第7話 地下迷宮編 Ⅲ

「僕は第六天ヴァヴに至る……歴代最強の聖剣だ」


たった剣を一振り。第四天ダレットの魔獣メルメラを屠った剣聖リディエス・アーベルン。事実であるがこんなこと、聞いただけでは絶対に信じることができない。いや目の前でたった今それを目の当たりにしたとしても、なかなか現実だとは思えないだろう。


現に彼の後ろで目を大きくさせ、口を開けたままその場で立ち尽くしているものがいた。同じ学園の生徒で同じ班の魔法使い、アイリス・カルネル。他にも彼女ほどではないが班員皆驚いていた。


ー面白いー魔王もほんの少し声が漏れた。


「う、うそ……あのメルメラを一撃で倒すなんて……いやっ。。。私は勝てるって信じてたよ!!!」


まるで氷のように固まった体が溶け、誰もが信じないであろうその言葉を発したのはアイリス、さっきまでこの場から逃げようとしていた薄情者だ。


「よく言うよ、犠牲と言ったことを忘れていないからな。それよりこれで問題は片づいだ。地下八層に続く階段がある大聖堂へ行ける」


「えっ……!?一体なんのことかな、えっへっへっ……それじゃあ大聖堂へ向かおう!」


今や塵一つ残っていないが先ほどまでメルメラが立っていた場所の奥にある一本道、誰よりも早く歩みを進めたのはお調子者で薄情者のアイリスだ。やれやれと言った感じでいつものアイリスの行動にこれ以上あれこれ言うことは無くリディエスも彼女の後ろをついていく。さらに後ろ、ガイネスが歩き始める。


「いや、待てよ。何か感じなかったか?」


ガイネスが咄嗟に感じた違和感。これまで魔力探知で十分に警戒していたからこそ誰よりも早く気付けたのだった。


「どうした、ガイネ……しまった!!」


リディエスがガイネスの言葉に反応しようと踵を返した時。大広間の床が中心から崩れた。メルメラを倒したばっかりで流石のリディエスさえも注意がおろそかになっていたことは否めない。


何故地面が崩れたのか。迷宮とはある一定空間内を一度創設者の魔力で満たし、全く別の空間に変えている。そして何層にもなるその空間をつなぎ合わせる。各層の間にある空間は常に迷宮を創れるほどの高濃度の魔力と魔力が重なり、強力な時空の歪みが生じる。そんな場所に触れるだけで体は引き裂かれ肉片一つ残らないだろう。


ダンジョン攻略を行う際、真っ先に床を攻撃魔法で破壊し、簡単に階層を進めることができないのはそれが理由だ。


だが地を崩した存在は層の間から姿を現した。真っ黒のローブに巨躯を包み、胸の位置には、その巨躯を前にすら見劣りしない大きさの鎌を持ち構えている。


これだけでも十分に不気味でおどろおどろしい存在だがそれを一層加速させるのはローブで隠されながらも僅かに見える顔。とても人の皮膚の色とは思えない、しかしながら魔獣でもなかなか見ない色。当然だろう、それには皮膚がなかったのだから。ローブの奥からこちらを覗いていたのは真っ白な頭蓋骨。



まさに『死神』という言葉が一番腑に落ちる表現と言える。



「ガイネス!!飛行の魔法を全員に!!」


足場が不安定になりこのままではし死神に引き摺り込まれるのがオチだ。リディエスが咄嗟にそう言ってガイネスに飛行魔法を使わせることを促す。


「ダメだリディエス!飛行魔法が機能しない!!」


「なんだって……」


飛行魔法が使えない、そんなことなんてあるのか。ただでさえ予想しなかった状況にさらに予想もしなかったことが重なる、まさに泣きっ面に蜂だ。


「仕方ない……この先がどうなっているのかわからないが各々魔法で着地衝撃を緩和するんだ!死神は僕が引き受ける!」


迷わず聖剣を抜き死神の注意を引く。ガイネスとアイリスはリディエスの言葉を信じ、それぞれ着地に備えて魔法の準備に取り掛かる。


「はぁぁぁぁっ!!!」


聖剣を大きく振り翳し死神に向け勢いよく下す。その反動で自分諸共、死神を少しでも遠くまで吹き飛ばそうとしているのだ。


崩壊が進みもはやそこは原型をとどめていない。地下七層のとある大広間は死神によりほんのわずかな時間で完全に壊されるのであった。


ガイネスは足を地に着けれないがなんとか体勢を整えようとする。服の内側から木の小枝ほどの小さな魔法の杖を取り出し、いつでも魔法が使えるように準備する。


ガイネスの体は重力の影響を受け、加速しながら降下を続ける。崩れた地面の下にあるのは真っ黒な暗闇、本当にその先に行っても大丈夫なのか保証は全くないが戻ることはもはや不可能。死神が出てきたのだから大丈夫だと信じ、あとは着地に備えて魔法を上手く使うしかない。


