第5話 地下迷宮編 Ⅰ

ー自動解析終了ー


以前人間界を長きにわたり守護してきた結界がどんな構造をしているのか調べようとしたことがあった。その時は他にもやらないといけないことがあったから自動解析に切り替えたのだった。それが今しがた終了した。その分析結果から読み解くにこの結界は……


「なるほど。この結界は魔族による侵入を拒むものでは間違いないが聊か問題がある。これは巨大な壁と同じだ。一度入ってしまえばそれは機能しない。だからもし俺がこの場で魔力を解放しようが人族による歓迎はあれど、結界からの拒絶はない」


結界のこの穴は、例えばここで魔族を召喚する魔法を行えば簡単に侵入できる。しかしながらそれを使うには何百の魂という生贄を要し、禁忌とされている。


これの結果からは魔女ミリスが魔族の異殊魔法を行使しようが人間界にいられる理由にもなっている。


「それにしてもかなり昔に作られた結界のようだ。おそらく1000年は前になるだろう。今度クレヴァスに会った時に聞いてみよう」




*****




時刻はしばらく経って午後の授業が始まる時となる。


「これよりダンジョンでの実習を行います。皆さん、班はもう組みましたね。それでは実習内容について説明します。アルデイス近くにあるこの地下迷宮は最低でも百層を超える都市グリューネ最大の迷宮です。あなたたちにはここで魔物を討伐してきてもらいます」


リエール王国は魔族の侵入を妨げる結界を張っているというのに何故魔物が存在するのか。それは地下迷宮が結界の外に存在するからである。人族にとっては人間界をでなくとも気軽に魔物と遭遇できる場所がこの地下迷宮というわけだ。


「では行こうか」


リディエスは他の5人、魔王たちとガイネス、アイリスにそう言い、迷宮の入り口へ歩み始める。石造りの入り口を通り、一本道を進む。陽の光が届かぬその中は壁に飾られる松明のみが迷宮を薄暗いながらも照らしてくれている。


何の不思議も変わりもない道。少し進むと右と左に道の先が枝分かれする場所まで来た。そこで一行は立ち止まりどちらに向かうか考える。


「俺は迷宮に関してはあまり経験がない。リディエス、お前ならどちらに進むか?」


魔王ならば空間魔法を使えば先の道に何があるのか読み取ることができるがあえてリディエスに聞いたそのセリフは彼を試すものだった。リディエスは「うーん」と唸り首を傾げた。


「僕も迷宮に役立ちそうな魔法やスキルは持っていないんだ。だが、この迷宮は各層に聖堂に似た場所があるんだ。そこは聖なる魔力で魔物が近づかないようになっている。そしてそこは下の階層につながる階段がある場所でもあるんだ」


一般に迷宮は、未だに創生者の魔力が循環して機能していれば転移は不可能。そのため別の階層に移動するには特定の場所に行かなければならない。しかしその場所を見失う可能性もある。その対策として迷宮を作る際、そこに魔力の目印をつけわかりやすくすることがある。


「聖なる魔力ね。しかし俺の魔力探知には引っかからないが本当に存在するのか?」


「その魔力はとても微弱なんだ。魔力探知を持っていたとしても近くに行くまでは感じ取れないさ。だけどこいつはそれを見逃さない」


リディエスは腰に携えた剣に触れる。剣に目を向けるとそれは微かに光っていた。


「これは?」


「聖剣もまた聖なる魔力を宿している。聖堂の魔力と共鳴しているんだ」


「そうか、聖剣との共鳴が強まる方へ向かえばいいわけだな」


「そうだね。じゃあ、この分かれ道は右に進もうか」


皆リディエスの聖剣に導かれるようにして先に進んだ。それからも分かれ道がいくつも待ち受けその度に剣の共鳴を利用して迷宮の奥へ着実と向かっていくのがわかった。


そしてリディエスたちはわずか一時間程度で聖堂らしき広間に出た。そこは特に珍しくもない見てくれの聖堂だ。飾られる何者かの像と入り口を繋ぐ正面の通路、そしてその脇には長椅子が数脚。しかしとても地下とは思えないくらい高い天井。そして左右に貼られるガラスの窓からは太陽の光ではない虹色の光が聖堂内を照らしている。


