第26話 木村陽菜

 コンサート終盤、MCのコーナーの時、突然マコトが俺の話を始めた。

「今日会場に、家出少年が紛れ込んでます。RELAYの圭吾くん!」

 マコトがそういうと、スポットライトが俺に当たる。

「会場でうちわ買ってくれました!今度、俺の動画に出てもらう予定だから、よろしくお願いします!」

 会場からは圭吾くん!の声や、何で家出とか、笑い声が聞こえた。ネタになったのなら、良かったけど…。俺が手を振る代わりにうちわを振ると、隣の女子は舌打ちした。


 怖い…。


 アンコールも含めて楽しいライブが終わると、隣の女子は俺に耳打ちして来る。


「楽屋行くんでしょ?連れてって!」

「え、あ、はい。」


  その人は暗いところでは分からなかったが、よく見ると、蓮のドラマの主演女優であり、解散ライブの時、蓮と一緒に帰って写真誌に撮られた木村陽菜きむらはるなだ。


 楽屋に着くと、さっきまでの不機嫌な様子は何処へやら、木村陽菜は上機嫌でマコトに話しかけた。

「マコトくん、お疲れ様!すっごい楽しかった〜!」

 上演中、寝ているんじゃないかと言うくらい静かだったその人は、全くそんなことを匂わせない話しぶりをする。そうだ、この人演技に定評があるんだった!

「陽菜ちゃんありがとう!差し入れまで貰っちゃって。」

 マコトも子犬スマイルで応じている。

「蓮くん、急に来られなくなったんだって?一人で大丈夫だった?」

「うん。マネージャーに送ってもらったし、ここには圭吾くんが…。」

 と言って陽菜は俺に笑顔を向けた。来るはずだった人って、蓮?蓮と、来るはずだったんだ…。俺は胸がぎゅっと痛くなった。


 マコト達YBIはライブ終わりにもラジオ番組が生であるらしく、バタバタしている。俺は迷惑にならないように会場を出ようとしたところを、陽菜に捕まった。


「駐車場まで送って!あと、ちょっとこれ貸して!」

 陽菜はそう言ってマコトのうちわを奪うと、YBIの楽屋の前、”YBI様”と書かれた紙の前に立つ。素早く、近くにいたスタッフさんを捕まえてスマートフォンを渡すと、俺を隣に呼んだ。


「ねえ、私一人だとYBIファンからのハレーションが大きいから、圭吾くんも写ってよ。ハートマーク出来る?ちょっと首傾げて?3.2.1はいっ!」

 陽菜は写真を撮ってくれたスタッフさんに笑顔でお礼を言うと、俺には冷たく「じゃ、駐車場まで送って!」と言う。なんだか俺にだけ冷たい気がするが気のせいだろうか?

 

 関係者駐車場には大きめのミニバンが停まっている。多分あれだ。

「圭吾くんは何で帰るの?マネージャーも来てる?」

 陽菜の問いかけに、そのマネージャーから逃げてるとは言えず、一人で来た、と答えた。

「一人でこんな人混みに来たの?!駅から?!蓮くんなら考えられないだろうけど…ほんっとうにRELAYって蓮くんしか人気ないんだね?!私、途中まであなたがRELAYの圭吾くんって分からなかったよ!」

 陽菜は一周回ってこちらが気持ちよくなるくらい大爆笑している。

「じゃ、駅まで乗せてってあげる!」

 と、陽菜は言ってくれた。少し複雑ではあったが、ありがたくお願いする事にした。

 陽菜は会場の最寄駅ではなくて、都心のターミナル駅で下ろしてくれる、と言う。

「ね、圭吾くん、今の写真SNSに上げていい?今週の放送で、マコトくんの出演シーンが山場だから、告知したくて!」

 なるほど、YBIのファンに告知するネタ…その為に来たのか。すごい頑張ってるんだな。さすが主演女優だ。

「YBIファンは怖いからさ、一人で行ったってなったら、何言われるか。だから蓮くん誘ったのに、急に来られないとか…使えねーやつ…!圭吾くんがいてくれて助かったよ。ありがとう!」

 使えない?!蓮が?!恋人にそんなこという?!俺は一瞬戸惑った。

「い、いえ、そんな、こちらこそ送っていただいてすみません。」

「本当だよ。マネージャーとかいないの?なんか家出って言ってたけど、ひょっとして事務所辞めるとか?」

「いや、その逆。」

「逆?クビってこと?」

「仕事がなくて…。」

「ぷはっ!蓮くんがあんなに、ドラマに映画に引っ張りダコなのに?バーターで出してもらえないの?」

 陽菜はより一層ゲラゲラと笑った。何だか豪快な人らしい。蓮ってこういう人がタイプなんだ。俺と真逆じゃないか。また少し悲しくなった。

「ちょっと、そんな捨てられた子犬みたいな顔しないでよ。でも、マコトくんの動画出るんでしょ?あれ再生回数も凄いから、期待していいんじゃない?」

 陽菜は興味なさげに言いながら、スマホをいじってSNSに先ほどの写真をアップした。

「じゃーん!」

 そう言ってアップした画面を俺に見せる。まず、フォロワー数が桁違いで、驚いた。

 感心していると、どんどんグッドボタンの数が増えていくのが目に見えてわかる。


「なんかこれ、かなりの反響になりそうな気がする。あ、いーこと考えた!」


 陽菜は東京駅に着くと、俺を駅の前に立たせて写真を撮った。

「ちょっと顔こっち!もっと物憂げな顔して!そうそう!」

 陽菜に何回もやり直しさせられて、俺は何をやってるんだろうと少し憂鬱な気持ちになった。すると陽菜はようやくオッケーサインを出した。

「今のサイコー!圭吾くん、今度一緒にドラマとかやろーよ!なんか面白そう!圭吾くんて!」

 陽菜は豪快に笑うと、SNSフォローしてよ!といって帰って行った。


 

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