第24話
先生が教室へと入ってくる。今日のクラスの雰囲気はいつもと違っており緊張が走っている。今日は金曜日。テスト当日だ。
「それではテストを始める」
先生は問題用紙と回答用紙を配り始める。
今日の時間割は午前中に数学、国語、理科、社会で午後が英語になっている。
「みんなテストで緊張していると思うが、そこまで気負わなくてもいいぞ」
クラスの様子に思わず言葉をかける。簡単なテストといわれたが遠足の自由時間がかかっているためみんなのやる気もいつもよりも高い。
「そのやる気は常に出してほしいな」
苦笑いがこぼれる。
「ふー、緊張するな」
「ああそうだな」
「頑張りましょうね」
席が近い、富士川と皇さんとお互いに応援しあう。富士川は顔がこわばっているが、皇さんは慣れているのかいつもと変わらない様子で、俺たちを応援するように体の前でガッツポーズをする。
(まあ、なんとかなるだろう)
俺も楽観的に考える。
「では時間だな。はじめ」
先生の合図とともにみんながペンを走らせていく。
「それまで」
ペンを置く音が響く。
午前中の最後のテストの社会が終わり、一気に疲労感が増す。集中力が切れたようだ。
「どうだった?」
「赤点はまずないな」
「おー、ならあとは英語だな」
「ああ、だが英語は百合や皇さんたちのおかげでもう完璧だ」
「すごい自信だな」
「それじゃあ、昼ごはん食べに行くか」
「ちょっと待ってください」
弁当を持ち席を立とうとすると、皇さんから待ったがかかる。
「よろしければ遠足の班のメンバーで食べませんか」
思いもよらない提案だ。
「いいよ」
「かまわないよ」
俺と富士川は拒否する理由もないため、今日は久しぶりに教室で食べることにする。
「いただきます」
それぞれが弁当箱を広げ食べ始める。俺たちは机を近づけ八人グループになる形で座っている。しかもそのメンツは絶対に何もなかったら絡むことがない人たちばかりだ。
俺が箸を進めていると一つの弁当箱が目に入る。
弁当箱はよく教科書で見るような伝統工芸品のように見え中に入っている具材も見るからに高そうだ。職人が作ったと誰もが見てわかる弁当だろう。
(さすが皇財閥)
俺はあまりにも豪華な弁当に目を奪われる。
「なあ、南条」
意識がほかの方に向いていると、早稲栗から声をかけられる。
思わぬ人物から声をかけられ口に入れていたご飯が詰まりそうになる。
「ごほっ。なんだ?」
「昨日はいったい皇会長と何を話してたんだ?」
「なんで気になるんだ?」
「ただの興味だ」
「べつに。ただ単に俺の父親が皇さんの父親と知り合いだったっていうだけだよ」
「え……」
一瞬空気が固まる。
あれ?なにか変なこと言った?
隣に座る富士川も聞いてなかったとばかりにこちらを見てくる。
「そんなに驚くことか?」
「いやいや、それってどんな確立だよ!」
黒木が見事にツッコミをいれる。今まで話したこともない黒木だが、彼はクラスでバカやるムードメーカー的な存在でクラスでは憎めない奴として人気者だ。
「それって本当なのか?」
信じられないとばかりに早稲栗は皇さんに確認を取る。
「ええ、本当ですよ」
「まじか…」
皇さんも認めたことにより、信憑性が一気に高まる。
「だからそのことについて話してたんだよ」
周りを見る限り、この異様な昼食形態は早稲栗発案に思えた。俺がどんな話をしていたか知るために。
「なるほどな…」
早稲栗は知りたかったことを知れ納得する。
「そういえば、皇さんが言ってたパーティーっていつ開催するの?」
黒木がストレートに聞く。
さすが、いい意味でバカな彼だ。他の人だったら何も聞かなかっただろう。
「12月20日に開催する予定です」
すでに前々から決まっていたのか流れるように答える。
「12月20日っていうと…一か月後あたりか」
今日は11月24日だ。
(なるほど、ちょうど冬休みの初日にあるのか)
俺も頭の中で記憶しておく。
「まあでも、そんなので調べるまでもなく、皇さんが探してるっていう男は光世だろうけどな」
黒木は疑うことを知らない。
「まあね。だけど一応調べた方が確証が持てるんだろう」
黒木に言われ調子に乗ってように口から出まかせばかりを並べる。
「そういえば、富士川はもう皇さんとはあまりその話題では話さなくなったね」
「おれ?」
「初めは自分がその男だとでもいうように言っていたが…」
「あー…、まあ。そんなに言わなくてもいいかなって思って。それよりも遠足とかを楽しみたいし」
「ふうん」
意味深に早稲栗は富士川を見る。