「前に来た時と少し違うね」


アイリスが不思議そうに広間を眺めて言った。


「そうかい?僕はそんな小さい違いはわからないがどうでもいいじゃん。それよりほら、あそこを見なよ」


リディエスが指をさす場所、入り口から右奥の隅には階段があった。地下に続く階段だ。赤い絨毯で示された正面の通路を歩き階段の近くまで寄る。階段が導く先、地下は薄暗さでまるで何があるかわからない。そんな迷宮に似合う不気味さを皆感じ、道中ずっと一番薄路を歩き魔物を人一倍警戒していたガイネスが話す。


「これから本格的に迷宮に入り込むね。俺らは何回か来たことあるから多少はここに詳しいけど君たちは初めてだからね。ここまでは運良く魔物に遭遇しなかったけれど、ここから先はそうはいかないだろうね。いつ魔物が現れてもいいように十分警戒してね」


リディエスの聖剣のお陰で一行は魔物との対峙なくここまで来れた。それまでにいくつもあった分かれ道、選択を間違えた先に何があるのかを魔王は知っていた。


かなり低位だが魔物の存在が読み取れた。ほとんどがスライムなどの魔物で。それらは人間界でも驚異的存在とは考えられていない。高位の魔物が存在する深階層を恐れ浅階層まで登ってきたのだ。


ガイネスは探知系の魔法を展開して魔王たち3人に警告した。


「はーい!ラクリア気を付けるよ!」


それに元気よく反応したラクリアにガイネスはため息を吐いた。見た目相応の言動だが本当に同じ学園アルデイスに所属するものなのか不思議で仕方ないくらい幼く見えているのだろう。実年齢で考えるとラクリアは百年以上生きる、人族の常識を超える吸血鬼だが中身は齢17のガイネス以下のようだ。


反対にリディエスとアイリスはその光景に微笑んでいた。ガイネスは早く行くぞと言わんばかりに先陣切って階段へ進み下ろうとした。ガイネスに続くようにしてリディエスとアイリス、そして魔王たちの順で階段を下る。廻り階段となるそれはとても長く何百段と続いている。底の見えない巨大な暗黒を柱としてそれに沿ってゆっくりと下に降りていく。


「ラクリアもう限界……」


わずか10分程度。ラクリアは目が回り、足をふらつかせながらレフィレトスにおんぶするよう訴えかける。そんな頼みを聞く耳持たず、いや聞いてすらいなかった。レフィレトスは魔王に近づき、こちらを見ているラクリアにすら届かぬ声量で耳打ちした。


「ジュン様、どう見ますか?」


何がとは聞かなかった。聞く必要がないくらいあからさまだった、この迷宮は。


「この迷宮は生きている。おそらくここを創ったものはいるだろうな、この最下層で。しかしあまりにも離れすぎている。俺もそいつも魔力を飛ばせるほどではない」


「そうですか。なら今はまだ何も触れない方が安全でしょうね」


「そうだな。それに今回の迷宮探索は別に目的があるからな」


魔王の放った最後の台詞にはピンと来ていない様子のレフィレトスだが彼の悪魔らしい笑みを横目に見ていた。


しばらく階段を歩いてようやく地下1階に降り立った。魔王たちは過去にいくつか迷宮を制覇してきたがここもまたそれらと同じような迷宮である。薄黄色い暖色の壁と柱、そしてわずかな魔石が床の石の隙間から生えている。そして中に人が住んでいる痕跡は一切ないようなほど家具や食料などの生活用品は見当たらない。ある、そう在るとすれば地上では滅多に見かけない種族の魔物だけだろう。


