第22話

 木曜日の朝に皇さんに誘われたクラスメート達は塾や習い事がある人たち以外みんな参加することになった。俺たちは一度家に帰り準備出来次第向かうことになった。

 皇さんの家は近くに行けばわかるということでおおよその位置を教えてもらい、一人歩いて向かう。

(大体この辺りのはずだ)

目的の場所の近くになりあたりを見渡す。

すると、一つの大きな建物が目に入る。それは、その場所には少し不釣り合いなほど大きかった。小さな城と言えるほどだ。

(まさかこれなのか?)

半信半疑になりながらも他に目立った家もなく近づいていく。


近づくにつれて、人の集まりが見えてきた。

うちのクラスメートたちだ。

(ていうことは本当にこれが皇さんの家なのか)

改めてその事実を認識し、驚嘆する。

その家は古くからある由緒正しい見た目も残しつつ、現代のスマートな綺麗な見た目が見事に調和する大変立派な家だった。目の前には大きな門がありその隣には警備員が立つほどセキュリティー対策万全なようだ。



「お、やっときたな」

彼らのところに向かうと、富士川が前に出てきた。





「おいおい、これは大きすぎだろ」

隣で彼も息を呑む。

「まさか一緒に勉強することになるとは」

「でもいいじゃないか。そのおかげで赤点は回避できそうなんだし」

「それもそうだな」

俺は富士川の言葉に納得する。


(これは本当にすごいな)

何度見ても今からここに入ると思うと緊張してくる。



「みんな揃ったな」

早稲栗の確認に反応するように各々が返答する。

「それじゃあ、桜華さんに伝えるわね」

百合ががスマホを出し彼女に連絡を取る。

すると、閉じていた門が自動でゆっくりと開いていく。


「すご…」

「これが皇財閥か」

それぞれがその光景に息をのみながら俺たちは一様に入っていく。

 家までは一本の大きな道となっておりその周りには庭というには広すぎる草原が広がっている。

俺達はおもむろに家の前まで歩いていく。



「みなさん、ようこそおいでくださいました」

家の前に行くと皇さんが待っていた。

その恰好は以前のカラオケできていた服とはまた違った印象を与える落ち着いた見た目になっていた。

少し長めのコートを羽織っており冬の寒さを感じさせる。

そのあまりに見目麗しい彼女にクラスメートは言葉が出なくなる。


「あの、皆さんどうかしましたか」

「なんでもないわ。今日はよろしくね」

「はい」

百合が彼女に話しかけ俺たちは家に入っていく。


「人数が多いので大広間に案内しますね」

皇さんを先頭に後ろからついていく。




「それではお好きなところで勉強していただいて構いません。この部屋には

家庭教師の方が多数いらっしゃるのでお気軽にご質問してくださいね」

大広間に行くとそこは俺たちが全員入ってもまだ余裕があるほど広かった。机も少人数用と大人数用でいくつも種類があり、その一つ一つに家庭教師らしき人が一人ずつついていた。

「お待たせしました。では勉強を始めましょうか」

「皇さん、朝も言ったように俺が彼に教えるよ」

皇さんが俺に近づこうとすると早稲栗が止めに入る。

「そうですか」

「任せて」

早稲栗は強引に彼女を引きはがす。




「ええっと、それじゃあ教えてもらえるかな」

俺と早稲栗は家庭教師がついていない二人用の机を見つけそこに座る。

「ああっと、、、悪いんだけどさ。自分でやってもらってもいい?」

「は??」

(おおっと)

思わず口から漏れる。

「それはなんで」

「南条も知ってるだろ。俺が皇さんの探してる人だからだよ。こういうところで彼女と仲良くなってたら俺だったって気づくかもしれないだろ」

そんなこともわからないかというように溜息をつく。

(いやそれ俺だけどね)

そんなことを俺が彼に行ってところで信じてもらえるはずもないので

「分かったよ」

「助かるわ」

俺の返事を聞くや否やすぐに席を立ち彼女の方へと向かっていく。


(まあ、こうなるとは思ってたがまさか座ってすぐに言われるとはな)

「はあ」

早稲栗の態度に不快になるが別に彼とは友人でもないためすぐに興味は消える。


(俺も地道にやりますか)

