第4話 聖賢学園アルデイス
リエール王国グリューネからそう遠くもないこの都市エンデラにある学園アルデイス。そんなアルデイスの第1学年に時期外れの新入生が3人。
「初めまして、アルデイスの皆さん。グリューネ出身の魔法使いで俺のことはジュンと気軽に呼んで欲しい。これから同じ学園のものとして仲良くしてくれると嬉しいかな」
軽く微笑み会釈をする魔王は独特なオーラを放つ。思いの外、クラスメートからは好印象であった。教室は席が自由であり、魔王と配下二人は一番後ろの一角に座ろうとする。自己紹介を終え席に着くと少しの盛り上がりを除いて通常通り授業が行われた。この時間は魔法史の授業。教師は魔法がどのよう体系化され現代まで受けるがれてきたのかを講義するのある。
「魔法はご存知の通り、常理魔法と異殊魔法が存在しますがその昔、この世界には今のような魔法はありませんでした。魔法は神が与える奇跡、人の理から外れたものだと思われていました。しかし、長い年月を経てある人間が誕生します。そのものが火に触れるとその属性を取り込み自分のものとし、自在に火を出すことができるようになったのです。同じく水に触れると水を出せるようになった。それから数千年でこのような人物は増え、その事象を魔法と呼び、魔法を行使するもののことを魔法使いと人は言うのです。これが人類の進化であるのかはいまだにわかりませんが、現代では種族問わずほとんどの人間が魔法使いの素質を持っています。これは余談なのですが、今言いました最初に魔術を発見した人はかなり魔術への適性があるようです。実際に元素に触れて魔法を行使できるのは自身が使える属性のみなのですが、彼の人物は2属性以上への適性をお持ちのようですね」
長く生きる魔王にとっては何度も聞いたことあるような話を一時間ほど聞かされた。しかしその中にも有益な情報は確かに掴めた。例えば人族にとって魔法を2属性以上使えるものはごく少数であることだ。3属性となれば話は別だが魔族にとってはそれは珍しくもない。そして異殊魔法自体が人族の種族魔法であり、これは人族の数ほど存在するらしい。
「長くなりましたが、今日はこれで授業を終わります」
こうして授業は終わり時刻は正午、昼休みの時間となる。魔王は隣に座るレフィレトスとラクリアの様子を見る。レフィレトスは先の授業に興味を持ったのか目を輝いていた。対してラクリアは眠そうな顔を隠しもせずその目からは光が感じられない。魔王の視線の方向にレフィレトスも目を向け、眠りかけているラクリアの肩を揺らす。彼女の小柄な体はレフィレトスが軽く力を入れるだけで振り子運動のように大きく揺れる。
「き、気持ち悪い……」
ぐわんぐわん目が回り今にも吐きそうなくらいに顔色を悪くする。レフィレトスはパッと手を放し、同時にラクリアは頭から崩れて机に突っ伏した。
「あなたが寝ているのが悪いのですよ。ほら、寝てないで少しは人族を観察でもしてジュン様の役に立ちなさい」
「くぎゅうぅぅ……」
返事をするために振り絞った声はなんともだらしないものであった。これでも魔王の配下の中で最も権威を持つ8席の一人であるというのに。
そんなやりとりの後、教師が教室を去りクラスは完全に休み時間の雰囲気になった。それと同じタイミングで複数の視線を感じる。新入生だから当然だ、皆魔王たちに興味を示している。
誰が初めに話しかけてくるのか気になっているとクラスメートが3人も近づいてきた。1人は女の魔術師だろう、自身の胸ほどまでの丈の魔法の杖を手にしている。この大きな杖は魔法の威力を底上げする魔道具だ。発動速度を劇的に向上させる筆と同じくらいの小さな杖とは役割が分けられているのだ。残りの2人は男だが1人は魔術師、そしてもう1人は高い地位の剣士だろう。身に纏う衣服は位の高さがはっきりとわかるほどであり、気になるは腰に携えている剣。鞘は多種多様な宝石が埋め込まれていて、明らかに一介の剣士が持つそれとは異なる。
この剣を魔王は幾度と目にしたことがあった。
「やあ、転入生のレーネルドさんだったよね。僕はリディエス・アーベルン、魔剣士だ。後ろの2人はガイネスとアイリス。良かったら午後に行われる実習で僕たちのパーティに入ってみないかい?」
