第7話 魔王と配下と作戦会議
《15層—魔王城》
「お帰りなさいませ、ジュン様」
魔王城の入り口で主人の帰還を待っていたのは彼の唯一の眷属、シェリーだった。
「出迎えご苦労。それでクリエスタは戻ってきたか?」
「はい。ですので皆を集めておきました」
「では向かおう。
黒い円卓。
「さてさて、クリエスタが戻ったことで世界征服に関し具体的に計画し進めることができる。まずはクリエスタ、外の世界はどうだったか」
クリエスタは円卓に一枚の大きな紙を広げる。ボロく黄ばんだそれには線で幾つかのブロックに分けられ、それぞれのブロックに文字が書かれていた。どうやらこれがこの世界の地図らしい。しかし、それにしてはかなり大まかに書かれていた。つまり簡単には他の国々について調べることはできないということが窺える。
「始めにこれを見てください。これは私が魔界にて手に入れた第5世界の地図です。世界の国々ついてですが、ご存じの通り大きく分けて魔界・
その瞬間、空気が凍てつく。当然のことだろう。なにせ神話の時代からただ一人しか持ち得ないと思っていた崇高な称号、それを誰の許しを得て名乗っているのか……しかも6人も。己が主人を侮辱されるのに足るその不敬、許されるはずもないだろう。
「魔王ですか……分を弁えない愚か者どもめ」
レフィレトスが怒りを乗せて、しかしながら静かに言を発した。他の配下たちも皆同じ気持ちで、彼の言葉に頷く。
「はいレフィレトス、私も初めて知った時はとても憤りを覚えました。しかし今は話を続けます。この魔王ですが彼らはジュン様を始原の魔王と称し、各々固有の二つ名があるそうです。噂の域ですが他の魔王を指揮する闇の魔王ディアブロは第7天ザインの世界に到達していると言われています」
人々は力の大小を判断する指標として7天世界系を用いることがある。天界にある7つ階層の名を元に世界樹が判断を下す。大国にある魔術師協会は世界樹を読み取り力の大きさを測る魔導具を作らせたことは俺でも知っている。基本的に階級が二つ以上離れていては力で勝つことはまず不可能に近い。しかし弱者の一握りの知恵が強者を討つことも可能だ。となると真に気にしなければならないことは、
「親玉がザインなら我々だけでも十分だね。世界征服を生き込んだものの気が抜けてしまいそうだよ」
赤い瞳を宿したダークエルフのスピルシェ・ダランベール。同じく7天に至る彼はその言葉を聞いて鼻で笑った。
「ラクリアは第4天だからそんなこと言わないで!私は戦うの得意じゃないの!」
「スピルシェ、私も情報系に特化しているだけですので第4天です。7天世界系は力の強さを測るだけなのでそれだけで判断するのは愚かです。もしかしたら予想以上に手間がかかってしまいますかもしれませんね」
「すまない、クリエスタ、ラクリア。馬鹿にする気はなかったんだ。ただ守護者の半数以上が7天に到っていて、ジュン様は7天を超える第2京ディストピア故、つい驚いてしまっただけだよ」
7天世界系には続きがある。第1京エクリプス、第2京ディストピア、第3京カタストロフィを含めて10のランクに分けられている。殆どのものが7天に収まるため3京の存在は珍しいものであり、存在もあまり知られてはいないだろう。
唇に触れるまで長い前髪を掻き分け涼しそうな顔をしたスピルシェは手で合図して話を進めるように促した。またもや話の腰を折られ、何も無かったような顔をされては少々気に触ったのかクリエスタは顔をしかめる。突っかかってはいけないとなんとか整理し、ゴホンッと咳払いをして話は再開する。
「このように魔王の噂は集めたのですが彼らの居場所は掴めませんでした。エルラシアの民ですらその姿を見ることは滅多にないとのことでしたのでかなり慎重な者達かと……そしてエルラシア以外の都市ですが、それらは魔界の2割程度しかないのでエルラシアを制圧出来れば問題はないかと思われます」
