第36話 陽菜の黒歴史

 俺は歌詞の直しを何度かして、また事務所の会議室に向かう。

 すると、会議室には陽菜が待っていた。陽菜はなんと、以前鮎川さんの美容室で撮影した俺の宣材写真を吟味している。耳のついたカチューシャを付けている写真は「狙いすぎ」と言って却下した。

「いや、こんなことしてる場合じゃないのよ!」

「どんな場合?」

「今別室で、蓮くんが待ってるんだけど。」

「え?蓮が?!」


 そう、と陽菜は頷く。


「圭吾くん、一緒に来てよ!実は二枚目のシングルの歌詞、今日蓮くんと打ち合わせの予定なんだけど全く出来てなくて。」

「歌詞が?」


 陽菜のドラマの視聴率が良かったので、来年スペシャルドラマの放送が決まったらしい。それに加えて新曲のリリースも決まって、今日は歌詞の締切だったんだとか。陽菜のドラマはリアルっぽいのが売りの青春群像劇。だから作曲が蓮で、作詞が陽菜らしいのだが…。


「前回もなかなか書けなくて。その時の今泉蓮といったら、めちゃおそろしかったんだから!」

「え、でも仲良く詩を書いたって、写真誌に。」

「あんな記事信じないでよ!あれは、話題作り!ていうかほぼ黒歴史!マンションまで行って、そのまま帰らされたんだから!」

「そのまま帰らされた?」

「そうだよ!木村陽菜をマンションの裏口でタクシーに乗せたのあいつが最初で最後だと思うよ!?」

「そ、そうなんだ…。」

「あー?!圭吾が笑ってる!許せない!!」


 蓮の部屋に入らずに帰ったと聞いて、俺はつい喜んでしまった。でもなんで、部屋に入れなかったんだろうか?


「罰として、歌詞考えて?!」

 陽菜はそう言うと、スマートフォンを取り出す。どうやらデモ音源をかけるつもりらしい。さすがに黙って見ていた、俺のマネージャー鈴木さんが止めに入った。

「陽菜さん!さすがにそれはちょっと。レコード会社と番組側との契約もあるでしょうから!」

 しかし陽菜は止まらない。「そうなったらそうなったよ!」とあっけらかんとしている。スマートフォンからは、ロック要素もあるけどポップなミディアムバラードが流れて来た。 

 …RELAYではきっと作らなかっただろう曲。

 俺は思わず聞き入ってしまった。


「ドラマは、仕事に恋愛…リアルな青春がテーマなのね?だから、日常でドキッとする瞬間を歌詞にしようって会議では決まってたんだけど。」

「なるほど。」

 確かに、一曲目もそんな感じの曲だった気がする。

「あなたがいるとしあわせ♡的な歌が求められてるんだ...けど、想像つかなくて。」

「ああ~、“きみのいる日常はパラダイス~♪”みたいな感じ?」

「おっ!いいね!」

「“喧嘩したら地獄~♪”」

「圭吾くん、いいよ!その調子!」

「いい?ちょっと、地獄はやばくない?」

「いや、ポップでよかったよ?」

 地獄がポップなわけない。俺が案を出して陽菜が突っ込むというやり方で、二人で話しながら、原案を作成する。ああ、これがあの日、蓮と出来ていたら、とまた後悔した。

 

 陽菜は俺が出したアイディアを持って席を立った。

「やっぱり圭吾くん付いてきてよ!圭吾くんは蓮くんの厳しさをわかってない。」

 陽菜はそういってから首を傾げた。

「圭吾くんが蓮くんの厳しさを知らないってことはさ、蓮のやつ、圭吾くんには優しいってことなの?」

「え、わかんないけど…。」

 確かに俺は、蓮が特別厳しいとは思わない。じゃあ、俺には優しいんだろうか?厳しいって言うのは個人の主観だから実際どうなのかは分からないけど…。俺は蓮の笑顔を思い出して赤面した。

 陽菜は聞いたくせに俺の答えを聞かずに、さっさと部屋を飛び出していってしまう。


 陽菜が出て行った後、俺はマネージャーの鈴木さんと少し打ち合わせをしてからレコード会社に向かった。今日は歌詞の直しと、俺の顔出しのタイミングを話し合うことになっていた。

「出来たら、RELAYでお世話になったところで発表したいなと思ってまして。今、圭吾は週刊誌にでたりSNSの話題にランクインしたりしてる中、主題歌歌うとなっとら注目されるんじゃ無いかと思うんです。だから、RELAY解散に当たって迷惑をかけた所に恩返ししたいな、と思ってます。」

