第29話 会いたい

 朝は「おはよう」のメッセージが来ていた。何年ぶりだろう。俺は感動してしばらく動けなかった。高校生に戻ったみたいだ、嬉しい…。

 蓮とはだんだん、たわいもない話が始まった。“悪役令息、皇帝になる”の話から、最近見たアニメの話。コンビニでコラボグッズが出た、とか。蓮が最近やってるゲームの話とか。


 やり取りすればするほど、蓮を好きになる。俺が本当にメルリで、蓮と結ばれる、そんな未来があればいいのになあと妄想した。


 しかし、現実は甘くなかった。


「家出少年・圭吾の写真を載せた私のSNSがね、ニュースサイトの今月の話題1位になってるのよ。知ってた?」

「えーと、知りません。」

 女優の木村陽菜は電話越しでもげらげらと豪快に笑った。なんで俺の電話番号知っているんだ。でも、もうだいたい想像がつく。俺はあえて犯人の名を聞かないことにした。

「今度ね、私の主演ドラマのオーディションがあるんだ。題して、“陽菜の弟は君だ!プロアマ不問、オーディション!”知ってる?」

「いや、全然。」

「だと思った!実はうちの事務所から、オーディション受けませんかって連絡したんだよ。受けてもらえれば受かると思う。けど、いまだ返信なし。ねえ、圭吾くんのところ、どうなってんの?」

「さ、さあ…。」

「フーン、話になんないなあ~。圭吾くんもさ、あんなに話題になってるんだからそれを利用しよう、とか野心はないわけ?」

「えっと、特には。」

「だと思った!でも圭吾くん、たぶん他の人が放っておかないよ?みんな日々、話題を探してるんだからさ!じゃーまた連絡するね!」

 陽菜は面倒ごとの予感だけ俺に植え付けてさっさと電話を切ってしまった。物語のヒロインとかヒーローってさ、みんなどこか勝手な生き物なんだな、きっと。


 多分、この人もヒーローの部類だと思う。魔法使いでもある彼は、憤っていた。

「いや、圭吾君のとこの事務所、マジでどうなってんの?」

 マコトはいつもの創作料理の店のソファーで俺の横にぴったり座って、酒を煽った。

「うちの事務所から正式にオファーしたけど、無視されてる。ありえなくない?!それとも、抜け駆けでオファー受けようとしてるとかある?!」

「あ、というより、無視してるのは訳があって、多分。…俺のせい。」

 俺はまた、先日の会議室での一件をマコトに話して聞かせた。

「マネージャーが勝手に圭吾くんの連絡先をセクハラプロデューサーに教えて、襲われたから逃げてるのに、貞操捨てでも謝罪して来いってこと?!」

 いや、神谷はセクハラというかパワハラ系で、俺と強引にグループデビューしようとしいて、俺はそれが嫌で逃げているわけなのだがいつの間にか話が置き換わっている。マコトは呆れた、と言った顔をした。

「それで、圭吾くんはどうするつもりなの?」

「約束をすっぽかしたのは、事実だから、それはきちんと謝って…。グループデビューはちゃんと断ろうと…。」

「圭吾くん、出来るの、それ。キャバ嬢に説得してもらおうとしてたくらい、自分じゃ難しかったんじゃないの?」

「大丈夫。俺、男だし。もう大人だし。」

「じゃ、一緒についていってあげる…。心配すぎる。」

 マコトの申し出はありがたかったが丁重に断った。この場は俺がきちんと納めなければ多分、事務所のマネージャー達は納得しないだろう。そうしなければ、RELAYに俺は戻れない。いや、そんなことしたって、もうRELAYはないんだけど。

 

 マコトには無理をしないこと、二人っきりにならないこと。そんなアドバイスを貰った。

 別れ際、マコトは俺を突然ぎゅっと抱きしめた。

「圭吾くん、あ〜!やだなぁ、離したくない。」

マコトも酔ったのか、俺に子犬みたいに戯れていた。


 

 マコトと別れた俺はほろ酔いのまま、またメルリの世界、…仮想現実の世界に戻った。

 

 蓮とは、SNSのダイレクトメッセージでのやり取りが続いている。それを見るだけで癒された。現実世界と同じ、蓮は質問が多くて、俺はそれに答えていく、そういうやり取りだった。


“動画のイラストは自分で描いているの?”


“違うよ、AIイラストメーカーってやつに、自分の写真を取り込んで、メルリっぽく加工してるんだ”


“そうなんだ。かわいい。”


 かわいい?!あ、メルリが、か。

 現実世界では、えっちな時にしか、言われたことなかったのに…。


 “会いたい”


 え?!俺に?!…あ、メルリにか…。だって俺はこれでもかってくらい嫌われてる。

 ん?いや…ちょっとまって、会うなんて、できない。

 

“会ってもらえる?”


 会ったら俺だよ?お前がブロックしてる、圭吾だよ…。この間もお前に幻滅されただろう、ダメなやつ。


“会うのは抵抗ある?”


 いや、俺も会いたくて、しょうがなくて…でも…


 “二人が嫌?”


 むしろ、二人きりで会って抱きしめてもらいたい。蓮の空気をすって、缶詰にして大切にする。


“二人じゃないところで話すのはどう?”


 二人じゃないところ?ってどこ?


“俺、ラジオ番組やってて、そこで話さない?電話でもいいよ?”


 ラジオ?!それはまずい…!!っていうか会いたいって、そういう、出演交渉的なやつ?!少しがっかりした後、俺は慌てて、“あまりにも突然のことで、少し考えさせてください”と返信した。

 すると蓮から“待ってるから”とメッセージが返ってきた。

 俺はそのメッセージをしばらくの間、いとおしく眺めていた。

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