「アーベルン……?」
幾度と耳にしたその名前。脳裏に描かれるのはかつての朋友。
「あー、普通の人は驚いちゃうよね。そう、彼は剣聖の家系で勇者とも呼ばれているよ!すごいでしょ!最初は堅苦しくて気が合わない人かと心配したけどそれは見た目だけで実はすっごい優しくて面白いの」
「堅苦しい見た目だとは自覚しているが何も本人の前で言う必要はないだろ……」
それの名とその剣を持つ青年を訝しがる様子が顔に表れたのだろうか。リディエスの肩からひょこっと顔を出し、疑問に答えたのは女魔術師のアイリスだ。しかしながら魔王が抱いたその疑問……
「レンと同じか」
「レン?」
「いや、何でもない。それよりその申し出ありがたく受けさせてもらおう。午後のダンジョン攻略はまだこの学園に来たばかりの俺たちには少々不安があった。アーベルン様がいてくれるなら心強い」
「ふふっ、リディエスでいい。僕もジュンと呼んでも構わないかい?」
「許そ……いや構わないぞ」
思わぬ出会いで気が緩みそうな魔王であった。
*****
午前の授業が終わり、一同は昼食をとりに食堂へ移動した。数多くのメニューから自分らが欲しい料理がある場所に並び受け取ろうとする。リディエスたちが昼食を取り席へ移動する中、魔王は決め兼ねていた。口に手を当て考えていると魔王の集中を遮ろうとするような雑音が耳に入ってきた。
「邪魔なんだよっ!この醜い魔女が!」
そんな怒鳴るような大声と共に聞こえるは食堂全体に響く鈍い音。逆立つ金髪と首にかけるネックレスはアルデイスの制服を纏ってもなお隠しきれない不良さだ。制服を着るかは本人の意思に任せるこの学園で何故律儀に従うのかはわからないが、彼がこの雑音を作った。彼の視線の先には少女が膝をついて俯いていた。手は腹にあてられ痛んでいる様子だ。おそらく彼が少女の腹部に蹴りを入れて吹っ飛ばしたという状況だ。そうなった経緯はわからないが。
「昼飯もさっさと決めれない奴がいつまでもここにいるんじゃねぇよ」
俺のことか?人族の世界では昼飯で悩むことはマナー違反なのだろうか?
「その醜い赤い髪に赤い瞳、マジで気に食わないな。嘸かし学園の奴らは気色悪いと感じていることだろうよ」
赤髪といえば第1支配階級のカーミラが真っ先に思い浮かぶ。人族のことはわからないが魔族では赤髪もそれほど珍しいものでは無いがな。それに先ほどの台詞、魔女とはそれ自体に何か意味があるのか。
「あれ確か、二年のジークだよな」
「ああそうだな。成績は優秀で教師たちから一目置かれているがあんな性格じゃな……」
「たとえ年上だろうが気に入らない奴は全員力で服従させているらしいぜ」
近くの席でヒソヒソと金髪の彼、ジークというものについて話す声がかすかに聞こえた。
「そうだ、お前俺の手下にしてやるぜ。嫌われ者のお前を俺が救ってやるんだ、嬉しいだろ?」
上半身を軽く下げ、膝をつく少女の顔を覗き込みながらジークはそう言った。魔族よりも魔族らしい良い表情をする。
「……」
少女が何か言葉を発したようだ。しかしながら蹴りによる痛みから腹に力が入らないのかその声はとても小さいものだった。それは一番近くにいるジークすら聞き取れないほどに。
「声が小せぇよ!また蹴られたいのかぁ?」
「……わ、私は一人でいい!」
すぐさま立ち上がり涙目になりながらも格上のジークの目を見てはっきりそう言った。声は震えてたが勇気を振り絞ってそう言ったのを魔王は少し感心した。
「そうか、本当に気に食わないな。じゃあその心が折れるまで殴ってやるよぉ!」
思い通りにいかないことで怒りが溜まったのか冷静な判断ができなくなっている様子だ。周りの目を気にかけず、拳を引き、身を乗り出して少女の綺麗な顔を台無しにしてしまうところだった。
「なっ!」
気配を感じ取れなかった。それ以前に何の音もしなかった。瞬きする間に二人の間に入ったのは見知らぬ顔。当然だ、それは今日編入したばかりの魔王なのだから。
