第39話 ドッキリ企画、開始

 あっという間に、クリスマスがやって来た。今日は俺の誕生日でもある。

 そしてついに、RE:PLAYは俺だと、蓮のラジオ番組で蓮に告白する日だ。俺は緊張で朝から水しか喉を通らなかった。

 当日まで必死に練習したのだが、やはり「ベースボーカル」は断念した。ベースボーカルを実現すれば、きっと蓮も俺を見直してくれるとマネージャー鈴木さんは言ってくれていたけど、結果、できなかったのだ。忙しかったんだ…!と、沢山言い訳したい…!でも、蓮はどんなに忙しくても演奏で手を抜いたり、できないなんて言わなかった。

 だから言い訳は通用しない。その他、蓮と仲直りに使えそうな武器はない…。俺は昨日出来立ての「圭吾くん人形」と菓子折りだけもってラジオ収録に向かった。弱すぎる、装備が弱すぎる!!

 その日は年末進行のため二本どりで、最初の回はYBIのマコトが出演していた。ここからすでにドッキリ企画の仕込みなのだ。


 俺は楽屋で収録風景を見て、涙が溢れそうになった。だって、毎週、RELAYでやっていた時と、スタッフや景色は全然変わってない。ただ、RELAYがいないだけ。毎週番組は聞いていたけど、聞くのと見るのとでは情報量が全然違う。

 マコトに、動画を撮られて大丈夫だろうか?最悪、編集してくれると言っていたけど。本当に、怒らせない?上手くいけば、また話せるようになる?


 俺はぐるぐると考えながら、息を潜めて楽屋で待機した。


 一本目の収録が終わると、マコトが俺の楽屋にやって来た。そこで冒頭の、コメント撮りが始まった。


「圭吾くん、緊張しすぎじゃ無い?」

「うん。口から胃が出そう。」

「心臓じゃなくて?」

 マコトはカメラの前で朗らかに笑った。そしてすぐに少し真面目な顔になった。

「簡単に、RELAYがなんで活動休止、ほぼ解散したか、聞いてもいい?」

「えーと、たぶん、俺が…蓮を怒らせて。それだと思う。」

「何で怒らせたの?」

「蓮が曲を作ってる時、俺、漫画読みながら寝ちゃって。」

いや本当は読んではいなかったのだが、蓮はそう思っているから、そう言った。

「ははっ!それさ、お笑い芸人の”ネタ書いてない方芸人”みたいだね。芸人さんもさ、ネタ書いてない人がネタ作りの時遊んでるってよく怒ってるもん。まあ、ちょっと圭吾くんらしくて笑っちゃうけど…。圭吾くんはその事を蓮くんに謝って、仲直りしたい、って事であってる?」

「はい。俺、ソロになって、自分がどれだけ蓮に申し訳ない事をしたのか分かったんだ。だから、謝りたくて。」

「うんうん。それで、今日ソロ活動のことも言うんだよね?」

「はい。」

「ソロデビュー決まったんだよね。いつ?」

「えーと、メジャーデビューは来年なんですが、年末に動画の配信があります。」

「このラジオの少し前になる?」

「ラジオ放送の前日にタイムリープという曲の動画が配信になります。」

 マコトが撮っている動画は、”悪役令息、皇帝になる”の劇中曲”タイムリープ”の動画配信後、ラジオの放送前までに配信される予定だ。視聴者は、タイムリープで俺のソロを知った後、マコトの動画を見て、ラジオを聞くことになる。

「蓮くんは、今日、ゲストが来ると思ってますが、圭吾君だとは思ってない。」

「そうなんです。俺のソロ名が、RE:PLAYなんだけど、まだ顔出ししてなくて。その人が来ると思ってます。」

「じゃ、早速蓮くんの所に行って、サプライズしよ!」


 マコトは一旦そこで、カメラを止めた。


「圭吾くん、そんなに緊張しなくても大丈夫だよ!いざとなったら編集できるから!」

 マコトは俺の肩をポンと優しく叩いた。その刺激だけで俺は、吐いてしまうんじゃないかというくらい緊張していた。全部正直に謝って、できれば許してもらいたい。そしてまたRELAYができたら…。そんな欲張りなことを考えていたから。


