第40話 誕生日
机に突っ伏して声を殺して泣いていると、突然、部屋の明かりが消えた。
「え?!」
思わず顔を上げて、あたりを見回したが、真っ暗で何も見えない。わずかに、壁側に非常灯の明かりを見つけたので、そこを目指して立ち上がると、突然、扉が開いた。
俺は驚いて後ずさりした。
「ハッピーバースデー圭吾!」
「誕生日おめでとう!」
「おめでとう、メリクリ!」
暗闇の中、RELAYのメンバー三人が口々に、“おめでとう”と言って部屋に入ってきた。
蓮は先頭で沢山、蝋燭の火が点いたケーキを持っている。
「圭吾、早く消してくれ!熱い!」
俺は事態が飲み込めず戸惑った。
「圭吾、早く!ケーキが溶ける!」
蓮が焦った声を出したので、おずおずとケーキに近付いて、二十八本もの蝋燭に息を吹きかけて火を消す。
火が消えると部屋の明かりが点いて、パーン、とクラッカーが弾けて飛んだ。
「ドッキリ大成功!」
掛け声とともに、マコトがテレビでよく見る“ドッキリ大成功!”の看板を持って現れた。
俺は状況について行けず、ただただ茫然と立ち尽くした。
「圭吾…!お前泣きすぎだ!」
蓮はケーキをテーブルの上に置くと、自分の服の袖で俺の涙を拭く。俺は涙が止まらず、しばらくされるがままになった。蓮が「誰かタオル持ってきて」というのをぼんやりと聞いていた。
俺はタオルを手渡されても、まだ話せなかった。
「圭吾くん、ごめん。ドッキリだよ!わかった?」
マコトは看板をもったまま俺に近づいた。
「ドッキリ…?」
「そう。圭吾くんが蓮くんの番組にサプライズ出演するドッキリ、と、見せかけて、蓮くんが圭吾くんにキレるドッキリ企画。俺が考えたんだよ。天才じゃない?」
「え…?」
「だから、蓮くんは…あ、これは本人が言った方がいいよね?」
マコトは蓮に、ほら、と続きを促した。
「別に怒ってねーよ。」
蓮は照れたように、頭を掻いた。
「うそだ…。」
「なんでだよ、本当だよ。RELAYはさ、俺が行き詰って…だから少し休みたかった。それだけだよ。別に圭吾のせいじゃない。”行き詰まってた”なんて、かっこ悪いからあんまり言わなかっただけ。」
まだ信じられない俺の涙を、蓮はまた手で拭った。
「控室での冒頭インタビューをさ、こっちの控室で、みんなで聞いてたんだよ。あの後にお前にあのセリフを言うの、マジでしんどかった。」
蓮がそう言うと、ドラムの藤崎が噴き出した。
「うん。おれもあの後さ、あのセリフ聞いて…圭吾が可哀そうすぎてドッキリだって知ってたけど、蓮を嫌いになったよ。」
「いや俺はさ、逆にすげーなって。蓮は凄い俳優だなって思ったよ。俺じゃ言えないよ。だってさ、かわいそうじゃん…俺のせいだって、健気に思い詰めてる圭吾に“帰れ”とか…。セリフでも、俺なら言えない。」
キーボードの永瀬は本当に関心していたようだが、蓮に肘で小突かれた。
「いやこれ、俺だけ損してない?俺の好感度、大丈夫?」
蓮がそう言うとまた、笑いが起こった。俺は皆が笑っている間に、涙を拭いた。
マコトはドッキリの看板を持ったまま俺と、蓮に聞いた。
「じゃ、遺恨なし。仲直りってことで良いの?」
俺はマコトに確認されて、蓮の方を見た。
「いや、初めから喧嘩とかしてないんだよ。圭吾が変に誤解して、俺を避けてただけで。」
「そうなの?!」
俺が驚くと、蓮は目を細めた。ん?何…?やっぱり違う?
「そうだよ。」
そして意味深に笑った。
「じゃ!本当に、仲直り!」
マコトに号令されて俺たち…蓮と俺と、藤崎と永瀬も入って仲良くピースサインをして写真に収まった。
周りをよく見ると、ラジオのスタッフさん数人、マネージャーの鈴木さんが泣いていた。そうだ。突然の活動休止、事実上の解散となってみんなに心配をかけたんだ。ここに見える人以外…あの日ライブ会場に来てくれたファンの人たちの中にも、きっと。
そう思うとまた涙が溢れた。
「ケイちゃん!」
そんな俺に抱き着いてきたのは、阿部マネージャーだった。
「ケイちゃん、ごめん。私知らなくて…!」
「うん。分かってる…それに、あれは俺も…。」
たぶん阿部マネージャーは阿部マネージャーなりに考えてくれた結果だったんだと思う。だからもういいんだ。俺は阿部マネージャーとも和解した。
「いろいろ解決して良かったな。ホント、どうなることかと思ったよ」
ドラム藤崎は感慨深げに言った。
「そうだよな。実は俺も圭吾の番号、2~3人に教えちゃったんだよ。で、その後神谷さんの話聞いてさ…。肝が冷えた。」
キーボードの永瀬は、でも大丈夫だったんだろ?と笑った。俺はなんと答えていいか、わからなかった。悪いこともあったけど、いいこともあったと思う。人との出会いが俺を変えて、今日につながった気がするんだ。
でも蓮は二人を睨んで「人の番号勝手に教えるとか、本当にない…。」といったので、藤崎と永瀬は俺に謝罪した。
これで本当に、全部、仲直り…?