まだジークの拳が、前屈みで乗り出した顔の前を通過し間も無い時点。魔王は半身で右腕だけを肩と同じ高さに上げ、人差し指だけを向けた。その指先はジークの額から僅か数ミリという距離で止められていた。
ほんの少しでも動けば間違いなく死ぬ、ジークは本能でそう感じた。殺気を全く感じないが魔王の寸分の隙もない立ち振る舞いと冷たい目はジークを魂から震えさせる。まるで蛇に睨まれたカエルのように……いやそんな可愛い表現では納まらないことは明らかだ。
「ゆめ彼女に触れるな」
唐突に現れ、そう告げる魔王に対しジークは時を止められたかのように指一本動かすことができなかった。頭に上った血もこれで少しは何とかなっただろう。
魔王は少女に手を伸ばし、彼女がその手を取ると食堂の外へ連れて行ってあげる。魔王が去った後、腰が抜けポカンと開いた口は閉じることなく、ジークはその場に尻をついたまましばらくそのままでいた。
*****
「助けてもらいありがとうございます」
学園の庭ともいえる場所で二人ベンチに座り話をする。
「気まぐれだ。それよりいくつか聞いていいか?」
「……魔女のことでしょうか?」
目線を逸らし小さい声で問いかける。聞かれたくない内容なことはすぐにわかった。
「話したくないのであればそれでも良い」
「……は、話します。彼が言った通り私は魔女の子孫です。魔女とは遠い昔、魔族と関わりがあり、魔族の魔法を行使する穢れ者のことです」
その声は調子が低く、顔はひきつった笑顔を作るのが精一杯だった。
「魔族の魔法と言ったが常理魔法に関していえば人族も魔族もそれに大差は見受けられないと思う。そうなるとお前が言っているのは異殊魔法について言っているのか?」
「……え?」
彼女は目を丸くし、魔王の言葉に疑問を抱いた。どこに驚く要素があったのか魔王にはさっぱりと言った感じだ。
「どうかしたか」
「いえ……これまでは魔女というだけで忌み嫌われていたので私の魔法に興味を示した方は初めてです。あなたの言う通り魔女の魔法は異殊魔法です。この魔法と魔女の始祖由来の赤い髪と瞳が私にこの人生を背負わせています」
膝の上に置いた両拳は制服を握り締め、赤髪の少女はそう語る。しかし人間界に来たばかりの魔王にとっては彼女が歩んだ道のりやそもそも魔女という言葉さえも耳にしたことがなかったため、それら全てを理解することはできない。
「なるほどな。魔女についてはわかった。お前がこれまでどんな思いをして生きてきたのかも察することができる。では次の質問だ。そんな状況を作った原因、魔女の始祖……いやとりわけ魔法を教えた魔族は憎いか?」
そんなことを聞かれたことないからかまたもや魔王の質問に彼女はほんの少し動揺を見せた。考えたこともない問いに初めて取り組み答えを出そうとする。
「憎い……と言えれば少しは楽になれたんでしょうね。でも私は魔族と会ったことがありません。会ったことないのに差別しては、さっきの彼が私を差別するのと何も変わりません。私はそうはなりたくない」
その言葉に魔王はまた感心した。これから魔族と人族との共存を行うにはこういう偏見のない意見を持つものは大事になってくるはず。
「面白いやつだ。俺の名はジュンだ。お前の名前を聞きたい」
「ミリス、ミリス・ファルトンです」
「そうか。よろしくな、ミリス。俺は今日この学園に来たばかりでわからないことが多い。仲良くしてくれると嬉しい」
それを聞いてミリスは目線を上げ、驚きと嬉しさを表した。
「わ、私なんかで良いんですか?魔女の私なんかを」
「俺は魔女について疎いから魔女というだけで好意や嫌悪を示すことはない。そして以降もしミリスが自身の意志を貫き通せない程の障壁が構えると言うなら俺が尽くを塵に変えよう」
「……そうですか」
ミリスは俯き声を震わせた。そして……
「こんなに嬉しいのは初めてです。私はこれから先もずっと一人だと思ってました。あなたと会えたこの日、そしてかけてくださったその言葉、私はずっと忘れません」
顔を再び上げて、ミリスはそう言った。目には涙を添えて。
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