中する。剣を頭の上で構え魔力を込める。しかしその様子は……


まるで鏡に映るもう一人の自分と対峙しているようだ。


リディエスの動きを全く同様に模倣し構える仮面の男。それだけじゃない、込められる魔力波長も瓜二つ。


その様子に驚きを抑えられないリディエス。だが何も発さずただ目の前の敵に集中することに徹する。最後の大勝負を前に最早気にすることはない、どんなことでも驚いてはいられないのだろう。


魔力を高め、次第に彼らを覆うオーラが露わとなる頃。準備は完全に整った。


「行くぞ!!!これが剣聖の奥義!!!」


スーっと息を思い切り吸い、剣を振りかざすと同時に思い切り吐く。


「「黄金龍の咆哮ヘブリューゼ!!!」」


声が重なった。そして凄まじいエネルギーが擦った地面を大きく削りながら二人の中心まで進む。そして中心でぶつかると……


強い衝撃波と共に玉座の間全体が眩い光に包まれ出した。それはただの光ではない。空間が剥がれ落ち、まるで世界の最後とでも言える光景だった。仮面の男が転移させたこの場所が崩れ落ちているのだった。


仮面の男はどうなったのか?気配は完全に感じられなくなったがもしかしたら先の一撃もしくはこの光の残穢にあてられて完全に消滅してしまったのだろうか?


しかしこれで決着が付いた。先の一撃は確実に手応えを感じ、仮面の男は生死不明だが生きていても瀕死の状態はまず確実だとそう思えた。


そんなことを考えていて、白い光から新しい景色を目にできるようになった時、そこは見覚えがある場所に変わっていた。薄黄色の暖色を帯びた石造りの廊下が正面に見えるこの場所は地下八層と書かれた看板のある一室、大聖堂だった。


「おーい、リディエス!」


声が発せられた方向に目を向けると、大聖堂内に設置される長椅子に座るガイネスとアイリスがいた。二人とも外傷は見られず無事のようだ。


「ガイネス!無事だったか?」


「ああ、なんとかね。あの死神と対峙することになったんだけど無事帰還できたよ」


「死神?あれは僕が倒したよ?」


「え……もしかして幻覚?それとも死神はもう一体いたのかな?」


「幻覚のようだがとてもそうは思えない。僕たちは地下七層にいたはずだしね。それについてはまだ謎があるから今は後回しだ。それよりジュンたちはどこに?」


大聖堂内に見られるのはリディエス、ガイネス、アイリスの3人だけだった。


「ここだ」


低い声が聞こえた。この場いる誰のものではない。しかし聞き覚えのあるそれが誰のものかは明らかだった。廊下から聞こえる足音と共に大聖堂に現れたのはジュンたちだった。


「よかった。全員無事で何よりだ!」


「死神との戦闘があってね、少し遅くなった」


「君も死神と出会したのかい?でも皆と会えて嬉しい。早速で悪いんだが今からこの迷宮を出よう。皆戦闘で魔力も体力も消耗していると思うし、浅階層にもかかわらずメルメラや死神みたいな強い魔獣がいるから長居は危険だ」


「そうだな。成果は十分得られただろう」


「成果……?ああ、魔獣もかなり倒したからね。さっきの死神の件でどうでも良くなっていたけど倒した魔獣の魔石を提示すれば学園に良い報告ができそうだ」



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