第38話 れんけいって連携?
あのビートルズのポールマッカートニーも「世界中のベースボーカルの中で一番練習している」と発言しているくらい、ベースボーカルは難しいのだ。それを知ってほしい。俺が言いたいのはそれだけ。
俺の練習の様子を見た陽菜はクスクスと笑っている。
「あの、なんで陽菜さんがここに?」
「圭吾くんが事務所の会議室で練習してるって聞いたから遊びに来たの。ちょっと報告もあって。」
陽菜はそういいながら、お菓子の袋を開けた。
「圭吾君、ちょっと休みなよ。すごい下手だよ?」
“ちょっと休みなよ”と“すごい下手”の関連性なくない?それってただの悪口じゃない?俺も下手なのは自覚がある。歌おうとすると、ベースも歌も下手になるんだ。俺は項垂れて、陽菜の前のパイプ椅子に腰を下ろした。
「ベースはともかく、この間圭吾くんが出した歌詞の案は好評だったのよ。あの案のまま進めましょう、ってことになったんだけど。」
「なったんだけど?」
「蓮くんに”自分で考えたのか?”って脅されて、圭吾くんが出した案だってゲロったわけ。ねえ、なんでばれたと思う?」
以前の歌詞とテイストが違ったから、察しの良い蓮は気が付いたんだろうか?
「で、圭吾くんの案を蓮くんがまとめるってことになったんだ。私のファインプレーで作詞作曲”れんけい”になったって訳!」
「れんけい?」
「れんとけいごでれんけい!不仲のはずの二人が書いたとなったら話題になるじゃない!!」
「え?!」
陽菜の報告に俺はパイプ椅子から転げ落ちるかと思った。これ以上、俺の悩みを増やさないで欲しい。
「あと聞きたかったんだけど、RELAYって、れんけいが連携だからRELAYなの?」
「れんけいだからRELAY?」
「だからー、れんけいが連携でしょ??」
陽菜は紙に”連携”と漢字で書いて”れんけい”とルビをふった。
「RELAYってリレーでしょ?そういう意味じゃないの?」
「RELAYは中継とか、伝達するって意味で…みんなを音楽で繋ごうみたいな意味だって、蓮は…。」
「えー、そうなの?あ、本当だ。”連携”だと、”
陽菜はスマートフォンを見ながら「いやでも、今回圭吾くんが案を出して蓮くんにリレーしたってことになる!売れるわーこれは!」と、勝手に盛り上がってにやにやと笑った。実に商魂逞しい...が、俺は呆れた。
「でも圭吾くん、なんでこんな所で練習してるの?」
「あー、今、俺ビジネスホテルに住んでて。壁が薄くて、何も出来ないから。」
「なんで?」
「マコトくんと写真誌に載った後、たぶんマコトくんのファンの子たちが家に来ちゃって。家族に迷惑かけられないから今、とりあえず実家を出てビジネスホテルに…。」
そうなのだ。若い女の子たちが俺の実家に来て、ゴミを放置したり問題を起こしたため、実家にいられなくなってしまったのだ。部屋を探す間、とりあえずビジネスホテルに宿泊しつつベースの練習は防音になっている事務所の会議室を借りている、というわけ。我ながら、情けない。
「本当に家出少年じゃん!ネカフェだったら完璧だったのに!」
「それは流石に…。だから事務所がホテル借りてくれた。」
陽菜はまた、腹を抱えて笑っている。ひとしきり気のすむまで笑った後、陽菜は仕事の時間だから駐車場まで自分を送るように、俺に指示を出した。俺はもう怒ることも抵抗することも諦めて従った。
会議室を出ると、ちょうど向かいの部屋のドアも開いて人が出てきた。部屋から出てきた人物を見て俺はまた心臓が止まるかと思った。
「あ!蓮くん!」
「陽菜さん?何やってるの?今日打ち合わせじゃないよね?」
「うん。今日は圭吾くんに会いに来ただけ。」
俺は二人のやり取りに入って行けず、立ち尽くしていた。蓮は俺を見てため息をついた。
「いくら事務所だっていっても、二人で会ってさ…。まずいんじゃない?それとも今の仕事、写真誌に載ることだけ?笑い声、うるさすぎ。こっちは仕事なんだけど?」
「ご、ごめん。そういうつもりじゃ…。」