やっと一段落着いたことで彼女は大きくため息をついた。一刻の沈黙の後、話が一新して高い声調でまた話し始める。
「次に天界です。天界はこの地図の右上に位置しますが空間の層が若干異なり、ここと同じように
「神は滅多に人と関わりはしない、たとえ天使だろうとな」
異空間を作り安定させるのはかなりの魔力と処理能力を用する。空間場を創ったものが誰かはわからないが今も生きているのならば要注意であるだろう。
「次に
鉱石は重要だな。複雑な魔術式への干渉や人の魔力波長では決して使うことができず特定の鉱石が放つ魔力で使える魔法があったり、単に金としての価値もある。
「最後に人間界ですが、調べることは不可能でした」
「理由を聞かせてもらおう。お前程のものがそのようなことを言うとは俄には信じられないがな」
「はい。実は人間界に入るためには濃霧地帯超える必要がありました。そこは霧によって座標を掴むのが難しくまた迷宮に似ていて、侵入させないように人間界へのルートが一定時間で変わっているように思えました。私は霧を乗り越え人間界の直前までやって参りました。ですが、人間界は魔を拒む強力な結界で覆われていました」
「結界が如何ほどのものかは実際に見てみないとわからないが、魔を拒むか。下手に干渉しては敵にこちらの情報がバレてしまう、貴様の判断は正しかったと言えるだろう」
「有り難き御言葉」
「しかしこれで人族にますます興味を抱いてしまったな。脆弱で取るに足らない存在・人間、神話の大戦を生き抜き今なお魔族と渡り合うその姿勢には何か俺にすら匹敵するような策があるやもしれないか」
「お戯を」
シェリーがそう言い他の守護者も主人を卑下する冗談に苦笑した。俺としては冗談のつもりではないのだが俺を慕う配下たちはその力を絶対のものとして信じて止まなかったのだ。
俺は両腕を組み天井を見上げて考える。さてどうしたものか、これまでの話から考えるに人間界が一番閉鎖的な環境下にあり、それは人族の性格を表してるものだろう。他の領土を攻め大きくなり過ぎてからは警戒され上手く計画を進められない可能性が出てくるだろう。ならば先に楔を打つ必要があるか。しかし誰に任せられるか……
魔王軍に人間はいないから魔を拒む結界についての対処を考えた方が賢明か。これを解釈するに魔族特有の魔力波長を感知し移動阻害をするものであろう。魔族と人族の本質的な違いはそこに生じ、逆にそれを多少弄れば侵入を阻まれることはない。そんな高等魔術ができるものは……
「俺自ら直々に人間界へ出向こう」
その発言が生む空気感を予想できなかったわけではない。空間に緊張が走り皆何か言いたそうな顔をしているが俺の発言に異を唱えることができず声を出せない状況がほんの数秒続いた。
「お、お待ちください……」
声を震わせながらシェリーが俺にそう話しかけた。
「何故ジュン様が人間界へ行くのか教えていただけないでしょうか」
「簡単な話だ、俺が適任だからだ。
「……そうですか」
何か言いたそうにしているが俺は他人の心を読み取る魔法を持っていない。俺の力を信用してはいるがそれでも主人が単身敵地に赴くのが気掛かりなのだろう。
「安心しろ。俺としても一人で行くのは少々気が進まない。レフィ、ラクリア、俺と共に人間界へ来い」
「「はい!」」
嬉しそうに答える2人と自分たちが選ばれなかったことに不満を抱く4人が俺の目の前にいた。
「そういうことだ、シェリー。これで問題は無かろう」
「魔王様の決定に不服は御座いません。存分に御力を示して来てくださいませ」
「これより人間界へ向かう準備をする。シェリーを魔王代理として守護者はその命に従うように」
「「はい!」」
これから向かう人間の世界、何が起こるか予想も付かないが楽しみだ。
そんな期待に心躍らせ自室へ戻る魔王であった。
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