第28話 話し合い

 事務所に来るのは、解散して二回目。

 阿部マネージャーの隣には、阿部マネージャーの上司の新城チーフマネージャーがいた。阿部マネージャーは俺を睨んでいる。新城チーフは冷たい目で俺を見ると、口を開いた。

 

「心配したよ、圭吾。家も引き払って連絡も取れなくなって。神谷プロデューサーの約束もすっぽかしていなくなったから、みんなで必死に探してたのに、アイドルのライブに行ってたんだって?ずいぶん楽しそうだったじゃないか。」

「すみません…。」

 言い訳はいろいろあったが、俺は取り敢えず謝る事にした。確かに、家も引き払って、神谷プロデューサーとの約束をすっぽかした上にYBIのコンサートに行ったのは事実だ。でもそれは結果であって、プロセスを知って欲しかった。俺が口を開こうとすると、新城チーフはため息をついた。

「連絡は取れない、約束は守らない。なのに他事務所のタレントのSNSには出る?それはさ、ないんじゃない?」

 確かに、それはそうだ。そうなんだが。喋らせてくれない?俺はそう思ったが、新城チーフは俺の言い訳を聞く気はないようだった。

「蓮がさ、もう少し様子を見てやってくれって頭を下げたから、もう少し様子を見てやるよ。圭吾…でも、これ以上、仕事もしないで、こんな態度なら、分かるよな?」

 新城チーフは冷たく言い放った。

 蓮が俺を庇ってくれた?そうなの?

「あ、あの…!」

「神谷プロデューサーに、謝りに行ってこい。話はそれからだ。」

 俺は二人に、蓮の話を詳しく聞こうとしたが、二人は立ち上がって会議室から出て行ってしまった。神谷プロデューサーに謝罪に行け?ねえ、あのデビューの話、事務所公認ってこと?

 俺はため息をついて、荷物をまとめて部屋を出た。


 会議室を出ると、RELAYのドラム・藤崎が待っていた。

「圭吾!どこ行ってたんだよ!みんなで探したんだぞ!」

「みんな?!」

「そうだよ。永瀬と蓮も。なのにお前、YBIのライブ行ってたんだろ?!それはドン引きだけど...でもお前はさ、訳もなくそんな事する奴じゃないだろ?何があったんだよ?」

ちょっと待って、蓮も探してくれた?!まさか、昨日蓮がYBIのライブに来なかったのって俺を探してたから?!

 知らなかった。それなのに俺ときたら...!呑気に遊んでたって、蓮にも思われたよな?最悪だ。もう絶対、嫌われた...!!いやもう既にブロックされてるから、更に…!ああもう!


「やっぱり…お前さ、まさか、神谷さんにやられちゃったの?それで逃げてんじゃねーの?何もなかったら、流石に逃げたりしないもんな!?」

 カミヤサンニヤラレチャッタ?発言内容に俺が驚いて返事できないでいると、藤崎は真剣な顔で俺を見つめた。

 やられちゃったって、一体どこからそういう話になったんだ…?呆然とする俺に、藤崎は「知ってたよ」と哀れみの目を向ける。

「いや、前々から、あの人やべー目で圭吾を見てたからさ。お前、ずっと嫌がってたじゃん。夜のアプローチされてたんだろ?」

 藤崎は続けて「こええな、この世界は」と言う。

 え、前からそんな目ってどんな目だよ。余計に、謝りにいくのが恐ろしくなった。

「う…実は…この間、キスされて…。」

「それ、マネージャー達にいったのかよ?!」

「いう隙がなくて、言えなかった。」

 藤崎はため息をついた。

「俺から言ってやるよ!阿部マネージャーが勝手に圭吾の連絡先を神谷プロデューサーに教えて、襲われて処女奪われたから逃げてるって!」

 ちょ、それは後半内容が違ってる気がする!しかも俺の処女を奪ったのは蓮で…。とにかく、そんな事言われたらいらぬ誤解を生みそうだ。しかも藤崎も、マコトに勝手に電話番号を教えたくせに、自分の事は完全に棚に上げて発言しているじゃないか!

「あ、いや、自分で言うよ!もう大人だし、俺、男だし。神谷さんも、電話だったら、何も危ないことはないと思うし。」

 でもやっぱり、藤崎の話が怖くなって俺は二の足を踏んだ。


 現実とは違い、仮想現実の“メルリの歌チャンネル”は順調だった。二曲目の再生数は順調に伸びていて、しかも二曲目を配信したことで止まっていた一曲目もまた再生数が伸び始めた。そしてなんとまた、しらゆきうさみ先生が、SNSで俺の動画サイトのリンクを公開してくれたのである。今回も“エモい”とタグが付いていた。


 うれしい、うれしすぎる!

 

 更に、ダイレクトメッセージには連からも返信が来た。


 “二曲目聞きました。二曲目もすごくよかったです。”

 

 俺は何度も見て、感動していた。


 “よかった”って、どこが良かった…?俺は聞きたい、という欲求を抑えられなかった。

 

 “メッセージありがとうございます。プロの方からみてどの辺りがよかったですか?次回作に生かしたいので、教えて下さい。”

 

 俺は勢いで送信ボタンを押して、すぐ怖くなった。


 このSNSのダイレクトメッセー時はアプリ側で開くと、メッセージアプリと同じ仕組みで既読か未読か分かるようになっている。こんなにすぐ返信して、がっつきすぎ、怖い奴だと思われないだろうか?

 俺のメッセージはすぐに“既読”になって、また蓮から返信が来た。


“メロディーとリズムと歌詞、それから声。全部好きな感じです。”


 俺はそのメッセージを見て、赤面した。


 “好き”って。しかも“全部”って…。

 “圭吾”にはいってくれなかったくせに…。

 でも俺も好きだよ。今泉蓮の全部が。


 “俺も、RELAYのファンだから嬉しいです。”

 俺が返信すると、またすぐ既読になった。その後も何回かメッセージを送り合って、最後は「おやすみなさい」で終わった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る