第32話 抱いてくれ!
事務所を出て駅に向かっていると、スマートフォンが鳴る。
一瞬、蓮からかと思ったが違った。
前みたいに、圭吾、いたんなら顔出して行けよ、って言われるのかもなんて、一瞬でも思った俺はバカだ。
画面には愛しい人ではなく、”落日のディア”と表示されている。また番号流出...。俺はもう、犯人探しは完全に諦めた。
「もしもし、圭吾くん?あたし、静香!」
神谷プロデューサー行きつけのキャバクラのキャバ嬢、静香からだった。静香はいつもより深刻な声で相談がある、と言って、俺に落日のディアに来るように言った。俺が断ると、静香はさめざめと泣き出した。
「圭吾くんとのいざこざで、あの人仕事がまずい事になったみたいで、私、すごい攻められてるの!毎日責任取れって、ストーカーみたいに店に電話がたくさん来て…。助けてよ!圭吾くん!」
まずい。関係のない、静香が逆恨みされてしまうなんて!俺はそれを放っておくことは出来ないと、勇者でもないただの村人Bのくせに、戦場―落日のディアーに向かってひとり、駆け出した。
「圭吾!お前なあ!蓮にちゃんと訂正しろよ!」
「訂正って何をです?」
「俺が無理やりお前を…ってやつをだよ!何にもしてねーだろーが!」
「え?!何にもしてない?!」
そう、落日のディアには全く反省していない様子の神谷プロデューサーが待ち構えていた。俺は静香に嵌められてしまったのだ。でも、勇者気取りで女神を救出しようなんて、驕った考えを持った俺がバカだったんだ。神谷プロデューサーは蓮が、俺たちの事務所の社長に誤解されるようなことを告げ口したと怒っている。
「でも、何で蓮が?」
先日も俺が神谷プロデューサーとの約束を破って逃げ出した時、蓮は俺を探してくれた。俺ときたらその時YBIのコンサートに行って遊んでいたのに、それでも蓮は俺を庇ってくれたのだ。メッセージをブロックするくらい俺を嫌っている蓮が、何で俺を庇ってくれたんだろう?その上...。
「この間、蓮くんが圭吾くんを探して店に来た時に、神谷さんと圭吾くんのキス写真を見せたら、蓮くんがすっごい怒っちゃって〜!」
「やっぱりあの写真お前かよっ!」
静香の発言に、聞き捨てならないと神谷は詰め寄る。つまり、蓮に神谷の事を告げ口したのは静香なんだな?
「ってことは、神谷さんの逆恨みじゃなくて、本当に静香さんのせいなんじゃ?!」
「だってえー!蓮くんみたいな超イケメンに真顔で、神谷さんと圭吾くんのこと聞かれてさ、写真見せてくれって頼まれたら、あたし断れなーい!」
俺も静香に確認すると、静香は頬を赤く染めながら、もじもじする。そう、蓮はかっこいいから聞かれたら断れないの、分かる…。
俺が神谷にキスされた時静香は確かに写真を撮っていた。それを俺を探して店に来た、蓮に見せたんだな?蓮がそれを社長に見せて、神谷さんが…。
俺が神谷プロデューサーにキスされてる証拠を蓮が社長に見せて助けてくれた蓮の謎行動…。それってただの正義感?元メンバーの俺への同情?ひょっとしてひょっとするとちょっとだけ愛情?
何でもいいけど、嬉しくて泣きそう!
俺は鼻の奥がツーンとした。
「蓮のやつ、あることないこと事務所の社長に言ったんだぜ!お陰で俺は性犯罪者扱いだ!これまでRELAYを懸命に育ててきた俺に向かって…社長も蓮もなんて恩知らずなんだ!蓮があんな奴だとは思わなかった!圭吾、お前はそんな恩知らずじゃないよな?!右も左も分からないお前に、バンドの何たるかを教えたのは俺だな?!」
「確かに指導はされましたけど、でも神谷さんだから俺たちが売れたのか、俺にはわかりません。神谷さんのパワハラが凄くて、神谷さんの記憶がほぼ無いんです。」
俺が正直に話すと、神谷プロデューサーはワナワナと震えた。
「記憶がない?!ヒット祈願にいって、おみくじを一緒に引いた事も?!蓮が缶詰になってる時一緒に、差し入れを買いにいってついでだからって俺の好きなチョコレートくれた事も?!地方に行った時一緒に、ロケバスの隣の席に座って俺にもたれて眠った事も?!」
「それ俺?!」
「忘れちまったのかよぉ〜!俺の純情を返せよ!圭吾ぉ〜!!」
神谷プロデューサーはそう言うと泣きながら俺に抱きついて、また唇を奪った。
「抱いてくれ!圭吾!!」
「え?!無理ですっ!!」
「なんでだよっ!お前、身長170くらいだろ?俺は、165くらいだ。抱きやすいサイズ感だろうが!」
「だって、身長は低いけど、横幅があるから体重はむしろ…。」
「ばか!肉付きがいいんだ!大丈夫だ、俺に任せておけ!圭吾!好きだ!」
「ちょ…マジで無理…!」
その後もまた、神谷は俺を離さなかった。飲まなければ俺とデビューするか俺を抱けと言われて、また前後不覚になるまで飲まされた。蓮と陽菜の事で落ち込んでいたことも相まって、アルコールが回るのが早かったように思う。
俺たちのやり取りを見た静香は、腹を抱えて笑っていたが、俺たちが酔いつぶれると、面倒になったのか舌打ちした。
「圭吾くん!また蓮くんか、YBIのマコトくんを呼んで!でないと神谷さんとホテル行きだよ!?どうする?!」
俺は酒に飲まれすぎて何も言えなかった。俺のスマホを取り上げた静香は、「圭吾くん、パスワード言って!」と俺に迫る。すると、寝ていたはずの神谷のやつが「パスワードは誕生日だ。クリスマスなんだ…」と答えてしまい…。
やめてくれ、と、止めることも出来なかった。
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