第45話 最終話 木村陽菜は見た!二人のパラダイス


 私、木村陽菜の主演ドラマの相手役がRELAYのボーカル今泉蓮だと決まった時、大丈夫なのそれ?と思った。歌は知ってるけど俳優としての知名度がイマイチ。それは制作側も思っていたようで、話題作りに仲良くなってよ…つまり写真に撮られて名前売ってこい、そう言われた。

 今泉蓮はバンドを辞めるつもりらしい。バンドのラストライブ、アリーナツアーの打ち上げに行ったらお通夜なんじゃないかというくらい空気が冷え込んでいた。しかし意外にも今泉蓮は周りに気を遣って私にも優しく、なるべく雰囲気が良くなるように努めていた。

 案外いいやつなんじゃ…すごいイケメンなのも確かだ。酒も入ってあまりにも甘い雰囲気に私はついうっかり、今泉蓮の家で作詞をすることに同意してしまった。

 今泉蓮はタクシーに私を乗せるまでは完璧な王子様だったが、私がタクシーに乗ると表情を一変させた。氷のような横顔から、ため息をついた気配がして、私はカッとなった。

 まさかコイツ、話題作りのために渋々やってやる的なやつか?!許せねー!そんなやつに抱かれるかってんだ!

 一気に酔いを覚ました私は、タクシーを降りたら帰ろうと決意した。

 しかしあろうことか、やつは言った。

「とりあえずマンションのエントランスに入って。下の駐車場にタクシーを呼んであるから、裏口から帰れるよ。」

 てめー!なに先手打って女子帰らせようとしてんだ!あ、さっきスマホ操作してたの、呼んだところに来るタクシーアプリだな?!おい、ふざけんな!私もそのアプリ入れてるわっ!言われなくてもこっちも帰るつもりだったっつーの!!

 私は笑顔の裏で史上最大の悪態をついた。

 でもドラマのため。ちゃんと写真撮られて裏口からタクシーに乗ったよ!偉すぎだろ私!

 もう頼まれたってお前のマンションなんか行ってやんねー!てゆーかもう共演NGだから!次はないからね!


 マンション事件ですっかりやる気を失った私は、共演ドラマの歌詞を書くという宿題に戸惑った。初心者の私のため、曲に合わせて歌詞を書く"曲先"ではなく歌詞に合わせて曲を作ってくれる事になっていたのがむしろプレッシャーとなり、全く書き上げられなかった。その状況にレコード会社も含めた打ち合わせの席で今泉蓮は氷の表情のまま「じゃあ曲先にして下さい。」と言い放った。

 今泉蓮を生涯共演NGリストに入れる事をこの時誓ったのだった。


 曲の作成とともに、ドラマの撮影も始まった。今泉蓮は初めてとは思えない落ち着いた演技で撮影をこなしていた。なんなの?むかつく…!!私のイライラが最高潮に達しそうになった時、その事件は起こった。


 その日、たしか七話目のドラマ撮影の日だったと思う。朝から今泉蓮はすこぶる不機嫌だった。撮影に番宣に主題歌のレコーディングなどが重なって疲れているんだと私は思っていた。初めてのやつはこれだから、なんて…。

 しかし疲れているなら楽屋に戻りそうなものだが、楽屋には戻らず、出演者たちが出番を待つ前室と呼ばれる控え室の椅子に座ってスマートフォンをいじったり、無駄にガムを噛んだり捨てたりしていた。

 YBIのマコトが後から入ってくると、今泉蓮の態度が変わった。マコトが順番に出演者やスタッフに挨拶するのを今か今かといった様子でジッと見ていた。一番最後にマコトが今泉蓮に挨拶すると、今泉蓮は堰を切ったように話し出した。


「おい、なんのつもりだよ昨日の…!」

「昨日のって?」

「とぼけんな。あいつにあんなに飲ませてどういうつもりだ?」

今泉蓮は小声だったが、その苛立ちは伝わってきた。今泉蓮はどうやら朝からマコトに腹を立てていたようだ。周囲に興味が薄そうなのに、その態度は意外だった。

「ああ、圭吾くんのこと?だってさ…あんまり可愛いから、つい。」

「つい、じゃねーよ。あいつで遊ぶのはやめろ。そういうタイプじゃない。」

「心外だなあ〜!俺が無理に飲ませた訳じゃないよ?ほとんどは自分で飲んでたんだから。それに圭吾くんが、”蓮に会いたい”って泣くからさぁ、ちゃんと連絡してあげたじゃん!」

 どうやらマコトが”あいつ”に深酒をさせた事を今泉蓮は怒っていたようだ。”あいつ”は圭吾くんというらしい。

「シーン5、リハ始めまーす!マコトさん、陽菜さんお願いします!」

二人の言い争いを遮るようにスタッフから声が掛かった。呼ばれたマコトは今泉蓮を振り返りもせずに行ってしまった。私は立ち上がって、すれ違いざまに今泉蓮を見て驚いた。

 今泉蓮は耳まで赤くなって俯いていた。目は伏せて口元を押さえていたけど、明らかに表情は先ほどより和らいでいる。

 え?なになに?なんで…?照れてる?