男子がオレオレ詐欺(笑)で盛り上がっている間、女子はというと、百合の友達の二人はまるで物語のようだとキャーキャーとお花畑になっており、皇さんと百合はその話が本当なのか審判のように慎重に見ていた。
「まあ、もしかしたらあなたたち二人とも違ってほかの学年か別の学校とかにいる可能性もあるけどね」
百合が冷静に判断する。
「何言ってんだよ」
「まあ、あくまで可能性だから。それよりも北海道に行けるなんて楽しみね。みんなはテスト大丈夫そう?」
これで話は終わりとばかりに話題を変える。
テストという言葉を聞き数人が目をそらす。
そらしたのは言うまでもない。俺だ。
「あれ?」
富士川が不思議そうにこちらを見る。
「さっきは今のところ赤点はないって。それに英語も完璧だって言ってなかったか?」
富士川は意味が分からないとばかりに尋ねる。
「ちょっ、一回静かに」
「それはどういうことなのかしら」
そらしていた眼を前にもどすとそこにはにっこりと笑った百合がいた。
(なんだか最近あの笑顔よくみるな)
などど考え始めていた。
「現実逃避はいいから答えてくれる?」
「いや、一応百合や優さんのおかげで文法、スピーキングは大丈夫だぞ。それにリーディングも英文暗記したからいけるが…。問題がリスニングがあることなんだよ」
言いにくく言い訳っぽくなるが伝える。
「へ~、もしかしてリスニングがまずいのかしら」
「はい、その通りです…」
「でも今回のテストにリスニングはないぞ」
思い出したように黒木が言う。
「そうなのか?」
「ああ、今回はリスニングの代わりということでスピーキングがあるんだ」
補足をするように早稲栗が付け足す。
「あれ?」
俺は百合の方を見る。彼女は笑いをこらえるように肩を揺らしていた。
「プフっ。まさか薫がそんな勘違いしているとはね」
我慢ができなくなったのか百合が笑いだす。
「あるって言ってたじゃねーか!」
よく思い出してほしい。木曜日の朝、俺があの鬼問題集をやり切って学校に行くと、百合の口からは英語はリスニングもスピーキングもあるって言っていたはずだ。
「確かに言ったわよ。ごめんなさい。間違えて覚えてたみたい」
悪びれもせずに謝る。
「…ちなみにいつ無いって知ったんだ?」
「ええっと、昨日の一時間目の少し前かしら」
「なら訂正しろよ」
「べつにしなくても問題はなかったでしょ?」
なんということを言うんだ彼女は。
「鬼め…」
「何か言ったかしら」
俺は彼女と軽口を言い合っていると周りからあきれられる。
「おいおい、お前ら夫婦かよ」
黒木がツッコム。
「夫婦なわけないだろ」
「それにしては息ぴったりだったぜ」
早稲栗も賛同する。
「何言ってんだよ、なあ」
「ええそうね」
などというやり取りをしているとあっという間に昼休憩は終わりを告げた。
「そこまで」
先生の合図とともにペンを置く。
「みんなよくやった。テストはこれで終わりだ。今日は疲れただろう。明日は学校も休みなのでしっかりと休むといい。体調管理はきちんとするように」
珍しく先生が俺たちをほめるとクラスから出ていく。
「いやー、大変だったな」
「富士川のスピーキングは面白かったがな」
「うるさい」
テストの時を思い出しまた笑う。
「でもまさかあのテストで緊張で声が裏返るとは思わなかった」
「だから、もう思い出させるな」
「ははは」
じーっと恨めし気に俺を見る。
「それに俺からしたら南条の方がおかしかったぞ。なんであんなに喋れたんだよ」
「それは優さんの教え方がうまかっただけだよ」
別に謙遜しているわけではなく、本当にうまかった。
「でもこれで赤点は大丈夫そうだな」
「ああ」
俺たちはテストの手応え的に赤点は免れたと確信する。
「これも皇さんが勉強会を開いてくれたおかげだよ。ありがとう」
「ありがとう。助かった」
俺と富士川は隣に座っている皇さんにお礼を言う。
「お礼なんてそんな。二人とも頑張っていたからですよ。大丈夫そうでよかったです」
まるで自分事のように喜んでくれる。
「優さんにもお礼を言っておいてくれないか。優さんのおかげでスピーキングができるようになりましたって」
「はい、もちろんです。お父様も喜ばれると思います」
俺たちは彼女に別れを告げ帰路につく。その足取りは軽くなっていた。
(これでめいいっぱい北海道を楽しめるぞ)
<月曜日>
「それでは先週行ったテストを返す」
頼む。俺は即座に祈りの姿勢を取る。
「大丈夫なんじゃないのか?」
「確かに自分的には大丈夫だと思うが実際は何が起こるかわからないから不安なんだよ」
「つぎ、南条」
(きた!)