 俺のマネージャー鈴木さんは、先ほど俺と話した内容をレコード会社の人たちに伝えた。

「まあ、そうですよね。そうすると、音楽番組、雑誌…。」

 レコード会社のスタッフは候補を指折り数えた。俺はその指をじっと眺めていた。結構たくさんあるんだな、と。RELAYの時、取材や宣伝は蓮一人ってことも結構あって、蓮は忙しかったっけ。ああ、俺って本当に、反省することだらけだな。

 その場で俺の顔出し場所は最終決定とならず、いったん今来ているオファーを整理して検討しようということになった。

「映画の方にも沢山問い合わせが来ています。早いとこ、レコーディングに入りましょう。歌詞のチェックが終わったらまたご連絡します。」


 打ち合わせを終えた俺はマネージャーに車で家まで送ってもらった。マコトとの一件があってから、若い女の子に囲まれるようになって、電車に乗れなくなったのだ。

 蓮はだから、車移動が多いんだろうか。自分の車で来た日は、ついでに俺も送ってもらってた。送ってもらいたくて、蓮の家の近くに住んでいたんだった。RELAYが解散して実家に戻るまで、ずっと。


 実家に戻ると、同じマンションの知らないおばさんが俺に声をかけてきた。

「ねえ、圭吾くんって、あのRELAYの圭吾くんだったの?」

「あっはい。」

「そうなの?!この間さ、女子高生みたいな子がうろうろしてたよ?しかも、ペットボトルのゴミとか、放置されて。困るわー。あれ、辞めて欲しいんだけど。何とか出来ない?」

「え…そうなんですか。すみません。」

  女子高生が、何で?先日のマコトくんとの記事かなあ…。この辺りは通勤圏内ではあるけど都心からは少し離れている、平和な街なんだ。そんな所に人が集まるのなんか、住民は嫌だろうな。

 このまま実家にいるのはまずいかもしれない。また引っ越すとしたらどこがいいんだろう?また、蓮の近く、と言うわけにも行かないだろうし。


 部屋に戻って、ベットに横になって物件情報でも見ようとスマートフォンのロックをあけると、メルリのSNSに通知が来ている事に気がついた。


 蓮だ。


 “曲を作ったので聞いて欲しい”

 メッセージと共に、20秒ほどの短い動画がついていた。歌は入っていなかったけど、蓮のギターの音に胸が熱くなった。ソロで歌う曲?それともまた、楽曲提供?

画像は音をとるだけのものらしく、ほぼ天井しか写っていない。天井だけだけど、ギターを弾く蓮がいる天井に目が釘付けになった。


 動画を何回も繰り返し再生して何回も聞いた。すごく良かった。だから、興奮気味に、すぐに返信した。


 “すごく良かったです”


 本当は絵文字も使いたかったけど、それは俺ってバレた時に引かれるかもと思って躊躇した。でも本当は、ハートマークを沢山送りたい気持ちだった。

 蓮からはまたすぐに返信があった。


 “今話題のRE:PLAYさん的には、具体的にどこが良かったですか?参考にしたいんですけど。”


 俺の真似をした質問が来て、ほっこりした。


 “メロディーと、ギターの演奏、全部すきな感じです。”


 俺も蓮の真似をして返した。だけど本当だよ。本当に好きなんだ。


 “ありがとう。これRE:PLAYさんに歌ってほしくて作りました。”


 え、本当に?嬉しいけど、どうして?


 “だから会って話がしたい”


 蓮、でも相手、俺だよ。お前がブロックしてる、圭吾なんだよ。

俺はそう思うと、返信ができなかった。


 しばらく返信できないでいると、蓮から

 “もう、待たないことにしたから” というメッセージが届いた。



 俺はその後、そんなに時間を置かずに”もう待たない”の意味を知ることとなった。

蓮のラジオ番組から、出演依頼のダイレクトメッセージが届いたのだ。


 蓮、俺のことラジオ番組のスタッフに話したんだ...。


 断ることもできるけど、そこまでしてもらって、いつまでも隠して置けない。しかも、いずれ顔出しのタイミングが来る。早めに言って、謝ったほうがいいんじゃないか?

 蓮に俺だって正直に言おう、いや待て、少しでも長く蓮と交流していたいから黙っていよう、と、両方の気持ちに苛まれた。

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