第3話 ヴェルエーヌ
——世界の全てをこの手に収める——
長い沈黙の後、再び口を開いた。
「俺がこの世界の管理者になって1000年が経つ。多くの人間が文明を創り後世へ継ぐ。世界が変わるのに十分なくらいの時間だ」
一人だった俺も今やたくさんの配下を持つようになった。
「管理者として世界の変遷をこの目にして俺は知った。人間界・
重く低い調子で人の愚かさ、嘆かわしさ、哀れさを語り目を閉じた。再び目を開け、ここに集う配下全てに届くように響き渡る声で言う。
「間違え続けた輪廻に世界も飽き飽きしているだろう。では問おう、この状況下で世界は何を求めるか?それは世界の全てを包み込み支配する絶対なる王だ。誰にも屈することなく、比類することなく、己が声ひとつで人類の常識を180度変えさせる絶対なる力だ。ならばこそ我が力を全種族、生きとし生ける物へたとえその一端としても慈悲に変えて与えよう」
悪魔らしい笑顔を造り、続けて言う。
「だが俺は魔王だ。貴様らの意志に関係なく、誰にも縛られることなく、俺はこの世界を好きなように変えさせてもらう」
俺は玉座から立ち、右手を目の前で握りしめ言う。
「この魔王に魅了された愛しき配下よ、貴様らに命ずる。我が
そう言い終わると再び歓声で覆われた。あらゆる種族の配下たちが高い士気と希望を瞳に宿し、中には腕を振り上げ飛び跳ねながら喜びを表現するものもいた。孤高で至高で最高の主人が世界征服を宣言したことに、配下皆、心の底から嬉しいのだろう。
それから数十秒もの間、興奮が冷めることはなく広間のボルテージは上がり続けていた。俺は皆に心せよと言い残して
紫色の火を込めた水晶は魔王の寝室にふさわしい禍々しい家具を薄暗く照らす。俺はベッドへ向かい、そのまま重力に任せてベッドに倒れる。そして仰向けになり目を閉じて考える。
「世界征服と言ったものの、ひとえに簡単なことではないか」
問題なのはすべての国を取り込み、俺を王とした超大国を作ることだ。この世界は争いが絶えず、中でも人族と魔族は1000年以上も前から対立している。種族間の対立を解き、今ある種族意識を根底から覆さねばなるまい。
それを考えるだけで頭が痛くなる。今ならば、他の《Ⅸの支配》の奴らの悩みが少し理解できる。だがより問題なのは——
「それ以前にこの世界のことを知らない」
1000年前から少しだけ世界を旅し配下を探したりしたことがあった。大戦直後の荒れた世界、数多の種族の交流が盛んであった
「そこで13層の守護者・レフィレトスに出会ったのだな」
初めは力も意志もなく気に食わないガキ程度にしか思っていなかったが早数百年であれ程までの実力を手にしたんだ、何が起こるのかわからないな。それからも今とはかなりの差異があるだろうが世界を旅できて良い経験を得られた。
シェリーも連れていければ良かったのだがな。
だが大戦直後だったからか、大きな国は崩壊し国という国は無かったな。
「——いや俺が滅ぼしたのだったな」
今はどんな国があるのだあろうか。
あれこれ考えを巡らせていると、外からこの部屋まで近づいてくる足音が聞こえた。その音は次第に大きくなり俺のいる部屋の扉の前まで来ると鳴り止んだ。扉を叩き、応える。
「失礼します」
そう言ってシェリーが入って来た。彼女は14層の守護者であると同時に俺の側近だ。故にここ
「お疲れ様でした、ジュン様」
「何用だ?」
「用がなくてはあなた様に会いに来てはいけませんか?」
シェリーは人差し指を頬に当て、首を傾けてながら僅かに微笑み、優しい口調でそう言った。
「しかしながら今回は用があって参りました。実はヴェルエーヌ様がお会い願いたいとシドの森で待っています」
「ヴェルエーヌか、どうせまた俺と遊びたいのだろう。俺としても少々気晴らしをしたいと思っていたところだから丁度良い」
ヴェルエーヌ、2000年以上生きる高位の悪魔だ。彼女とは数百年前、シドの森で出会ったが第一印象は最悪だった。なにせ目が合うなり突然襲ってきたからな。返り討ちにしてやったが、その実力は俺の配下の中で最も強い13層の守護者・レフィレトスと同等かそれ以上だ。
「私ではヴェルエーヌ様には及びませんか?」
「何故それを知りたいのか理解できないがその問いに答えるのならば、今のシェリーではおそらく無理だろう」
「そうですか……」
「あくまで今のお前ではという意味だ。お前は俺が創った眷属だ、能力面で言えば負けることはない。しかしな、戦闘というものはそれ以上に経験が重要だ。その点に関しては数千年生きる奴の方が勝るからな」
そう言うと少し落ち込んだ様子で目線を下げる。よくわからないがシェリーも闘いたいのだろうか?仕方ない、今度遊んでやるとしよう。
「シェリー、11層にいるクリエスタに伝えてくれ。この世界に在る国々と国家間の関係について大まかにでいいから調べてくれ、と」
「かしこまりました」
「では行ってくる。
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「魔王ー!魔王ー!」
シドの森に来ると少女のものであるが、それに似合わず森全体に響き渡るくらい大きな声が耳に入って来た。その声が発せられる方へ向かったら、俺に背を向けてずっと叫んでいる悪魔がいた。碧色の髪を二つ結びにしこちらに見せている。
「魔王ー!魔王ー!」
「こっちだ、間抜け」
どうやらヴェルエーヌは俺の創った異次元空間の正確な位置が把握できないようだ。彼女なら
「魔王、久しぶり!」
「お前は変わらないな」
満面の笑みで俺に顔を合わすその姿は肉体年齢相応の可愛らしい少女そのものだ。こいつに悩みはあるのだろうか。初めて会った時からこんな感じだ、少し羨ましいとさえ思えてくる。
「どういう意味よ!そんなことより、勝負よ魔王!今日こそはあんたを倒すんだから」
「いいだろう。しかし今の俺は手加減できないぜ」
「望むところよ。それはそうと魔王世界征服するの?」
「ああ、そのつもりだ」
「シェリーが自慢してきたよ。ヴェルだって王様になりたいのに、このままだと魔王に取られちゃうよー」
ぴょんぴょんと小柄な体を跳ねさせて焦ってる様子を表現した。
「随分威厳を感じない王様だな」
「もー!そうやってヴェルのことからかうと怒るんだからね。とっとと始めちゃおうよ!」
両手を大きく激しく動かして怒った感情を表したがやはり見た身も中身もまるで子供のように見える。
俺とヴェルエーヌは距離を取り戦闘の準備に取り掛かる。森の木々により互いの姿は完全に見えなくなった。踏み入れたら戻ることが困難なこのシドの森、気配すら読むことができない中、互いは互いの位置を知る術は果たしてあるのだろうか?
