第31話 レクイエム
俺はもう一度頑張って、神谷プロデューサーの件を解決させようとしたのだが、その前に、事務所の会議室にまた呼び出されてしまった。ーー恐ろしい。
俺は恐怖に震えながら、ダンジョンに潜るみたいにそっと会社の会議室の扉を開けた。
今度は阿部マネージャーと新城チーフ、どちらも姿が見えない。
会議室には見たことがない、おじさんが二人。
俺は緊張した。
「圭吾くん、大変な目に合わせて、申し訳なかった。」
おじさんのうち、一人は俺に深々と頭を下げた。
「蓮に聞いた。阿部君が、君の連絡先を神谷さんに勝手に教えて、性的関係を迫られてたって。そういうことから、君を守るのが事務所の仕事なのに、申し訳なかった。神谷さんとのことは事務所が責任をもって解決するから。圭吾くんからは連絡しなくていいよ。」
え、蓮に?て、いうか情報が誤って伝わってる。きっと言ったのは藤崎だな、と俺は思った。俺の返答は待たず、そのおじさんは話を続けた。
「社長も動いてくれたから、もう安心していいよ!圭吾君!」
社長?!このおじさんは社長だったらしい。そういえばどこかで見た気がする…。
「阿部君も新城君も、蓮の仕事で手一杯で放置してたみたいだ。だから圭吾君には新しいマネージャーをつけるから。」
社長は隣のおじさんに視線で合図した。
「鈴木です。よろしく。」
つまり二人いたおじさんのうち一人は社長で、もう一人は俺の新しいマネージャーらしい。
「でもその、俺、仕事が全然ないのに…。」
「いや、少し前からオファーは沢山来ていたんだ。全然、返答できていなかったみたいで本当に申し訳なかった。それで週刊誌の件も、何も対応できていなかった。まあ、あんなもの出てもどうってことはないだろうけど。向こうも。」
「は、はあ…。」
「他の事務所から、業務提携の話も来てるけど、RELAYのこともあるし圭吾君にはこのままうちで活動してもらいたいと思ってる。それでいいだろうか?」
社長はまた深々と頭を下げたので、俺は恐縮した。
「俺も、そうしたいです。よろしくお願いします。」
「いや、よかった。そうしたら早速、今後の方針を決めようか。ドラマにバラエティ、沢山オファーが来てるよ。」
「あ、その前に、一つ相談がありまして。」
「相談?」
二人はきょとん、とした。俺はRE:PLAYで受けている劇場版主題歌のオファーの話を二人にすすと、二人はますます目を丸くした。
「圭吾くん、凄いじゃないか。再生回数もこんなに…!もっと早く言ってくれたら…いや。言えなかったんだよな、本当にすまなかった。今後は、こんなことないようにするから。」
「いえそれは、殆ど偶然なので…。あのそれで、お願いがあります。デビューするにあたって、顔を出さないこと、って出来ますか?」
「このままアバターで行きたいってこと?」
「はい。RELAYのメンバーにも秘密にしてほしくて。」
「何で?正直、君のビジュアル見たら、レコード会社は顔出ししようって言うと思う。既に、RELAYの圭吾が実はイケメンだったって盛り上がってるところだしね。」
「はあ…。」
「何で顔出ししたくないの?理由は?」
社長と新マネージャーの鈴木さんは、俺の答えをじっと待つ。
「えー、と、その。蓮から、ラジオに出ないかってDMもらってたんですが、俺じゃないふりしちゃってて。」
「なんだ、そんなこと?」
「そ、そんなこと?!」
「じゃ、こうしよう。しばらく蓮君には秘密にしようか。サプライズで驚かせても、盛り上がりそうだし。」
「そうですね、リリースまで箝口令敷いておきます!!」
鈴木さんは「忙しくなるぞー」と楽しそうだ。後々顔出しすることを前提に話が進んでいたが、それ以上反対できなかった。話が大きくなれば知っている人も増えるんだ。人の口に戸は立てられないから、このまま隠しきれないと思った。
蓮と今、楽しくメッセージをやり取りしているけど、俺だって分かった時…蓮はがっかりするだろうか?がっかりするというか、騙されたって怒るかもしれない。
この仕事をやり遂げて「やる気のない圭吾」を挽回できたとしても、俺が蓮をだましてやり取りしてた事実は消えない訳で...。蓮が俺をまた幻滅するんじゃないか、そう思うと目の前が暗くなっていく。
新マネージャーの鈴木さんは仕事が早かった。
最速で、レコード会社との打ち合わせがの場が持たれた。レコード会社はRELAYと同じレコード会社がいいだろうという事ですぐに契約がまとまり、担当はRELAYの時とほぼ同じ。
皆んな、始めから俺の顔出しを前提で話し合いを始めている。
