第37話 ベースボーカル

 しばらく悩みながら過ごしたが、結局、自分では答えが出せないと悟り、マネージャーの鈴木さんに相談した。


「そっか。そろそろ、蓮くんにも言うタイミングかもね。それにさ、蓮くんのラジオで発表できれば一番いいよね?だってあの番組、もともとRELAYの番組だったんだし。」

「で、でも…。」

 事務所の会議室で、マネージャーの鈴木さんはコーヒーを啜りながら少し難しい顔をする。

「圭吾くん、解散の時、蓮くんと上手く行かなくなってたんだろ?それじゃ圭吾くんからは言いにくいよな。大丈夫。俺からそれとなく言ってみるから。少し待ってて。」

 鈴木さんは俺を安心させるように優しく微笑む。

「いずれセッティングするよ。スケジュール、入れちゃっていい?」

「は、はあ…。」

 俺は鈴木マネージャーに蓮との話し合いの場を持つと言われて、時限装置付きの爆弾を手渡されたような気持ちになった。

 蓮に正体がばれるまでのカウントダウンが、ついに始まってしまった…。



 先行して動画配信する“タイムリープ”の歌詞の変更案が通るとすぐにレコーディングが始まった。レコーディングは皆、プロが集まって作るのだから早い。俺も一応プロの端くれだし、歌とベースを録音したけど、二日で終わってしまった。

 その後、サムネイルの作成が行われた。そこには本物のアニメキャラメルリと俺版のメルリが一緒に収まることになった。“悪役令息、皇帝になる”スタッフが俺のアニメ画を起こしてくれることになったのだが、そこで問題が発生した。


「え?!ベース弾きながら歌えない?!」

「そうなんです…だからサムネイルがベース持ってる絵だと、実際ライブとかする時に誤解を生むかな…って。」

 そう。俺はベースを弾きながら歌を歌えないのだ。俺が当初メルリにベースを持たせた絵を作った時はリアルでパフォーマンスすることを想定していなかった。

 それを聞いたアニメスタッフ達は明らかに顔が引き攣っている。

「でも、もういい感じに完成しちゃってて。どうしても弾きながら歌うってできないんですか?」

 アニメスタッフは俺に“絵に寄せてこい”とやんわり言ってきた。そうだよね、俺もできればそうしたい。そうしたいんだけど。ベースは単音で歌の音と異なるから、弾きながら歌うのがとても難しい。RELAYの時からコーラスさえできないのだ!俺は!

「じゃ、ライブの時は一応、弾くふりするっていうのは…?」

 え、それ恥ずかしいやつじゃん…。テレビやメディアはともかく、ライブで弾かないのに持つって…それはない!と、俺は渋ったのだが、マネージャー鈴木さんはそれが落としどころだと思ったようで「それでいきましょう!」と言った。


 でもまだ、生で歌う番組に呼ばれるとしたら、映画の宣伝時期だ。公開までまだまだ時間はある。練習すれば、何とかなる…多分…。


 

 しかしそれは甘い考えだった。


「え?蓮のラジオ番組に出演する?!」

「そう!俺のWEB番組と蓮くんのラジオ番組がコラボすることに決まったんだよ!」

 事務所の会議室に、マコトと俺のマネージャー鈴木さん、それに蓮のラジオ番組のディレクターも顔を揃えた。

 マコトはもともと、俺と蓮の仲直り企画として、俺を蓮のラジオ番組にサプライズで登場させようとディレクターに接近していたらしい。そこにマネージャーの鈴木さんがRE:PLAYの顔出しを蓮のラジオでできないか、という相談をしたので、二つを一緒に実現させよう、ということになったようだ。

 つまり、俺がサプライズで蓮のラジオに行って「実はRE:PLAYは俺だよ!」と告白するドッキリ企画だ。

 俺が謝って仲直りしたら、一緒に曲を演奏するらしい。


「でも、仲直りできなかったらどうする?」


 俺が不安になって尋ねると、マコトは自信ありげに言った。

「大丈夫だよ。動画のカメラも入るから、蓮くんも空気読むでしょ、たぶん。」

 ラジオのディレクターもなんだか自信満々だった。

「だってそもそも蓮くんはRE:PLAYを気に入って、オファーしてたくらいなんだから。蓮君が”悪役令息、皇帝になる”の原作漫画読んでるところも見たことあるし、仲直りできるよ、たぶん。」

 二人とも自身ありげなのに、「たぶん」っていう語尾が俺はどうにも気になった。すると鈴木さんも自信満々に言った。

「圭吾くんがベース弾きながら歌ったら、やる気のない圭吾くんが嫌いだった蓮くんも感動するだろうから、絶対仲直りできると思うよ!」

 鈴木さんは「たぶん」を付けなかったが、その”ベース弾きながら歌ったら”っていう条件が難しいのだ。しかも蓮が俺を嫌いだったって、さり気なく、しかしはっきりと言い切ってるし!!

「む、無理ですっ!」

 もう、出演まであと二週間ないのだ。絶対無理…!

「でもさ、ビートルズのポールマッカートニーはベース弾きながら歌ってるよ?」

「ちょ…鈴木さん…!!!俺と世界屈指の天才を比べないでもらっていいですか?!」

 何せおれは音大出ではない、Fラン大卒のベーシストなのだ!

 俺の様子を見たマコトは、不思議そうに首を傾げた。

「でもさ、圭吾くん。ベース持たないとすると歌う時どうするの?棒立ちになっちゃわない?踊ったりできる?」

「う……。」

 そうなのだ…。ベースを弾かないと、俺は多分棒立ちになる。

「ギターとか、ピアノはどうですか?和音が出てくるからそっちの方が弾きながら歌いやすいんじゃない?」

 ラジオディレクターさんはそう提案してくれた。しかし。

「ギターもピアノも弾けません。」

 俺の答えを聞いた三人は「ああ~」とため息をついた。やっぱりやるしかない!特訓するしかない!バンド加入以来の、過酷な練習の日々がまた始まった。

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