第21話

<水曜日>

「は~、疲れた!」

学校につくなり俺は声を上げる。

その疲れは尋常ではなかった。

それは昨日百合から渡された鬼のような問題集をしていたからだ。



「お疲れの様子だな」

前の席から余裕飄々と富士川が声をかけてきた。

「当たり前だろ。あの量を終わらしたんだぞ!」

彼に食ってかかる。

「え?!あれを一日で終わらしたのか」

信じられないとばかりに富士川は目を見開く。

「そうだが?」

(何を驚いてるんだこいつは?)

俺はその言葉の意味が分からず首をかしげる。


「本当にしんどかったわ~」

昨日の地獄を思い出し伸びをする。


「ははっ」

前から乾いた笑みが聞こえる。


「どれくらい終わった?」

ちょうど今登校してきた様子の百合が俺に尋ねる。

「どれくらいって、全部だけど」

「え?!全部終わったの???」

彼女も富士川と似た反応をする。


「俺がやってきたのがそんなにおかしいのかよ」

ジトッと彼女を見る。

「そういう意味じゃないわよ。あの問題集はテストまでにやればいいと思って渡したのよ?それにテストまで時間もないし、半分でも終わってれば上出来だと思ってたわよ」

あきれながら彼女は言う。

「そうなの?ならそういえよ!」

(昨日の俺の頑張りは何だったんだよ!!)

「別にやることには変わりないんだしいいでしょ」

軽く流す。

「ぐっ、それはそうだが…」

「ね、…でも本当にちゃんとやったか怪しいわね」

「おいおい、幼なじみの俺を疑ってるのかよ」

心外だとばかりに言う。

「ええ」

さも当然だとばかりに答える。

「なんでだよ!?」

「それは、、、ねえ?」

「あはは…」

百合だけでなく富士川もその意見に同意のようだった。

「なら問題出してみろよ」

「ここの空欄に当てはまるのは?」

百合があの鬼問題集から適当に一問を指さす。

「そこはhadだな。そのあとの文から時制は過去とわかり大過去の過去完了形だ」

「正解」

ドヤ顔を彼らに向ける。

「南条って勉強できるのにしねーよな」

富士川は俺がすでに文法を理解していることに感心する。

「まあ、やればな」

笑って返す。

「よし、これでもう完璧だな」

俺の顔が自信にあふれる。

「そうね、これで文法は大丈夫そうだし、長文もリスニングやスピーキングも薫なら大丈夫そうね」

「ああ!…ん?りすにんぐ??すぴ=きんぐ???」

「まさか…知らないの」

「え?それらもテストあるの?」

「当たり前でしょ、一応うちの学校は進学校なんだから英語には力入れてるわよ」

「まじかよ」

乾いた笑みがこぼれる。

(なんだよそれ。やること多すぎだろ)

「でも、南条ならよゆうだろ」

「も、もちろんだ」

「ふ~ん、ならなんかしゃべってみなさいよ」

「見とけよ、アイ キャン スピーク イングリッシュ。アイ スタディード

ハーダー アンド ハーダー。どうだ、この英語」


俺の英語力に圧倒されたらしい。二人の目がどんどん変わっていく。

「なあ、南条」

「なんだよ。富士川」

富士川は俺の肩に手を置く。

「人には得手不得手があるもんな」

優しいまなざしで俺を見つめる。

「なんだよ、その言い方。そこまでひどくはないだろ」

百合に同意を求める。

「ま、まあ聞き方によったらすごく流暢といえるかもしれないわね」

目を合わさない。

「知ってたよ。英語はからきしなんだよ」

どこかなげやりになる。

「今から勉強すれば大丈夫よ」

「そうそう、スピーキングなんて南条なら今からでも余裕だ」

二人は慌てて声をかける。

はあと自然にため息が漏れる。こんなに勉強をすることなんて中学生以来なため、疲れもたまる。机に倒れ掛かる。


「あの、よろしければ私が英語をお教えしましょうか?」

机に掻き臥していたからだがびくりと反応する。

まさか話しかけられるとは全く予想しておらず、しばらく言葉の意味が呑み込めずにいた。

「いや、大丈夫だよ」

「ですが、先ほどの様子を見る限り困っていたようですので」

「なんで急に教えようと思ったんだ」

「せっかくの遠足ですし、同じメンバーの南条君にも楽しんでいただきたいからです」

おそらく、普通の人が同じことを言ってもあざといとか怪しいなど負の印象を抱くだろう。しかし、彼女においてはそれがない。ほんとうに同じ班員の俺を助けたいという感情がひしひしと伝わってくる。

「こんなことを聞くのもあれだが、皇さんって英語はできるの?」

「はい、家には家庭教師がいるので基本的なことは抑えてあります」

問題ないとばかりに胸を張る。



(ならさすがに断るのも悪いよな)

