第4話 思わぬ好敵手
「新技、
ヴェルエーヌが創り出した光は二本の翡翠色の短槍となり、それから発せられるプラズマは俺を威嚇しているように思える。
短槍を構えるのを見て俺も右手で
これは俺が持ち得る中で最強の反魔法だ。術式に直接干渉しそこに在る空間を全て消す、空間魔法の真骨頂とも言える魔法だ。しかもこれは使い方によっては術式以外にも作用し攻撃魔法ともなり得る。
翡翠色の槍と漆黒の手が牽制し合う中、闘いは始まる。
互いに走り出しヴェルエーヌの右手の
だが衝突しようとする瞬間、俺は違和感を覚えた。そして本能がそれを否定した。咄嗟に手を引き
「速いっ!」
ヴェルエーヌは俺の目でも捉えきれないほどの速さで躱し、周りの木々を使い幻惑してくる。
「くっ!」
「さっきも言ったわよね、魔王はスピードが足りないんだよ」
正確な位置は認識できても目が追いつかない。クレヴァスとも話したが槍使いは魔法使いの天敵だ。そんな魔法使いである俺自身も剣や弓での戦闘ができるがまさかヴェルエーヌが槍を心得てきたとは思わなかった。
「行くわよ!」
左手に持った槍を胸の前で構え、真正面から突っ込んできた。反応に遅れた俺は防御に徹しようと決めた。
「
特定の空間の密度を数段高くし、透明で強固な障壁を創るこの魔法を使って、ヴェルエーヌの槍を受け止めようとする。右手に持つ槍と障壁が激突し、2人の間で拮抗した。強度は互角、
周囲の木々を震わせるほどの押し合いを先に崩したのはヴェルエーヌだった。彼女はもう一方の、左手に持つ槍を俺の障壁に刺すと障壁は硝子のように割れ落ちた。勢いを余らせた槍はさらに伸び、俺の心臓にまで届こうとした。
咄嗟に右手の親指、人差し指、中指の三本指だけを開き、ヴェルエーヌの体に向けた。
「無式魔法ー
術式を要しないこの魔法は威力こそ皆無だが、瞬時に距離を取るには適している。俺が持っている魔法の中で最も瞬発的な空間爆発を伴う。爆発対象が空間としている故人へのダメージがほとんど期待できないのだ。
ヴェルエーヌの体は簡単に数十メートル先まで跳ね飛ばされた。魔法使いとしての彼女よりも槍使いとしての彼女が圧倒的に脅威。ならば距離を詰めさせるわけにはいかない。
体制を整わせる暇を与えず、更に
しかしこれでやられるとはもちろん思わなかった。
30秒ほどだろうか、黒い炎の中に人影が映るまではそれくらいの時間がかかった。人影が段々大きくなってくるとヴェルエーヌの姿がはっきり見てるようになった。
服は焼き焦がされたり破れたりしてたりとボロボロだった。しかし肝心のヴェルエーヌ自身に大きな傷は見られなかった。
少しはダメージを受けている思ったが何故だ?だが疑問を処理する暇も与えず彼女は再び正面から攻めてきた。
「懲りない奴だな」
接近戦が得意な槍使いに対してこれ以上馬鹿正直に付き合う必要はない。距離を取ろうと後ろへ下がり魔法を構築する。
だが、ヴェルエーヌは左に持った槍を思い切り投げ、魔王の創る術式を破壊した。
「何っ!?」
予想外の行動に驚き、隙ができてしまった。それを見逃さず、加速し右手に持った槍で俺の胴体を斬ったのだった。
……しかし手応えを感じずその場に立ち止まるヴェルエーヌ。
「どこにいるの」
斬ったはずの魔王に目を向けると、そこに彼はいなかった。森を駆け巡り気配を探る。巡り巡り魔王を探すことに夢中になっているとあたりの景色にまでは意識を向けられなかった。
そこは森ではなかった。地が緑の草から赤い岩石へ変わり溶岩さえ流れている。遠くには大きな爆発音と辺りを火
いつの間にか変わったのか……そんなことを考える余裕は今のヴェルエーヌにはない。常時発動する火の魔法攻撃で彼女の精神は一刻一刻と削られていくのだから。このままでは不味いと理解し、必死に考える。頭を回転させ状況を把握していると頭には一つの情報が現れた。
「——空間改変ね。姿を現しなさいよ!」
……やはりヴェルエーヌはこれを破れないか。これは空間改変ではなく、幻術の類だ。その中でもより上位の魔法を使用した。
さらに俺はそこに炎を纏った竜を顕現させた。竜というには小柄な部類だが魔力を凝縮したそれに大きさなどは関係なかった。竜はヴェルエーヌの背後から油断したところを襲いかかり下顎に生やした鋭利な牙が肩を食い千切る。
肩の一部が削り取られそこから血が流れる。ぽたぽたと垂れ流れる血は地面に着くとブアッと蒸発した。