俺は気持ちを切り替えスピーキングの勉強を始めることにする。


「アイ ハブ ビーン トゥー 北海道 ワンス。イト ワズ ベリー コールド。」

一通り教科書に書かれている英文を読み終える。



(うん、カタコトすぎる)

自分でも思うほどに英語ではないと感じる。

「お、一人で頑張っているようだね」

英語に悪戦苦闘していると後ろから声をかけられる。

振り向くと生徒ではなく大人だった。おそらく家庭教師の人だろう。その見た目は40代で優しそうな印象を与える男性だった。

 男はゆっくりと俺の前に来て椅子に座る。

「何の勉強をしているんだい?」

落ち着いた口調で尋ねる。その話し方はどこか安心させるようだった。

「はい、英語のスピーキングの勉強を」

「そうかいそうかい、よかったら僕が教えてあげようか」

「よろしくお願いします」

俺は顔を上げ家庭教師の人に頭を下げる。

ん?

もう一度彼の顔を見る。

(なんだか見たことあるような…)

「私の顔に何かついてるのかな?」

「い、いえ、そう言うわけではなくて…。なんだか見たことあるように感じたもので…。すみません。」

「フフ、構わないよ。それじゃあ、勉強を始めようか」

「はい」



「そじゃゃもう一回話してみようか」

「I'm looking forward to going to Hokkaido,because I’ve never been to it.(私は北海道に一度も行ったことがないので、行くのを楽しみにしています)」

「うん、よくなったね」

「ありがとうございます」

そう、俺はこの男性に教えてもらうこと30分。初めが嘘のように流暢に話せる余殃になっていた。どこのアクセントに気を付けたらいいのか、舌の動きなど事細かくアドバイスをもらえた。

(めちゃくちゃ分かりやすかったな)

「うん、呑み込みが早いね」

「いえ、これも全部…あの今更ですがお名前をうかがってもいいですか」

お礼を言おうと思ったが、まだ名前を知らなかったことを思い出す。

「ははっ、そういえばまだ行っていなかったね。そうだね…伊豆川優だよ」

「伊豆川さん、、ですね。僕の名前は」

「南条薫君だね」

自己紹介をしようとするとさえぎられた。それどころかなぜか名前を当てられる。

(なんで知ってるんだ?!)

俺が固まっていると伊豆川さんは可笑しそうに笑う。

「ははは、なんでかわからないようだね」

「はい。どうして知ってるんですか」

「それはね、僕は君のお父さんのヒカルとは昔からの親友だからですか」

心臓がびくりと跳ねる。

「しんゆう…」

「まあ、昔ながらといっても高校の時からだけどね。薫君は覚えていないと思うけど、君が赤ちゃんの頃に一度会ったのが最後かな。最近はお互いに大変だからね」

「そ、それで…伊豆川さんは僕のことってどれくらい知って…」

口を開こうとするが思うように開かない。たどたどしくなりながらもなんとか知りたいことを聞く。

「そうだね…少しだけかな」

心臓の鼓動が大きく聞こえる。

(落ち着け)


「でも安心してほしい。別に君の下選択にとやかく言うつもりはないよ。むしろ何か手助けをしたいぐらいさ」

俺を安心させるように穏やかな口調で話す。

「何かと一人暮らしは大変だと思うから、いつでも声をかけてくれたらいいからね」

ニコッと笑う。

「はい…ありがとうございます」

俺も次第に落ち着きを取り戻す。




「まったく、そこにいらしたんですね」

呆れながら皇さんが近寄ってくる。

その視線は俺ではなく伊豆川さんの方を見ている。

「いや~、会話が弾んでしまってね」

まるでいたずらがばれた子供のように返す。

「もう、まだ仕事は残ってるのではないのですか」

「僕には優秀な部下がたくさんいるから大丈夫だ。それにたまには桜華が学校ではどんな様子か気になったしね」


 俺たちは二人の会話をただじっと見ているだけだった。

そして、ある一人の生徒は何かに気づいたようで近くの人に耳打ちしていく。それは瞬く間に広がり、百合が確認するように聞く。


「桜華さん、もしかしてその方って」

「申し遅れました。この方は私の父です」

「挨拶が遅れたね。僕は皇優。桜華の父です」

「「「ええええええ!!!」」」

至る所で驚きの声が上がる。

なんせ、皇さんの父親っていうことは皇財閥の当主なのだ。


(はは、通りで見たことあると思ったよ)

思わず俺も苦笑するのだった。

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