ついに俺の名前が呼ばれ、教卓に向かう。
「南条」
「は、はい」
先生の前に行くとじろりと俺の顔を見てくる。
(ま…まさかダメだったのか)
先生の様子に冷や汗が流れる。
「今回はよく頑張ったな。次からも継続していくように」
先生から答案用紙を受け取る。
そこにはででかと俺の点数が書いてある。
数学 95点
国語 90点
理科 97点
社会 83点
英語 リーディング 70点
スピーキング 40点
「いや、普通にいい点数だろ」
自分で言うのもあれだが過去最高かもしれない。
(まったく先生、驚かしやがって)
心の中で紛らわしい先生に悪態をつく。
(問題の英語も大丈夫そうだな)
俺はもう一度それぞれの教科を確認する。
すると、一つの項目が目に入り、先ほどとは打って変わる。
「あ、終わった」
点数を見た瞬間、俺は絶望する。ひとつだけ赤点を取ってしまったからだ。俺の通う高校は少しレベルが高いため赤点のラインは四割以下となっている。つまりスピーキングがギリギリ足りていないのである。
(ごめんなさい、優さん。あんなに教えてくれたのにダメでした)
俺は絶望しながら自分の席へと重い足を動かす。
「おいおい、そんなにダメだったのか?」
あまりに急激な俺の変化に心配そうに富士川が声をかける。
「ああ…」
俺は自分の答案を富士川に見せる。
「どれどれ…って、どれも高いじゃねーか」
「違う。問題は英語だよ」
「英語?…おおっ、俺よりもリーディングもスピーキングも高いな」
「…ということは富士川もスピーキングで赤点を取ったのか」
俺は同志を見つけたことに少し安心する。
「いや別にあかてんじゃないぞ」
「なんでだよ」
「おいおい、先生の話聞いてなかったのか?スピーキングは50点満点だ」
「50点満点?ってことは…」
「南条は赤点を取ってないってことだな」
「なんだよ」
心臓に悪い。本当に赤点を取ったかと思い意気消沈していた俺に神の救いの手がかかる。
「ちゃんと先生の話ぐらい聞いとけよ」
「たしかにそのとおりだ。以降気を付ける」
富士川に言われ素直に受け止める。
なにせちゃんと何点満点かぐらい聞いておけばこんなに焦る必要もなかったわけだ。
「でもこれで俺も富士川も北海道を楽しめるな」
「ほんとうにな」
これほどうれしいことはないだろう。
「よし、配り終えたな」
俺たちが喜びを分かち合っていると先生が全員分の答案用紙を配り終える。
「それでは今回のテストについて伝えておくべきことがある…」
神妙な面持ちになる。
(いったいなんだよ)
俺は
テストという言葉を受け、気が気ではなかった。
「今回のテストだが…なんと赤点の人は一人もいなかった。みんなよく頑張ったな」
「紛らわしいですよ、先生」
「そうだそうだ」
至る所でブーイングが起こる。
この先生は本当かウソなのかの判断が難しい。
(だがこれで本当に俺の赤点という可能性はなくなったな)
先生の口から該当者がいないと聞いたことで俺は安心する。
「すまんすまん。だがよく勉強してきたな。あとは遠足に向けてしっかりと準備をしていくように」
先生のことばを皮切りに各々が話し始める。
もちろんその話題は北海道についてだ。
遠足は今週の金曜日に行くため四日後まで迫っている。
俺たちのグループも遠足に向けて詳しい話し合いが始まるのだった。
***
ここまでお読みいただきありがとうございます。
この作品は最後まで書こうと思っていますが、ここからの続きはまた一か月ほど先になる予定です。
困っていた女の子を助けたときに「名乗るほどのものではありませんよ」といって立ち去ったら一躍有名人になってたことを知った俺はやっぱり名乗っておけばよかったと後悔してます 青甘(あおあま) @seiama
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