「圭吾、このあとラジオ番組用で歌、収録するけど大丈夫か?」
蓮に聞かれて俺は、はっとした。
歌うと思っていたから泣くのは我慢していたのだが、ドッキリに引っかかって、見事に大泣きしてしまった。涙と鼻水も出てしまって、鼻声になっている。
「う…うん。顔洗ってうがいして…ちょっと時間貰えれば、なんとか。」
「わかった。」
もう年末だ。収録を後ろに伸ばすのはなしだろう。蓮は番組のディレクターと話して、いったん休憩、ということになった。
俺は洗面台の備え付けられている小さな控室に移動させてもらった。マネージャーの鈴木さんは阿部マネージャーと少し話をする、と言って出て行ったので俺は一人になった。
顔を洗ってうがいをした。少し、声を出してみてなんとか行けそう、とほっとしたとき、控室のドアをノックする音が聞こえた。
「はい。」
そう呼びかけると、挨拶もなく扉は開いて、内鍵を閉める音がした。
「圭吾。」
部屋に入ってきたのは蓮だった。
「蓮…。」
蓮はあっという間に俺を捕まえて抱きしめた。何も言わずに、蓮は俺にキスした。長くて深いキス。ああ、これは息できなくて、溺れてもいいやつ…。
キスが終わると蓮は俺のおでこに額をぴったりとくっつけて、唇が触れるくらいの距離で囁いた。
「本当はまだ怒ってる。俺がなんで怒ってたか、わかる?」
「あの日、俺が寝ちゃって…。」
「違う、圭吾が俺に黙って帰ったからだ。」
「黙って帰ったから…?」
「普通、帰れって言われても、部屋まで追いかけて“ごめん”って抱き着いてくるだろ?」
蓮は俺をじっと見つめて、不満気な顔をした。
「あの、ツアーの後もさ…普通、俺の家まで来て、“辞めるな”っていって、抱き着いて止めるだろ?」
蓮の中で、”抱き着く”のはマストなんだろうか?とてもそれができるような雰囲気じゃなかった。しかも。
「だって、蓮は他の人と一緒に帰って行って…。」
「だから、余計行くだろ、普通。少なくとも連絡はするだろ?」
「そんなことしたら、うっとおしいかなって思って…。」
「何もわかってない、圭吾は。お前あの日もコンビニで、俺の好きそうなものを買って置いていっただろ?でも、俺が一番好きなものは置いて行かなかったんだよ。」
「一番好きなもの…?」
「上村圭吾。」
「え…?」
「ほら、わかってない。だから怒ってたんだ。ずっと。」
蓮はもう一度キスをした。軽く音を立てて唇を吸われた。甘い雰囲気だけど、蓮は不満気な顔のままだ。
「RE:PLAYの曲だってそうだ。思わせぶりで、誰のことかはっきりしなくて…イライラした。」
俺は、蓮の言葉にドキリとした。蓮は知ってた?知ってて俺に、ダイレクトメッセージ、送って来てた?
「蓮、あれが俺だって知ってた…?なんで…?」
「なんで…って、あれはまんま圭吾じゃん。俺のタブレット、お前がいつもいじってたから、キーワードで関連動画にすぐ出てきてさ…。アニメ画も似てると思ったけど、声なんかそのまんま…。圭吾、あれ、高音は圭吾がイク時の声だよ?」
「うそっ!?」
「本当…。それにRE:PLAYもほぼRELAYだし…。俺にばれない方がおかしい。」
「あれ、蓮へのメッセージだったんだ。俺の渾身のメッセージ…。好きだよ。蓮。好き。離れて初めてわかったんだ。傍にいたい。同じ空気を吸いたい。」
蓮と至近距離で見つめ合った。見つめ合ったらこれから歌うのに、また涙が溢れてしまった。
「泣くなよ。本当は…もう怒ってない。この間、コンビニで会ってキスした時に、全部許してた。この企画があってなかなか言えなくて…ごめん。」
蓮は俺が落ち着くまで、頭を撫でたり、涙を拭いたりしてくれた。
「今日、圭吾を連れて帰ってもいい?」
「うん。」
蓮は笑って、俺をぎゅっと抱きしめてから「先に行ってる」といって控室を出て行った。
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