気がついた時には肩から溢れる血さえも火焔魔法で蒸発させ、その痛みに肩を抑え膝をつくが休む暇なくまた襲いかかる。
「蜥蜴風情がぁぁぁっ!」
右槍に魔力を集中させ口元から尻尾までの一直線を翡翠色の魔力で貫く。竜は跡形もなくなりヴェルエーヌはまた現状を推察しようとした。こうしている間も空間は彼女を蝕んでいるが目を閉じ解析することに専念した。
「よしっ!」
左槍を地に刺し、翡翠色の光を増大させ辺り一帯を包ませる。すると空間が割れ、景色が変わる。確かに空間改変ならば術者が展開する一枚の空間の層を破壊すれば元の世界に戻る。それがどれだけ難しいのかはそれぞれの空間によるが並大抵のものができるわけではない。
そして景色が完全に変わり、元の森に戻る……ことは無かった。先程と同じ灼熱空間が、赤い炎ではなく数倍魔力を有する黒い炎で包まれて広がっていた。常に
空間改変と思い込んでいる限りこれは絶対に破れない。空間層を一枚壊そうがこの層はすぐに復元し無限に表れる。
「なんでよ……」
目の前の光景に絶望する。黒焔の魔竜4匹が四方を挟んでその眼で捉えていた。明らかに分が悪いと判断し、ヴェルエーヌは俺が使った
逃げて逃げて空間の端を探そうとしているのだろうが探せどそれは見付からない。
「何よ何よ、この空間どうなってるのよ。こんな広範囲に空間を展開するなんて魔王だってできるわけな……わかったわ!」
理解したところで意味はない。こいつに幻術を解く術はない。追い付いてきた竜がまたもや襲いかかろうとする。
「消えなさい!」
槍から発せられるその光は、理屈は分からないが俺の魔法にも干渉して打ち消した。景色はシドの森に戻り、俺とヴェルエーヌが目を合わせ対峙する。
「やっと見つけたわよ」
「不思議なものだな、どうやって幻術を解いた?」
「教えてあげるわけないでしょ。それにこれが幻術とは言わせないわ、この傷は現実よ」
自身の肩を指差し傷を見せる。そうだ、これは幻術であって幻ではない。現実とはそう遠くはない感覚を与える魔法だ。
「だけどもうあんたに勝ち目はないわよ、覚悟しなさい!」
「それはどうかな!
先刻の10倍の、1000を超える魔法結晶を創り、発射する。やはりヴェルエーヌは速い。上手く森を利用して全て回避され、魔法結晶は森の中に消えてゆく。
「ならば動けなくしてから仕留めれば良い。空間魔法・
術者を中心とした一定領域内の重力を何十倍にする。森の中に隠れようが、そのすべてを効果範囲にすれば問題はない。
目で捉えられないなら空間で視れば良い。そう思い空間を読み取ろうとした次の瞬間——
後方から光の速さでヴェルエーヌが、左手に持った
「そうか!それは反魔法の——」
俺が油断したスキをついて攻めてくる。
「やった!」
今回は手応えを感じヴェルエーヌは声に出して喜び、ゆっくり魔王の方を見ようとした……
……が彼女は戸惑い動くことすらできなかった。それは魔王が突進してきたからでも、解放したその魔力の大きさにでもない。たった今切り落とした腕が、何も無かったように戻っていたからだった。
魔王はさっきまでとは比べものにならないほどの速さで突っ込み、右手で、それに収まるくらいの大きさの、最高暗度を宿した暗黒の球を創りヴェルエーヌにぶつける。
触れた瞬間、既にヴェルエーヌの意識を奪っていたがその魔法により大きな放物線軌道を描きながら飛ばされた。彼女の体が地面に着いた音を聞き俺は黒く纏った魔力を解いた。
「一瞬とはいえ、本気を出してしまったな」
数百メートル先まで歩き、彼女が倒れているのを確認する。完全に意識を失っているが死んではいない。
「アレを喰らって生きているとは中々大したものだ。あと数百年したら俺と並ぶくらいの実力の持ち主になるやもしれんな。これなら……」
未来のことを考えるだけで笑みがこぼれてしまう。
「解除」
そう言うとヴェルエーヌの傷が治り、意識を取り戻した。彼女はすぐさま体を起こしてその場に座り、またもや俺を睨みつける。
「もう!死ぬかと思ったじゃん!」
ヴェルエーヌは頬を膨らませ不満たっぷりにプイッと顔を背け怒った気持ちを表した。そんな彼女とは反対に俺は笑っていた。
「はっはっはっは。俺の本気の一撃を喰らって生きているんだ、光栄に思えよ」
ようやく落ち着いた二人の強者の
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