第10話

「今日は濃い一日だった」

しみじみとつぶやく。

授業が終わり、俺と富士川は帰路につく。

季節はもう冬になり、気温も低く風が俺たちの体温を下げる。




「しかし、まさか皇さんが転校してくるとはな」

「確かに信じられない」

俺も今の現状に夢でも見ているようだった。




「でも、そこまでして探してるってなんでだろうな」

「それは…」

富士川の何気ない一言にふと考える。


(いわれてみればそうだな。確かに探し人を待つ期間は長いが皇財閥が取り組んでいるわけだし、、、。それなのにわざわざ自分から探すために転校してくるのはなんでだ?)

その事実にいまさらながら疑問を覚える。



「ていうかもう自分が皇さんが探している人だとは言わないんだな」

「うぐっ。なんだかもう隠しても意味がなさそうだし…」

気まずそうに頰をかく。


(そりゃそうだ。なんせ本人は目の前にいるんだし)

俺は苦笑を浮かべる。

「明日は薫もカラオケ行くんだな。やっぱり行きたかったのか」

「いや、行きたいわけではなくて行かないと心が痛むというか、、、」

歯切れが悪くなってしまう。

可能なら別に行きたくはないが、皇さんの残念そうな様子を見たら行かないとは言えなかった。




「まぁ行くことには変わりないだろ?なら明日は楽しもうぜ」

富士川は熱くなる。

「それもそうだな」

富士川の普段と変わらない様子に落ち着く。

(まあせっかくだし楽しむか)








「これで伝えることができる」

 家につくとすぐに今日の出来事に満足する。

皇さんに伝える手段が昨日まで一つもなく絶望していた南条薫に一筋の希望が見えたからである。

(まさか探すために転校してくるとは驚いたが、そのおかげであとは事実確認を行うためのパーテイーを待つだけだ)

俺は浮足立つ。


「だが待てよ?」

俺は少し考え込む。

あの時は、あのセリフを言うために名乗ることもせず静かに立ち去ったが、今回も同様にそのパーテイーまで待つという消極的な対応でいいのだろうか?

先に何か行動をしておくべきなのか?


(そうだ、あの時名乗っておけばよかったと何度も後悔していたじゃないか)


先日のことを想いだす。

(かっこよかったのはいいが、あの時名乗らず立ち去ったせいで皇さんがすごく懸命に探す羽目になったんだからな。まあ、すこ~し金が欲しいのもあるが)

う~ん。

どうしたものかと頭を悩ませる。




ブーーー

携帯が鳴る。

「なんだ?」

俺は携帯をとり画面を見る。


 そこにはクラスのグループに皇さんが招待されたという知らせだった。

メールを開くと皇さんに対しての歓迎コメントにあふれる。誰もかれもが皇さんと少しでも近づきたい様子だ。


まあ、彼女がお嬢様とは言っても近寄りがたい雰囲気もなく、話しやすい人柄であることが大きいと思うが。


眺めていると一件のメールが来る。

富士川からだ。

『なあ、明日の服何がいいと思う?』

不安な顔のスタンプとともに送られてくる。


そこまで考えなくてもいいだろ…

友人のあまりにも真剣さに苦笑いを浮かべる。

(まあでもほんとに悩んでるみたいだし無下にはできないな)

そう思い、返信する。


『あまりにもきっちりとしすぎると近寄りがたいからカジュアルな服にしたら?それか制服でそのまま行くか』

あまり服のセンスはないため当たり障りのないアドバイスになってしまう。

『分かった。サンキュ』

すぐに既読が付き返事か来た。


 



 どうやらもう大丈夫そうだな。

時計を見るともう時刻は遅くなっていたため眠ることにする。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る