ずっと下に見えた暗闇が周囲全体に広がるまでに時間は掛からなかった。それから早数秒、たった一点に光が足元に見えた。その光は段々大きくなり、どこか違う場所に出られることが直感的に理解できた。魔法の杖を握る力は増し、緊張が高まる。少しでも着地を間違えるとただでは済まない。心臓の鼓動がはっきりと伝わる中……


風渦キース


元素エレメントの魔法を着地点真下に放ち、その反動で彼の体は重力により受けた加速を相殺し一瞬だが空中で静止した。それにより衝撃を一切受けずに地に足を着くことができた。


地下七層が崩れてから着地までずっと真下しか見れなかった。こうして周りに目を向けることができる状況にやっとなれたと言うわけだ。


そこはまるで闘技場のようだ。彼が立つ舞台とその周りを覆うように客席が配置された空間。無論そこには誰一人座るものはいない。


「まったくさ、俺はどうしてこんなにも運が悪いのかな」


ガイネスは大きくため息を吐き、目の前を見る。そして舞台に立つもう一人の存在……死神の悪魔だ。


どうやら死神を引いたのはガイネスだったようだ。その事実にうんざりする彼は口調にそれが表れていた。


「それより少し不思議なことがある。さっき僕が感じた魔力は本当に君のものか?何かもっと大きな魔力に包まれた気がしたが」


ガイネスのその問いに何も答えない死神。


「それにいくつか不可解な点がある。迷宮の階層間を無理にでも開けるとそこは高濃度の魔力の渦が重なり、生身の人間が入れば無事ではないだろう。しかし俺は無傷で出られた」


同じく何も答えない死神。というよりは言葉を理解できないのだろう。


「まあ、返答を期待した問いじゃないよ。さっさと終わらせよう、俺なら誰よりも早く君を殺せる……いや死神の君に死の概念なんてあるかわからないか。じゃあその存在を消してあげる」




=======================




「困った……」


リディエスは迷宮で1人、頭を抱えて考え込んでた。周囲に生物は何一つ存在せずただ1人そこに立っている。


「僕がメルメラを倒してから次の階層に進もうとした時だ。まさか魔獣が床を崩してくるとは……しかしアレはまさしく死神だった。魔獣というよりは悪魔というべきかもしれない。離れてはいるが人に近い形をしていたとも思える」


魔獣と悪魔の違いははっきりはしていない。人類は言語を話し、意思疎通が可能な存在を境界としてそれらを分けている。そのような存在がイコールとして人族に近い容姿をしているということを示唆していた。しかしそれにはいくつか例外的な存在も実際に発見されており、今はその境界が揺らいでいるのであった。


「まずはみんなと合流しないとだな。あとはあの死神を倒さないと」


あたりを見まわし、どこを進むかじっくり考える。四方にはそれぞれ道がありどれもが同じように思える。道の先は全て薄暗く、何があるのかさっぱりわからない様子だ。方向感覚が狂わされ一度動けば元の場所に戻れるかわからない。


「……んっ?ははっ、これは好都合だ。順番は変わるが先に面倒事を済ませてしまおうか」


四方の道の一つから黒い影が近づいてくる。影は次第にここ四本の道が落ち合うこの場所にある松明に灯りを浴びせられ容姿がはっきりしていく。それは大鎌を持った化け物、例の死神だ。


「この鑑定眼でも強さがまるで測れない。だからこそ対峙するのが僕で良かった」


リディエスが持つ鑑定眼は普通の魔術師が持ち得るそれで、使用者より二つ下のランクまでの者の特性を見抜く眼。第六天ヴァヴのリディエスが使えば第四天ダレスまでに有効な実に汎用性の高い代物である。何せ人族の世界では99%以上の人間が第四天ダレスまでに位置するのだから。


「そういえばジュン、レフィレトス、ラクリアにも鑑定眼を使ったが効果は発揮されなかった。彼らもダレス以上なんだろう。ガイネスに加えてこんなにも頼もしい仲間ができて嬉しいよ」


一人足りない?