俺が言い訳しようとすると、蓮に睨まれて何も言えなくなった。蓮が怒っている。それはわかった。
なんだかこれ、あの日と似ている。蓮を怒らせた、あの日。蓮が仕事していたのに俺が寝てしまったあの日...。
蓮は俺たちを一瞥すると、そのままどこかへ行ってしまう。
「圭吾くん、私のせいでごめん。でもさ、私の曲が発売される時は"れんけい"二人仲良くいっしょに宣伝して?」
陽菜は去り際、何も知らないくせにメチャクチャな事を要求してきたので俺は何度目かのため息をついた。
そんなに簡単じゃないんだ…。
この間、コンビニで会った時キスしたから、ひょっとしてこのまま仲直りできるかもなんて思ったりしていた。でも今また、怒らせた…。いや、そもそもあの日のことだってちゃんと謝ってないし許してもらってない。本当に馬鹿だ。俺は。
“行き詰ったら、気分転換”。…蓮が教えてくれた通り俺はそのまま、駅に向かって歩いた。
街はクリスマスの装飾であふれかえっていて、なんだか道行く人も浮足立って見える。
クリスマスは俺の誕生日だ。今年の誕生日も仕事だろうか?仕事の方が、寂しくなくてありがたい。芸能の仕事をしていると、クリスマスはだいたい仕事だから、毎年蓮と、メンバー達に誕生日を祝ってもらえた。
幸せって、失ってみて初めて気付くって本当だ。
吐き出した息は白く煙った。もうすぐ雪が降るかもしれない。より一層寒くなった。
悴む手の中で、スマートフォンが少し震えた。画面を開くと、メルリのSNSへ通知が来ていた。期待半分、不安半分SNSを開いてみると、蓮からだった。
“ラジオ出演してもらえると聞きました。ありがとう。”
ありがとう、なんて…。さっき蓮に睨まれたことを思い出して俺は複雑な気持ちになった。
“がっかりさせたらすみません。”
実際会ってみたら、ベースを弾きながら歌えない圭吾だったってオチ、蓮はがっかり通り越して怒るかもしれない。それを想像して俺は先に謝った。
“しないよ、がっかりなんて。”
ところが、するんだよ。さっきも怒ってた。
“収録の時、歌ってくれるって聞いたので、俺も弾けるように練習しています。”
そうなの?それでさっき、向かいの部屋にいた?
俺は感動していた。蓮なら練習しなくても弾けると思う…。なのに練習してる?それなら俺はもっと練習しないと。
“あと、今なにか欲しいものありますか?”
“欲しいもの?”
“収録の日、クリスマスだから、クリスマスプレゼント用意しようと思って。何がいい?”
クリスマス...。俺の誕生日でもある。
じゃ、何もいらない。蓮と一緒にいられるなら。それだけでいい。
“一緒に演奏してもらえるだけで、それがプレゼントだから。”
俺はそう返信した。本当にそうなんだ。蓮がいるだけでいいんだ。
蓮からは“何か思いついたらメッセージして”と返信があった。
俺は“やる気のない圭吾”を挽回して、なるべく当日蓮にがっかりさせないようにしようと再び決心した。出来たらちゃんとあの日のことを謝って、出来ることならまた...。それは高すぎる望みだろうか?
だから俺は、“ベースを弾きながら歌う”練習に専念しようとした。
しかし、俺の想像より今の俺には仕事があった。
劇中歌として再レコーディングされた“タイムリープ”動画の最後にリアルの俺の動画を差し込むことが新たにきまり、急遽動画の撮影を行った。。
動画撮影の後は、ゲスト声優として“悪役令息、皇帝になる”に出演することになった。村人Bとしてこっそり出演して、放送の際、「圭吾君はどこにいたでしょうか?」というクイズを実施するらしい。正解するとメルリ風の俺の人形が抽選でもらえるというプレゼント企画になっているようだ。
「俺の人形とかいる?!」
そもそも応募ある…?ていうか、忙しくて練習時間がとれない…!!
そんな俺の不安はよそに、人形は作成されてしまった。
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