僅かに薄青で色付けられるがほぼ透明に近いゲル状の粘性物質。周りの魔石を自身の体で覆い込められた魔力を吸い上げる。それがこいつらの食事なのだろう。


「あれはスライムだね。攻撃力は皆無だけど無限に繁殖するし、物理攻撃が効かない面倒な魔物だ。それが確認できる範囲でも数十匹は存在している。ここは地下ダンジョンだからね、あまり広くないこの場所で範囲攻撃の魔法は使わない方が身のためだよ」


「解説ありがとう、リディエス。剣士のリディエスはやりにくいだろうし、ここは転校生のジュンに任せてみるのはどうかな?ジュンの実力も見てみたいし!」


リディエスの説明に最初に反応したのは女魔術師アイリス。お調子者でいつも他人を巻き込む性格のアイリスはどうやら”魔王”の実力を見たいそうだ。そう言われては空間魔法や神術を選びたいところだ。無論それはできない。


面倒なことになった。以前クインツに、国王に接触するには学園で功績を積み上げ国王の目に留まることが一番の近道だと言われた。しかし、あまりにも目立ちすぎると変に詮索され真逆の結果を招きかねない。七属性全てに適性を持つ魔王にとって、どれを選べば良いか迷いどころであった。


俺が最も得意としているのは空間魔法を主とした闇元素の魔法だ。しかしながら闇元素は人族の体には適していないためその使い手は珍しいそうだ。


「では面白い魔法を披露しよう」


魔王は数歩前へ出て、術式を構築する準備をする。魔術師でしかも魔法を行使しようとしているのに魔力の一切を感知できないのは魔王が外部に放出される魔力を完全に抑えられるからだ。


「魔力探知を扱えるものにとっては不思議で仕方ないでしょうね。ジュン様は魔力を完全に消せます。それは魔族としての魔力を隠されるためではありません。人間界に来る以前から日常的に魔力を解放することはあまりありませんでした。本来の理由はその魔力量の多さは近づく生きとし生けるものに恐怖を与えてしまうからです」


レフィレトスは魔王の背中を見ながら隣に立つラクリアに語りかける。もちろんリディエスたちには聞こえない小声で。


肩と同じ高さに上げまっすぐ伸ばした手の先には瞬き程度のわずかな時間で薄赤色の魔法陣が描かれる。魔法陣からは無数の光が広範囲に放たれる。その光はスライムの核を貫きあっという間に悉くを消し去った。


リディエスたちは魔王が繰り出した見たこともない魔法の前にただ茫然するしかなかった。


「これは何だい……?僕は魔法に関してもある程度詳しいと思っていたけど何をしたのかわからなかった」


「魔力を飛ばしたのかな。魔力といっても火元素エレメントに変換して」


「概ね正解だ、ガイネス。これは現代に使われている魔法とは些か異なる。長い時を経て、人は既存の魔法を使って新たなより複雑で利便性のある魔法を生み出してきた。しかし、そればかりに気を取られ過ぎて根底にある魔法概念への理解が疎かになった。これは現代のような魔法となる前の魔法、忘れられた神話の魔法だ。始原魔法・火之迦具土神ヒノカグツチ


「神話の魔法!?そ、そ、それやばくない!?その知識があればどれほどの金儲けが……いや魔法学界の進展に貢献できることか」


迷宮に大きく響渡る声。アイリスだけは他のものたちとはズレた反応を示した。


「うるさい、アイリス。確かに僕には理解できないすごい魔法なのはわかるけど、直接魔力を等価変換して放つ魔法は相当な魔力量の持ち主じゃない限り使い物にならない気がする。そうまでして使う利点でもあるのかい?」


「始原魔法はどんな防御魔法さえも貫通する。また術式の改良をせずとも、術者の魔力次第で高まる威力に上限は無い。他にも現代魔法に見られないメリットは多い。あとは先も言った通り現代では失われた魔法だ。見ず知らずの魔法はその術式を見ても一瞬で理解できるものではない。対人戦で有効であることは言う必要もないだろう」


「そこまで理解しているとは……ジュン、君は魔法がとても好きなんだね」


「いや、そうでもないさ。それより先へ進もうか」



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