「あー……まあ、アイリスも元気で頼もしいよね」


目の前にいないアイリスのことを想像しただけで愛想笑いが出てしまった。目の前にいる存在を前に……


もちろん忘れていたわけではない、その死神を。死神はこの間も攻めてくる様子はなくずっとリディエスの前で立ち尽くしていた。


「少し遊ぼうか」


リディエスの顔には余裕さが残りながらもこれからの戦闘に向け表情を作り直す。足を広く開き腰を落として剣を構える。


刹那、リディエスの姿はそこには無かった。目にも止まらぬ速さで突進し死神の間合いに入ったのだった。そのまま勢いを乗せた体から繰り出される刺突はとてつもない威力を持つ。


リディエスの一撃を死神は大鎌で受け止め防ごうとしたが、剣先を鎌の平に合わせるのがやっとだった。だが、わずかに突進の威力を消せただけでリディエスの重い一撃は相殺されることはなかった。その一撃に耐えられず、死神は彼の攻撃を許してしまい聖剣は死神の心臓に届いた。しかしながらその突進は勢いを完全には失わず、死神の心臓に剣を刺したまま暗闇の道を駆け抜け、その数十メートル先にある壁に激突し止まった。


「まずは一撃」


心臓を貫かれ壁に張られる死神は大鎌を落とし、迷宮内に金属音が鳴り響く。鎌を落とした手はだらんとしていて反応はない。冥府より死を運びにやってくると言われる死神に『死』の概念はあるのだろうか。悪魔なのか死霊なのかで変わってくるところだ。


声一つ上げない死神にリディエスが話しかける。


「寝る時間にはまだ早い。ここまでしたんだ、もう少し付き合ってもらおう」


死んだように思え動き一つ見せない死神だが、彼がそう言うと死神の指先がピクリと動き、そして手に力が入った。次の瞬間には死神の姿は消えた。高速で移動したわけでは無い。どう足掻いても心臓に突き刺さった聖剣を逃れる術は無いのだから。それにこの一瞬で変化したのは他にもある。


「ここはさっきの四本道が交わる場所。まさか元の場所に戻ったのか」


魔法なのかこの迷宮の仕掛けなのか、リディエスが転移されたというよりかは時間が元に戻ったという表現が近いようだ。


「君も元気そうだな」


先と同じ光景だ。四本の道の内の一つから死神が現れた。一切の傷もダメージも負っていない。心臓に刺した剣跡が綺麗に消えていた。


これは死神の能力なのか?もしそうだったら能力は時間を巻き戻すこと?時間魔法は神の御技、魔法書に概要を書かれるくらい認知はされているが使ったとされる事例は一つもないとされている。


だがそんなのは彼の前には関係ない。剣聖を名乗り魔族から人族を守る使命を抱える彼も前には。


「10回でも100回でもかかってこい。そして君が僕に勝つ未来があるのか試してみるが良い」




*****




繰り返される時の回数はもうわからない。時を戻した死神にも戻させた剣聖リディエスにも。だが魔力が切れたのか理由はわからないが死神の再生は終わり、それと同時にまた目の前の光景が変わる。転移とはまた違うこの感覚、


「人を移しているというより空間を移しているようだ」


移り変わったそこには大きな扉が構えていた。明らかに開けろと言わんばかりに他には何も無い。両手でそれに触れ押し開けようする……ほかなかった。扉はギギギィと音を鳴らしゆっくり開かれた。どうやら中は玉座の間のようだ。広いだけじゃ無い、天井も高く室内全体に高級感のある装飾がなされている。そして正面には玉座と、それに座る存在。黒を基調とし所々赤い宝石が飾られた立派な服とそれを着こなすのは仮面を被り顔を隠す男だ。


「君があの死神をよこした張本人かい?」


リディエスの問いかけに仮面の男は何も答えない。


「質問を変えよう。君は僕の敵かな?」


またもや仮面の男は何も答えない。その様子にリディエスが諦めて引き返そうとした。容姿から魔獣ではないのは明らか。敵ではないならわざわざ戦う必要はない。それ以上に優先することが今のリディエスにはあるのだから。


しかし……


男に背を向けていたが脊髄反射のごとく振り返り、リディエスは咄嗟に剣を抜いた。彼を動かせたのは殺気だ。それも尋常では無いほどの殺気。とても人が出せるものでは無い。


「お前は俺と言葉を交えたいようだがそれはこれが語ってくれるだろう」


機械じみた雑音が入る声は声の波長を悟らせない。仮面の男は異空間に手を伸ばし、一本の剣を取り出した。彼が纏う黒の服とは裏腹に剣は白く輝く。


「それはわかりやすくて助かる」


状況は完全に理解できた。仮面の男は間違いなく敵、しかも強敵。冷や汗を拭い、両手で聖剣を構え、リディエスは戦闘体制に入った。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る