 俺は打ち合わせをするスタジオの前室で、蓮と会うことになった。マコトは部屋の前までしかついてこないらしい。スタジオの前室には、カメラを固定して置いてあるようだ。

 俺は扉の前で蓮に謝るイメージを膨らませて、何回も深呼吸した。

 ラジオ番組のディレクターの合図で、一緒に部屋に入る。ラジオ番組のディレクターは蓮に「RE:PLAYさんです!打ち合わせお願いします。」と声をかけた。

 座っていた蓮は、立ち上がって、入り口から入った俺を見て目を見開いた。

 

「圭吾?なんで…?」


 蓮の表情が曇ったのが分かった。俺はその瞬間この後の展開が恐ろしくなったが、もう引き返せない。


「え…っと、RE:PLAYは俺です。なかなか言えなくて、ごめん。」


 俺は蓮の顔を見ながら謝罪した。蓮の表情は曇り…を通り越して、雨、いや、雷。眉間にどんどん皺が寄っていく。


「それで今日は…。」


「ちょっと待って、圭吾が来る、って俺は聞いてない。どういうことか説明して?」

 蓮は俺から目をそらすと、ラジオ番組のディレクターに話しかけた。声がもう、怒っている。蓮の怒りを察知した俺はもう泣きそうだったが、根性で耐えた。もし仲直りできたら一緒に歌を歌うはずだから、泣くと、声に影響がでる。


「なんでコイツを呼んでるわけ?俺、番組始めるときに言ったよね?圭吾とは無理だから、一緒ならやらないって。それでさ、俺単独の番組が始まったんじゃないの?」


 そういう経緯で始まったんだ。そして俺、やっぱり共演NGだったんだ。いや、薄々、予想はしていたけど本人から聞くとやはりダメージがでかい。


「コイツの曲だったの、あれ?だったらもう無理だから、帰ってもらって。ていうか、圭吾。お前も良くこれたよな?俺を騙してて、楽しかった?」

 蓮は心底嫌そうに、冷たい表情を崩さない。蓮は冷たそうに見える美形だから…連に冷たい表情をされると俺は凍りつきそうになる。

 俺はそれを何とかこらえて、なるべく冷静に蓮に話しかけた。

「蓮、ごめん。蓮が怒るのも当然だ。俺は本当にRELAYで何もしてこなかったって、一人になってみてようやく分かったんだ。どれだけ蓮が大変だったか。それに…。」

「それに?」

「どれだけRELAYが大切だったか…。」

「今さら…?」


 蓮はため息をつくと、俺を見もせずに部屋を出て行った。番組のスタッフ達が「蓮さん!」と慌てて後を追う。


 俺は顔から血の気が引いた。茫然と立ち尽くしていると、マコトが入って来て、俺の肩を抱いた。

「ごめん、想定外だった。蓮くんがあんなに怒るなんて…。」

「いや…。」

 仮想現実の蓮とのやり取りで、“嫌われてる”ってことを忘れかけてたのかもしれない。蓮が俺をこの業界に引き込んだ責任感で面倒みてくれてたのも、いいように変換していた。鈴木マネージャーも神谷プロデューサーも蓮はやる気のない圭吾が嫌いだったっていっていたのに...。

「圭吾くん。ごめん。いったん、控室にもどろっか…。」

 マコトは俺を、控室まで連れて行ってくれた。そして「ちょっとスタッフさんと相談してくる。」といって出て行った。

 鈴木マネージャーも出て行ってしまい、俺は一人残された。

 たぶん、蓮を説得しているんだと思う。それはまるであの、蓮がRELAYからの脱退を宣言した、アリーナツアーの後のようだった。悪夢、再び…。

 俺はもう、溢れる涙を止めることが出来ず、嗚咽を漏らした。

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