第6話 地下迷宮編 Ⅱ
スライムを倒し、奥に続く道をリディエス一行は進む。ここ地下一階は退魔結界の影響がまだ大きく出ているため魔獣の量と質はあまり高くない。出現するとしても先程のスライムのような低級魔獣くらいだろう。もちろんその程度の敵に剣聖や魔王が遅れを取ることなどなく、アルデイスの他の生徒たちよりも早く迷宮攻略を進めることができていた。
さらに地下階層に繋がる階段を探して、一行は気が緩みそうなレベルの魔獣の群れや迷宮内も慎重に進む。リディエスの所有する聖剣の甲斐あって、しばらくしてお目当ての階段がある大聖堂へ辿り着いた。最初に見た聖堂と同様の内装の大広間。入り口から真正面奥に祀られる誰かはわからない女性の像と地下にも関わらず天井の窓から溢れる虹色の光がほんの少し不気味さを表す。
「ねぇ、やっぱり前来たときと道のり違ってなかった?」
「そうかもしれないね。もしかしたらここの迷宮は一定時間ごとに変わっているのかもしれない。だけど僕の魔力探知にも何も引っかからなかった。ジュンはどう思う?」
アイリスの疑問をリディエスが受け取りさらに魔王に回した。リディエスは何かと俺のことを気にかけているようだ。編入初日だから仕方ないことではある。
「魔力の隠蔽は器用さがいるが特段難しいことではない。現にお前たちは俺の魔力を読み取れないことに疑問を抱いている頃合いだろう。それは俺の得意分野だ」
「確かに僕は、君が先の始原魔法を使った時でさえ魔力を探知できなかった。魔力とは魔術師でなくとも生物が生まれ持って有するもの。失礼だけど初めて会った時は魔力量が極端に小さいだけかと思ったけれど、君がそうではないことは今し方わかったよ」
この班ではアイリスとラクリアを除けば皆、魔力探知を使える。ガイネスもこのことに疑問を抱いていただろう。
「では実際のところジュンの魔力量はどの程度なんだい?」
リディエスの笑顔にはとても興味津々だと書かれていた。
「ふふっ、魔力を隠しているのにわざわざ公言すると思うか?」
当たり前のことだ。強力な魔法ほど必要な魔力は大きい。魔力量という情報で術者が使える魔法の上限を大雑把に絞ることができる。
「まあそうだね。ただ気になって聞いてみただけだよ」
「そう言えばリディスの魔力はどんくらいなんだっけ?」
今度はアイリスからリディエスに向けられたその質問。リディエスは魔法剣士、そして剣聖。純粋な剣術を主として補助的に魔法を行使する戦士だ。ただの剣士より有する魔力は多いだろう。
「僕の魔力量かい?別に隠している気はない。魔力値で言うと22,000だよ」
以前にも話したが魔力値は100,000もあれば十分だと。しかしそれはあくまで理想であって使い方次第ではどうにでもカバーできる。例えば仲間の存在によって。
《Ⅸの支配》第6支配階級で俺の朋友であるレンもリディエスと同じ魔法剣士の剣聖だが彼も魔力量はそこまで多くはなかった。確か魔力値50,000くらいだったはずだ。だからこそヴェルエーヌが魔力値300,000と聞いて驚いた。
「流石だね、リディエス。魔法剣士でどちらも純粋な魔法使いや剣士を圧倒する力は剣聖という肩書き以上に君の努力があってこそだったな」
その発言は幼き頃から聖剣と共に育ち、近くから見ていたガイネスによるものだった。剣聖は1000年以上も魔族との争いを第一線で戦い続け、人族の現在に大きく貢献してきた。もはや王族の次に重要な存在となり、幼少より人との関わりを制限され保護されてきた彼にとって、ガイネスは唯一の幼馴染という立ち位置で親友と呼べる存在なのだ。
「ここ人間界では人族の有する魔力量の平均値は1,000程度。リエール王国が誇る最大の学園アルデイスに所属するものでも魔力値5,000あれば平均以上、10,000あれば迷いなく一流と呼べる」
