Ⅱ章
第1話 リエール王国
音が聞こえる、色々声だ。魔獣に魔族、なぜ人間界に近いこの場所にいるのかはわからないがそんなことはどうでもいい。大きな体が見える、俺たちが通る道の脇に転がっている。数体というレベルではない、歩いても歩いても魔獣や魔族の山が見えている。
「こうして旅をしていると昔を思い出す、なあレフィ」
「全くで御座います」
俺たちは今人間界にある濃霧地帯に差し掛かってる。本来ならばすでに人間界についていることだが何故時間を取られてるかというと目の前に立ち塞がるものの存在だ。
「も、もう降参だ……俺たちは軍を退くからもう止めてくれ!」
何か聞こえる、下賤で不快な音。その中で一点綺麗な音も聞こえる……だが俺には関係ないことだ。気にせず前へ進むだけだ。
数刻前、100を超える魔族の軍と遭遇し道を通してくれるだけで良かったのに不思議なことに奴らは襲いかかってきた。俺が優しくお願いしてやったのにわからない愚か者どもだな。
「……た、助けてくれっ!」
「俺の知ったことではない」
そう、俺の知ったことではない。なぜなら今魔族の軍を追いやっているのは1000年前に契約した二人の使い魔。
小柄で赤と白を基調とした巫女姿と鮮やかな仮面を持ち合わせ奇妙な雰囲気を漂わす異質な存在。
その一人ヨミは神楽笛を吹き鳴らして魔族の精神を操り、もう一人のスノは自身の腕の長さほどある鋭く長い爪で斬り付ける。瞬きをするほんの僅かな時間で数体、また数体と死体の山が増える。
「もともとお前たちがあんな言い方をするのが悪かったんだろ!何が『おい下郎ども、すぐさま俺の目の前から消えれば見逃してやる』だ!」
俺が優しく忠告してやったんだ。それに従わない愚か者に救いはいらないであろう。
ヨミは俺に刃向かったことへの怒りをその神楽笛の音を増幅させることで明確に表す。一層苦しむ敵に間髪入れずに爪を喉元に入れるスノ。
「でもちょっとうるさくないですか?」
「そうですね、ラクリア。二神に変わって私が少し静かにさせましょう」
レフィレトスは大きな魔法の杖を取り出し魔法を展開する。その杖は魔法の効果範囲や威力を増大させる。それを用いて行う魔法は……
「「
レフィレトスから放たれた闇は辺りを覆っていき、そしてわずか数秒で元の空間に戻る。この一瞬で変わったものはない、ただ一つを除いて。ついさっきまでいた魔獣や魔族が死体も含めて皆消えている。
「流石だな。お前の空間魔法も中々見事だ」
「お褒めに頂き光栄です。ですがまだまだジュン様には遠く及びません」
レフィにとって空間魔法が最も適性のある魔法とは言えないが、俺の前だから成長した姿を見せてくれたのだろう。だがもし空間魔法を究める気があるのなら俺の切り札を覚えさせてもよい。
「でもやっと静かになりましたね!」
「そうだな、ラクリア。では先に進むとしたいがこれ以上邪魔が入るのは面倒だ。
欠点と言えば門を顕現させるのに時間がかかることと空間への影響が大きいため周りの人間に気付かれてしまう可能性が高いということと制限を掛けるのが容易いことだ。
本来ならば慎重に行くべきだがここまでで予定より時間がかかってしまって疲れてしまったから仕方あるまい。
「
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「
俺たちは人間界の大結界がある都市が見下ろせる崖に着いた。見た目では結界があるようには見えないが俺の魔眼はそれを見逃さなかった。だがなるほどな、予想通りこれは魔族の魔力波長を認識する機能があるようだ。
一体誰が結界を張ったのかは知らないが特定の波長を感知する結界なんてどうやって作ったのだろうか。流石の俺でもここまで精密な機能を編み込んだ結界は作れない。
「どうなさいますか」
「これより人族の国へ入る、お前たちもわかっていると思うが奴らは魔族との交流を過度に嫌っている。エルフであるレフィはともかくとして吸血鬼の俺とラクリアは人族に変装しようと考えている」
「ジュンさまあー、ラクリア人間に変装できないよ」
「大丈夫だ、俺が魔法でその魔力波長を改竄しよう。ラクリアは吸血鬼だとバレないようにその尖った歯と羽、あとはそうだな……俺が掛ける魔法が解けてしまう
「うん、わかった!」
俺は俺自身とラクリアに幻術、つまりは闇
これは俺が使える数少ない異殊魔法の一つだ。
この世には大きく分けて常理魔法と異殊魔法の二種類の魔法があるが、常理魔法とは
対して異殊魔法とは元を辿れば常理魔法に行き着くが使用者の性質を大きく受け継いだ謂わば血統を重視した固有の魔法と言えるだろう。異殊魔法を見せるということは使用者の家系についての情報を教えることとも捉えられ、逆に俺たちが種族名を知りたがるのは秘匿の異殊魔法についての情報を少しでも知るためでもある。
「レフィ、結界を通るだけなら問題無いと思われるが中の世界でエルフがどのような扱いを受けているのかは分からん。その耳は幻術で隠しておけ」
「かしこまりました」
「さて、行くか」
魔王一行は崖を降り、結界へとつながる開けた道に出た。あたりは足首程度の高さの草が生い茂っており、この一本道だけが草が刈られ、日常的に人が通っていることがわかる。
濃霧地帯を経験していないからこそ特別違和感を感じないが、魔王達が来た方向にずっと続くように見えるこの景色と道は、外の世界、とりわけ魔界の景色が想像できないほど穏やかさを憶えた。
少し道に沿って歩くと結界同様、人間界を防護する人為的で巨大な門が見えた。