半径数キロにわたる空間を読み取りヴェルエーヌの位置を確認する。南東に2km先といったとろだ。準備が整ったので俺は光
ゴゴゴゴッと地鳴りが響き、火
俺は左手で空間魔法——
左手が黒く染まり、迫り来る魔力に触れる。その瞬間これまで何も無かったかのように、魔力の一切が消える。一瞬で、だ。更に数発その魔力球が発せられたが、悉くを打ち消す。
意味がないと判断したのか、連続する魔力球の急襲が止むと、ヴェルエーヌは
先のあれはおそらく俺の正確な位置を確認するためのものだろう。そして俺の後頭部に
その手刀はたったの指一本で受け止められていた……しかも後ろを振り向くことなく、またさっきまでの状態から一歩も動かずに。
「ヴェルの一撃をこうも簡単に止められるとちょっと傷つくよ……」
「言ったはずだ、今日の俺は手加減をできないと。それに遊びはこれからだ、もっと楽しもうじゃないか」
俺は不敵な笑みを浮かべ、ヴェルエーヌの腕を掴み前へ向かって投げ飛ばした。同時に
「くっ、あれはヤバいわね。でも甘いわね!」
得意げな顔をし、魔法を構築する。おそらく
「嘘っ!、なんで転移できないわけ!?」
「甘いのは貴様だ、この俺の前で空間魔法を使うとはいい度胸だ。ここら一帯の空間を少し弄らせてもらった」
転移できず、
しかし、見た目に反しダメージは少ないようだ。自分の使える魔法であるからある程度耐性があるからか。平気な様子で立ち上がるヴェルエーヌ。
「今度は俺の番だ」
手刀を振り
射程上限距離の無い刀の一太刀をヴェルエーヌは咄嗟に避けたが、俺はそこに二刀目をきりつける。三刀、四刀と放ち、しかしながら避けられる。
「魔王はスピードが足りないのよ。これくらいだったら何本でも避けられるわよ!」
余裕な顔をして煽る彼女の言葉を俺はふんっと鼻で笑い飛ばして言う。
「ヴェルエーヌ、貴様は空間魔法についての理解が根本的に間違っている。空間魔法とはその
「ヴェル、そんな難しいことわからないもん。それにその魔法じゃヴェルを倒すことはできないよ!」
「倒す?俺は空間を斬っているだけだ。
「え?それってどういう……?」
俺に完全に意識を向けていると、ヴェルエーヌが先刻作った空間の裂け目に触れる。
それは彼女を離さず身体を引きちぎられるような激痛を与え、声を漏らし苦しんでいる。
「掛かったか」
「くあああっ!、何なのよこれ」
「次元の狭間に触れたのだ、周りはよく見ておくことだな」
「くああああああっ!」
「
そう言うと、背後に100を超える薄紫色をした魔力の結晶が浮かび上がる。そして
防御魔法をすり抜け、直接対象の持つ空間に作用するこの魔法は彼女を更に苦しめる。
「こ、このままじゃ……」
拳に力を入れ唱える。
「無式魔法ー炎帝!」
術式を構築することを要しないその魔法は彼女を中心とした一定領域内のあらゆるものを爆発を伴い、火
炎帝がキャンセルされたら俺は服についた土や埃を払いながらゆっくり近づき、地に両手、両膝をついているヴェルエーヌを見下ろす。
「貴様に似合う魔法じゃないか」
「どういう意味よ!」
すぐさま立ち、俺を睨みつける。どうやらそちらもそれほどダメージを負っていないようだ。
「相変わらずタフだな」
「そんなわけないわよ、さっきだってすっごく痛かったんだからね!」
少しして俺の顔を見つめる。時間にして一瞬だが長く感じたその後、ヴェルエーヌの眼が変わった。
彼女の両手が翡翠色に光る。
「ほう、珍しい魔力の波長だな」
「ヴェルの新技だよ。魔王に見せたかったの」
それにより光と影が際立ったその顔は以前の彼女に似つかず、大戦の中でさえ戦闘を好む悪魔のように思えた。
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