 圭吾くんが深酒して、“蓮に会いたい”って泣いていた…。それに反応した?今泉蓮は圭吾くんが泣きながら自分に“会いたい”って言ったことが嬉し恥ずかし胸キュン!だったってこと?え、圭吾くんて男じゃないの?今泉蓮ってゲイなの?!


 シーン5のあとのシーン6はドラマ中盤の山場、キスシーンだった。今泉蓮は全女子が”トゥンク”となるような顔で私にキスした。でも彼の視線は私をすり抜けて、ここにはいない誰かとキスしているみたいだった。


 今泉蓮にそんな表情をさせる人物…“圭吾くん”が誰なのか、それは割とすぐに判明した。

 その人は呑気に、アイドルのライブを鑑賞し“マコト”と書かれたうちわを振っていた“RELAYの圭吾くん”だった。

 本来ならこのライブには今泉蓮も来るはずだった。もし来ていたら、この光景をどんな顔で見たのだろうか?私は思わずこの能天気な男、圭吾くんに舌打ちした。

 楽屋に行って、圭吾くんと一緒に写真を撮ってSNSにアップした。ちょうど今週、ドラマのマコトくんが注目される回だから、YBIファンに向けての宣伝だ。

 “圭吾くん”は話してみると正真正銘の天然魚。それも冷たい水には住んでいない、インド洋辺りの暖かい海の珊瑚礁の陰で昼寝でもしていそうなタイプ。だからそんなことに、気付くそぶりもない。あまりにも今泉蓮が滑稽で、私は大笑いした。


 私を振った天罰が下ったんだ!ざまあ!

 

私はその天然魚、圭吾くんを駅まで送って、圭吾くんが一人で駅に消える写真もSNSにアップした。ツーショットのままで終わったら、“会いたい”って言われただけでデレる今泉蓮が悲しむんじゃないかと思ったから。


 私、自分で思っていたより、今泉蓮が好きだったのかもしれない。

 

 でも私は今事務所一押しの主演女優、木村陽菜、転んでもタダでは起きない!


 圭吾くんからは主演女優の勘で“ビックビジネス”の匂いがした。なんだかふわふわしてる感じと言い、私の弟役がいいんじゃないか?そう思ったのだが、それはあっさりと断られてしまった。

 とはいえ私はやっぱり主演女優木村陽菜、決して諦めない。

 歌詞を仕上げられなかった私は圭吾くんに管を巻き、まんまと歌詞の原案を作成さた!印税ゲットだぜー!ひゃっはー!

 私は私が書いたていで歌詞を提出したのだが、それを読んだ今泉蓮は表情筋を崩壊させて微笑んだ。

 

 おいおい、なんだよそれ…。


「これ、陽菜さんが書いたんですか?」

「え、え~~と…。」

「違うでしょ?」

「な、なんでそう思うの…?!」

「字が…違うなって。それにワードもなんか…。」

「圭吾っぽい?」

 私が尋ねると、今泉蓮は「やっぱり!」と言って噴き出した。今泉蓮はその歌詞が書かれた紙を愛おしそうに見つめ、もう私に返すつもりはないようだった。


 字で誰かわかるのって普通?ワードの感じで誰かわかるのって普通?そんなに、笑顔になっちゃうのって普通?


 いや、今泉蓮は、圭吾くんのこと、大好きでしょ…!


 ねえひょっとして、私をアリーナ公演の後マンションに連れて帰ったのって、圭吾くんに焼きもち焼かせたかったから…とか言わないよね?「会いたい」って泣かせるためだったんじゃないの?そんなの、そんなの私、かわいそう過ぎない?!

ああ、やっぱ、今泉連はもう共演NG…!圭吾くんのことは、今後もじわじわいじめることにする。そのくらいしてもいいよね?しかもさ、あの二人が「リレー」して書いた曲を歌わなきゃいけない罰ゲームがあるんだから…。

 

 二人が作った曲の名前は"パラダイス"…。

その曲を歌いながら私は今泉連の甘ったるい笑顔を思い出した。それはやっぱり私をすり抜けて、ふわふわとつかみどころのない圭吾くんをじっと見つめていた。





♪パラダイス   作詞作曲 れんけい(RELAY)


朝は苦手なのに早く起きなくちゃいけない

誰よりも先にオフィスに行って

リハーサルしないとついていけない

お昼もお洒落なランチにはいけない

午前中ダメだしされたところの確認

ランチはいつも片手でデスクの上

午後の会議 居眠りしている暇もない

クロージングタイムのはずがアンコール

タスクをメモして世界地図みたいに貼っていく


いつかこの世界にあなたと飛び込んで

泳ぐんだ

どんなに忙しくてもあなたのいる世界が

パラダイス

いつでもこの世界にあなたとなら飛び込んで

溺れたっていい

どんなに忙しくてもあなたのいる世界が

パラダイス


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