「俺なんかが顔出しても、面白いですか?できればこのまま、アバターではダメですか?」
「圭吾君、絶対顔出しした方がいいよ!だって噂のイケメンがさ、こんなキュンとする曲歌ってたなんてサプライズ、女の子は絶対食いつくよ!今はアニメファンだけだけど、更にファン層広がるから、絶対顔出した方がいい!でも、発表するタイミングが難しいよね…。」
俺はレコード会社の担当の一人にそう言い切られてしまい、言葉を続ける事ができなかった。やっぱり、身バレは避けられそうにない。
レコード会社と映画制作会社、3社での話し合いで、劇場版用の曲を書き下ろす事になった。そのデモを聞いて、正式に契約するか決定するらしい。
俺は既に制作済みのものを採用して貰えると思っていたのに、期日までに新曲デモを完成させろ、と言われて焦った。今までは思いついたものを勢いで好き勝手に作っていたけど、今回は期限までに相手の要望に沿った物を仕上げなければならない。
これがプロなんだな。俺は今更ながら、蓮って本当に凄かったな、と実感した。
新曲作りは難航した。劇場版の台本や資料を何度も読んで、考えれば考えるほど迷走した。
「まだ、何もできてない?」
「すみません。こんな風に、台本をもらって、そのイメージで作るって事が初めてで。」
「ちょっと、何やってんのよ!圭吾〜!私のオーディションも蹴ったくせに!」
俺はまた事務所の会議室に呼びだされていた。まだ何も出来ていないという俺にマネージャーの鈴木さんは優しく、「スタジオを用意しようか?」など色々提案してくれた。
しかし、鈴木マネージャーの隣に座った可憐な美女は、また俺を叱りつける。
「何にも出来てないって、締め切りまで後、何日なのよ?!」
「えーとあと五日…でも、今回はデモだし、MIXは自分でしなくていいって。」
「あのさぁ、見通し甘いんじゃない?締め切り当日に出来たー、じゃダメよ!そこから推敲する時間はいつ取るのよ?!」
「う…。」
俺が言葉に詰まると、その人は美人らしからぬ、大声で笑った。
「あー、圭吾くんをいじめるのは楽しいわぁ〜。」
「陽菜さん、お手柔らかにお願いします。」
鈴木マネージャーはやんわり、陽菜を諌めてくれた。陽菜は仕事の内容を詳しく知らないくせに、鈴木マネージャーの隣に堂々と座り、なおも続ける。
「圭吾くんがソロなんて、頼りなさすぎる。今からでも遅くないから、私の弟オーディション受けてよ!圭吾くんなら素で、私の弟だよ?」
「俺も自分だけじゃ頼りないとわかってるんだけど、出来る限り頑張ろうと思ってて。」
「だから出来てないじゃん。全然。」
「う……。」
俺が言葉に詰まると、鈴木さんは違う話題に変えて、助け舟をだしてくれた。
「圭吾くん、YBIマコトくんのWEB番組の出演依頼と企画書がきたよ。でも、企画内容がさ、”RELAY解散をベース圭吾が語る”でね…。これはちょっとNGかなぁ?」
「でも、それって絶対聞かれるでしょ。ソロになったら。蓮くんも最初の頃、絶対聞かれてたよ。」
また陽菜は突っ込んだ。確かに。その質問はどこに出ても絶対聞かれるはずだから、避けられない気がする…。
「それはそうですけど、圭吾くんは器用に立ち回れるタイプじゃないから。」
鈴木さんはまた、助け舟を出してくれて、にこっと笑った。
「先方には私から、企画を少し変えられないか話してみます。」
「すみません。俺からもマコトくんに話してみます。」
「あと陽菜さん、そろそろ蓮くんも来ると思うので、あちらの部屋に移動をして頂けますか?」
鈴木さんは陽菜に、部屋を移動するように促す。。いや、その前に待って、蓮が来るの?!陽菜は「はぁーめんどくさい。」と立ち上がった。
「蓮が来るの?」
「うん。番宣のロケで待ち合わせさせてもらったの。場所がここからの方が近いらしくて。少しここで打ち合わせしてから出発するんだよ。なに、圭吾くんも行く?」
陽菜は無邪気に笑うが…、今カノと蓮と、挟まれて平常心を保つ自信が俺にはない。俺は荷物を持って、一緒に立ち上がる。
「すみません、鈴木さん。また連絡します!」
俺は陽菜が止めるのも無視して、会議室を飛び出し、何とか蓮と鉢合わせしなくて済んだ。あんなに会いたいと願っていたのに、自分から逃げ出して、会えないなんて。でも、もし蓮が俺の前で今カノを「陽菜」と呼び捨てにして、俺にしたみたいに笑いかけたら、そんなシーンを想像しただけで俺の脳裏には
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