「それなら教えてもらってもいいか」

「ええ、きっちりと教えて差し上げます」

ふんとやる気にあふれる。


「お手柔らかにたのむ」


今度こそテストは大丈夫そうだと分かり、不安は解消される。

「よかったな、薫」

悠馬は自分のことのように喜んでくれる。大げさだな。

教えてもらえるようでよかったわね」

「ああ、ほんとにな。彼女と同じ班だったことに感謝しないとな」

いつもよりいい方がすこし百合の言葉にとげがあったように感じたが流して答える。悠馬はなにか感じ取ったのかサッと前を向いた。

「別に同じ班じゃなくても薫には教えたと思うわよ」

「いや、それはないだろ」

同じ班だから教えてくれるだけだろう。

「そうかしら。私は薫が特別な友達だから教えてくれるのかと思ったわ」

「特別って」

「だって彼女に敬語を使わずにあんなに楽しそうに話しているのは早稲栗君みたいなあなたとは正反対のグループの人しかいないのよ」

「いや、ただ単に席が近くて彼女の頼みを聞いただけの普通の友達だ。それに俺意外にもっといい友達はたくさんいるだろ。百合や早稲栗とかな」

「ふうん、確かにそうなのかもね」

意味深なことを言った百合はこれで話はおしまいとばかりに自分の席へと戻っていった。

彼女の言葉の意味がよくわからずにいた。

(いったい百合は何を言いたかったんだ?)






「あのさ、よかったら今日の放課後でも勉強会しないか?」

考え込んでいると早稲栗が皇さんに声をかけていた。

「皇さんも転校してきたばかりで、大変だろうからね」

 どうやら、昨日俺が百合に勉強を手伝っていたのを見てその手を使って少しでも皇さんとお近づきになりたいようだった。

(頑張るね~~~)

俺は彼の必死な様子に感心していた。

「すみません」

申し訳なさそうに彼女は返す。

「それはどうして?」

「実は南条さんに勉強を教える予定ですので」

彼女の視線に合わせて早稲栗の顔もこちらを向く。

その顔は驚きや不満でいっぱいだった。

(ちょ!?)

自分が話題に上がるとは思わなかった。

「そうだったんだ」

「はい、ですので申し訳ありませんが」

「南条は俺が言っても構わないよな」

彼女の言葉を遮って俺に聞いてくる。

「え、おれ?」

素っ頓狂な声が上がってしまう。はずかしい。

「ああ、皇さんは南条に勉強を教えるって言っていたが人数は多い方がお互いの苦手分野も教えあえるだろ。だから俺も行っていいか」


俺は彼の顔を見る。そこから読み取れるメッセージは一つだった。

『はいかイエスで答えろ』

(いや怖すぎだろ)

俺に断るほどの力があるわけでもなく、

「別にいいよ」

「そうか、ならせっかくならみんなで勉強会するのはどうだ」

「みんな、、、ですか」

「ああ、そうしたら皇さんもクラスメートたちと話す機会はもっと増えるし仲も深まるだろう。それに俺も勉強は基本的にできるから代わりに南条にも教えるよ。どうかな」

「ええっと」

困ったようにこちらを見る。

それは、普通の友達を増やしたいという思いはあるが俺に教える約束があるので困っているようだった。

(俺なんか優先させなくたっていいのにな)

彼女のまじめな一面におかしくなる。

俺は助け船を出すことにした。

「確かに人数は多い方がいいかもな。俺以外にも赤点になりそうな人のフォローもできるし」

「南条も賛成しているようだし」

「分かりました。ぜひ皆さんで勉強会をしましょう」


おそらく俺と早稲栗、皇さんの三人でするよりも全員で勉強するほうがまだましだと思ったんだろう。本当は二人でやるつもりだったんだろうが。


(すごい戦略的だな…)

同い年のあまりのガチな様子に引く。

当の本人はその視線には気づくはずもなく今も仲よさそうに皇さんと話している。

「なら、塾や部活がある人とか難しい人も何人かいるとは思うけど結構大人数だと思うし勉強会をどこでやるかだね」


「でしたら私の家なんてどうでしょう」

「皇さんの家?」

「はい。広さもありますし、もし問題で不明な点がありましたら私の家庭教師の方もいるので勉強に適した場所だと思います」

「ならそうしようか」

「はい。場所はグループラインに送ろうと思います」

「うん、ありがとう」

早稲栗は自分の席へと戻っていく。


それにしても、、、皇さんの家か。あの皇財閥の家ってどんなのだろう。

(楽しみじゃないって言ったらうそになるな)

俺はとうの目的を忘れ、彼女の家が見れることが楽しみになっていた。

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