門の脇には兵士が二人、通行人を監視している。魔王はレフィレトスとラクリアに先導して兵士に近づく。魔王達の存在に気がつくと兵士の一人、背丈が小さくまだ成長しきっていない幼い顔が浮かぶ少年が声をかける。
「ようこそ我らがリエール王国へ。私はエンデレ・ミルイと申します。こちらはブラン・マトリスです。あなた方が訪れた理由をお聞きしてもよろしいでしょうか」
「これはこれは丁寧にご苦労なこと。実は俺たちはここからずっと遠い辺境の地からやってきたのだがここに大きな都市があると風の噂で聞いたね。観光目当てで寄ってみたいと思ったのだよ」
普段の魔王としての豪然たる態度とは対照的に主人の柔らかな口調は後ろの2人、レフィレトスとラクリアに違和感を与えた。
「そうでしたか!ここリエール王国は人間界の中でも一番発展していると言ってもいいほど大きく、遠くからいらした方からすると目新しいものがたくさんでとても楽しめると思います!ここはグリューネという都市ですが主要都市エンデラの近くに位置しています。王国の結界を支えたり大地や川に魔素を注ぐ機能を宿した大きな時計塔、食べ物や衣服や日用品まで様々なものが売っている繁華街も他の国以上に栄えていて驚かれるでしょう。中でも魔術師協会が運営するクロニクルファントムという現代魔法を利用したイリュージョンは魅力的で、それからっ……しっ、失礼しました!少し話し過ぎてしまったようです。しかしここリエール王国は本当に皆さんを飽きさせないので是非楽しんで来てください」
余程自国のことが好きなのだろう。盛り上がったからか警備も甘くて門番として失格と言わざるを得ない。
「それはそれは楽しみだよ。本当に」
兵士は門への道を開け通行を許可した。魔王は軽く挨拶して先へ進んだ。いよいよ門と同時に結界の中へ入ろうとする。少しばかりの緊張と大きな好奇を胸に俺たちは結界に触れた。足先から腕、そして体の大部分が結界の中へ入った。全員が完全に結界を跨ぎ切りリエール王国へ入国できた。
「問題無しか」
「そうですね。やはりジュン様の見立ては正しかったようです」
「それにしてもこの景色、あやつが言うだけのことはあるな」
目の前に広がるは人族が多く行き交う、どの国にも勝るであろう大都会。噴水を中心に道が四方に分かれていてどの先の栄えている。
多くは住居であろうが正面に続く道はこの都市の一番の繁華街だ。飲食店や雑貨店、ここからでも様々な店があるのが窺える。また周りの建物で国全体を見通すことはできないがそんな状況下でも目立つ時計塔が確認できた。
これが彼の言っていたものだろう。そしてその方角遥か遠くの丘にある城、他の建物より豪華で一つだけ置かれたものであるそれはおそらくだがこの都市、グリューネと言ったか?それを治める貴族の居城だろう。
「すごいですねー!ジュンさま」
ラクリアは見た目相応の反応を示し見える光景に見惚れていた。吸血鬼として見ればまだまだ子供であろうが、生きた年数はここに住む人族と比べるととても長い。
「ジュン様。まずはどうしましょうか」
「そうだな——」
気になることはたくさんあるが、焦る必要はない。
「どうだラクリア、この国を探索してみたいとは思わないか?」
「してみたいです!」
目を輝かせこっちを見つめて大きな声で言った。
「ではこうしよう。時間をやる、レフィとラクリアはやり方は問はないからこの国のことを可能な限り調べてこい」
「ありがとうございます!」
「ジュン様はどうなさいますか?」
「俺は別に調べたいことがある。心配するな、無茶はしないからお前たちは気にせず遊んでこい」
「御意」
「では行きましょうか、ラクリア」
「少し待て。二人とも手を出せ」
俺はポケットからあるものを取り出し2人に渡した。
「これは——」
「この国の金貨だ。それが無くては十分に遊ぶことができないだろう」
「いつの間に手に入れられたのですか?」
「先刻熱狂的な少年に出会ってな」
「何から何まで私たちのためにご助力いただきありがとうざいます」
「気にするな。あの時計塔が今12時を指しているから18時頃にここで再び会うとしよう」
「「はい!」」
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《リエール王国—はじまりの門》
「エンデレ、どうかしたか?」
一人の少年が服のポケット中を探している。それを見て隣に立っていた背の高い青年が声をかけた。
「実はお金を無くしてしまったんだよ、ちゃんとしまっていたのにどこかに落としちゃったのかな。ブラン知らない?」
「っんなもん知るわけないだろ。どうせまた変なもんに無駄金使っただけだろ」
「そんなはずはないと思うんだけどな……」
*****
《???》
とある屋敷のとある部屋の椅子に座っているは、品格の高さを表す煌びやかな装飾品を装備しながらも全体的に黒い印象を大きく与える服装、そしてその美しく誰もが見惚れてしまう顔には圧倒的な強さと余裕さが感じられ、魔力を制限されてもその威圧感は顕在したままの魔王。周りに10人近い人族がひれ伏し厳粛な状況下で魔王は言葉を放つ。
「さてクインツ、この屋敷の所有者であるお前に聞きたいことがある。お前の主人は誰だ」
「はい。私の主人は始原の魔王様、御身ただ1人です」
「よろしい。人間界を支配するため、お前にはこれからたっぷりと働いてもらうから覚悟しておけ」
「御心のままに」
足を組みワイングラスを片手に俺は窓から見える景色を眺めた。
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