「ありがとう、ガイネス。だけど魔力量だけが全てじゃない。相性や状況によってどうにでも変わることは僕より魔法戦が得意な君がよく知っているはずだ。それは魔力探知が使えるものにとっては眼に見える、いや戦わずして感覚に一番訴えられるものであるが、一つの指標に過ぎない」
魔法使いの戦闘は剣士などの身体能力を武器に戦う状況よりずっと複雑だ。魔法の種類の多さを考えれば納得できるだろう。魔力量よりも情報とそれを十分に使える頭脳の方が必要とされる場面が多い。
それにしても先の発言、ガイネスの方が魔法戦が強いというのは少し驚きを覚えた。たとえ魔法であっても剣聖に匹敵する人族がいるのだな。まだまだ俺は人族の強さを知れていないから早めに情報を集めておきたいな。
「そうだったね。俺たちはどうしても魔力量にばかり気を取られてしまう悪い癖があるね。ジュンに教えられたようなもんだな」
普段はクールでポーカーフェイスなガイネスだが、俺へかけた表情はほんの少し砕けた笑みだった。足元を掬われたことへの恥じらいと、それにより力が抜けたことによるものだろう。
「じゃあ、アイリスもわからないな」
「どういう意味よ!私だってやるときはやるんだから舐められちゃ困るんだからね!ただ私は魔力隠蔽なんてしてないけどね。ジュンと違ってそんな魔法なんてまだ習ってないよー、私」
リディエスとガイネスは薄々感づいてはいたが魔力探知を使えないアイリスにとってさっきの話は初めて聞いたことだ。二人よりも驚いた様子をしていた。
「習っていないか……一つ忠告しておこう。魔法とは習うものではない。魔法とは心の具現化だ。人の数ほど存在する魔法への無限の解釈を、自身の心と結び付け理想を現実とするもの。己が願望に結びつく魔法を知らない、または存在しないのであれば編み出せ。ただ時間を待っていたら……」
「死ぬよ」
アイリスを見る目はとても冷たかった。彼女の前に立つ魔王は軽く後ろのアイリスを覗き、かける言葉の短さと魔力ではない単なる凍てつく両眼から感じさせられる威圧感。たった一言がまるで迷宮の一階層全体の空気を凍らせるほどに思えた。次の階層を目指して歩き始めていた皆がその場から動けなかった。アイリスの発言、それは人族では味わえないほど長い年月を生きる魔王が遠い昔に痛感した出来事と重なっていた。
俺はアイリスを見ながらも過去の自分を同時に見ている。そう、この世界は自分で動かなければ何も為せずに死ぬ。
予想もしなかった返答と状況に流石のアイリスも声を作れずにいた。二、三回何か言葉を発そうとしたが尽く水の泡となる。
「……っまあまあ、アイリスは馬鹿だからあまり気にしないでくれ」
2人の間を取り持ち、淀んだ雰囲気を取り払おうとガイネスがそう言った。普段は口数は多くなくクールな彼だが珍しく声の調子が安定しなく動揺が隠せていなかった。同時に元気をなくしてしゅんとしてしまったアイリスをラクリアは慰める。アイリスよりもずっと背丈の小さいラクリアだが、つま先を立て左肩を下げ左手に持つウサギの人形はその足が地面についてしまうほどに、細い右腕をまっすぐ上に伸ばして彼女の頭を撫でた。魔王とレフィレトスは気にせず目の前の階段を降り、リディエスも続いた。
それから地下二層以降はリディエスたちも戦闘に加わり、様々な魔獣を倒した。魔獣と言っても第一天アレフに過ぎない雑魚ばかりで、先のスライムと同程度だ。俺も始原魔法・
《地下第七層》
地下に潜れば潜るほど一階層が大きくなり、そして結界からも遠ざかることで魔獣の質も上がってきた。おそらくここまで来られたものはリディエスたちの班以外まだいないだろう。階を下げるにつれて倒された魔獣の死骸が見当たらなくなっていった。
迷宮内もこれまでのような幾つもの分かれ道とその先の大広間といったようなものではなくなり、底が見えないような細い崖を越えたり灯りが一切ない暗闇の中を潜り抜けたりと一つ一つの要所を攻略する難易度が少しずつ高くなってきた。
そんな迷宮地下七層を奥深くまで進み続け、大きくドーム型に開けた場所でリディエスたちは止まる。ようやく足元も安定して十分な広さの比較的安全な場所に出られて安堵するところだ。しかし誰もがそんな感情を抱く余裕を見せない。
「この大広間の先を見てごらん。少し細い一本道の曲がり角から溢れる虹色の光はこの階層の大聖堂のものだ。僕たちもここまで来るのは初めてだから少し不安だったけどなんとかなったね」
「それを言うのは少々早いのではないか。まずは
「ふふっ、そうだねジュン。まずはみんなのテンションを上げたかったんだ。少しでも希望を持った方が楽しいじゃないか」
そんな反応を示す理由は大聖堂に至る前に立ち塞がる存在。彼らを待ち構え阻むのはこの浅階層には見合わない魔獣。獅子の顔を持つ魔獣の四肢は青白い光を帯び、バチバチと音を響かせる。その尾は橙色の炎を被り、閉じた口元からは同じく橙色の炎が溢れている。
「あれはメルメラ、第四天ダレットに到る手強い魔物だ。四本の足は電撃を纏い、接近して戦うには不利。しかしながら遠距離では殺傷性の高い斬撃を飛ばしたり、大きな口からは火力の高い火球を放つ。実にやりにくい獣だ」
今回もリディエスが解説をしてくれた。魔王はそれを聞き、その魔物の有する空間を読み取る。
「確かに先までとは比べ物にならないほどの強さだな」
魔王が得意とする空間魔法には空間を読み取ることで簡単に転移したり、生物が存在する座標がわかる。それと同時に生物が有する空間の密度でそれの大体の強ささえもわかるのである。
「あ……あ、あれ私たちが相手して良い魔獣じゃ無いよねっ!!!出会ったら真っ先に逃げないと確実に殺されちゃうよね……私まだ死にたくないっっっ!」
早口で喋り、逃げの体制をして今にも引き返しそうなアイリス。しかし彼女の判断は正しいものと言える。第四天ダレットの魔獣に敵う人族がどれほど存在するのか。
「誰が犠牲に……いやっ、みんなが逃げるまでの時間を稼ぐ?」
おい、今犠牲って言ったぞ……
「よし今回は僕が行くよ」
そう答えたのは剣聖リディエス。臆することなく自ら率先して強敵の前に立つ勇気は剣聖という称号に負けない本物の人格者だ。
「リディエス!君のことは忘れないよ」
手を組み、涙目で感謝するアイリス。
「そういう意味じゃないよ!せっかくの機会だ、剣聖の力見せてあげる」
単身メルメラの前に出て剣の鞘に触れる。普段使うのとは違う剣聖の剣だ。
滅多に抜くことはないと聞いていたがこの場面で抜くか。
鞘から抜くと魔力の制限が解かれ、そして神話級の剣は刀身を露わにした。ここ地下迷宮でまるで太陽のように光り輝く聖剣。彼は剣を構えメルメラと睨み合う。リディエスは目を閉じ、しばらくその場から動かず心を落ち着かせる。
その間にもメルメラは攻めてくる素振りも見せず電撃をばちばち鳴らすだけであった。言葉を話せなず知能もそこまで高くない魔獣がリディエスを待っている。いや動けないのだろう。きっと本能で理解ているのだろう、彼が自身よりずっと強いことを。
準備が完全に整い、瞼をそっとあげる。聖剣を両手で持ち頭上高く上げる。それによって次の瞬間、光の粒が迷宮の地面や壁など様々な場所から現れ聖剣に集まっていく。光の精霊、それが聖剣に集まり一体となっているようだ。光の精霊が集まり、聖剣の光が迷宮の大広間を覆い尽くすほど満たされた時、
「
剣が青白い光に包まれその爆発した魔力がメルメラを包む。まさに一瞬の出来事だった。光はメルメラを肉片一つ残さず蒸発させ一瞬で勝負を付けた。強力な電撃と斬撃、火炎魔法を有し接近戦でも遠距離戦でも苦戦を免れない、あのメルメラ相手に。その一瞬の出来事に皆開いた口が閉まらないと言った様子だ。魔王さえも僅かに驚き興味を示した。
「僕は第六天ヴァヴに到る……歴代最強の剣聖だ」
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