三章

第25話 YBIマコトのコンサート

 夜中、曲を作ってから空が白む頃、眠りについた。朝目覚めるともう昼前。チェックアウトの時間じゃないかと飛び起きて、フロントに確認すると “ゆっくりプラン”で申し込みされていてチェックアウト時間は十二時だと案内された。マコト、お前は本当に魔法使いだ、多分。シャワーを浴びてから部屋を出ても、チェックアウト時間に余裕で間に合った。

 フロントで会計をしようとすると「いただいております」と言われて俺は慌てた。そんな、いくら魔法使いでも魔法使いすぎだ…俺はすぐにマコトに電話を入れたが、留守電になってしまう。

 どうしよう。とりあえず、正午を過ぎていて、朝食を食べ損ねた俺は、朝食兼昼食を食べることにした。ホテルの会計のこともあるし、もう少しここでマコトの折り返しを待つためホテルのラウンジで軽食を食べることにした。

 ホテルのラウンジの軽食は可愛くておしゃれ。俺は場に似つかわしくなかったのだろうか、何となく周りの女子がひそひそこちらを伺っているように感じた。


 結構、高級ホテルだと思うけど、何となく女子が多い気がする。て、いうかここ何処?マコトに連れて来られて放り込まれた俺はイマイチ場所を把握していなかった。

 俺は現在地を検索して、なぜマコトがここに来たのか理解した。そしてこの女の子達!間違いない。

 

「もしもし?圭吾くん?今どこ?」

 俺が自分の不甲斐なさに凹んでいると、マコトから折り返しがかかって来た。マコトの声はいつも通り朗らかで、俺は余計に申し訳なくなった。

「マコトくん、今ひょっとしてライブツアー中?ここ、アリーナの近くだよね?この部屋、マコトくん泊まるはずだったの?」

「部屋はね、事務所が念の為抑えてたやつだから大丈夫。と言うわけで会計もご心配なく。」

「いや、そう言う訳には…。」

「大丈夫。今度番組出てもらうからさ。必要経費だよ。それより圭吾くんまだホテルにいる?いるなら、YBIのライブ観に来ない?今日最終日なんだけど、関係者席に急遽来られなくなった人がいて空いてるんだ。」

「関係者席?」

「うん。午後三時開演、五時スタートだから。楽屋にも来てよ!マネージャーとメンバーにも紹介したいし。もうそろそろいい時間でしょ?」

「い、いいの?!俺なんか…!」

「来てほしい。圭吾くんに。」

 マコトくんにそう言い切られて、俺は戸惑った。でもツアー最終日前日にあんな迷惑を掛けたのに、優しく誘ってくれてそれを断るなんて非人道的な真似、俺にはできない。

 俺はYBIのライブを観るために、アリーナ会場へと向かった。途中、楽屋に持って行くため差し入れ…それなりな感じのお菓子を購入した。

 副都心の駅の近くにあるこのアリーナ会場は、RELAYの実質解散ライブを行った場所でもある。あの時も最終日はこんな風に人がたくさん来てくれたんだろうなあ…そんなに前の事じゃない筈なのに、すごく昔の事のように懐かしく思い出した。

 会場の外には、グッツ販売のテントがあって、大勢の人が並んでいる。グッズって、どんな物を売っているんだろう?アイドルだとどんなものがあるのだろう?気になって覗いてみると、まず種類の多さに驚いた。

 グループ全体のものと、個人個人のものとが別にあるらしい。メンバーカラーも分かれていて、会場には色とりどりのグッズを手にしたファンの女の子達で溢れかえっていた。

 マコトくんのイメージカラーはピンク。確かに、子犬系のマコトくんには合いそうだ。俺はマコトくんのグッズの列に並んで、ペンライトと”マコト”と書いてあるうちわを購入した。

 心なしか、周りがざわついていた気がする。男が少ないから、悪目立ちしているようだ。


 関係者入り口に行くと、確認のため少し待たされてから、楽屋に通された。

「圭吾くん!うちわ買ってくれたの?!」

「うん。このうちわハート型になっててすごいね。メンバーの個性も出てて、見てて楽しかった。あれ、個人個人で作ってるの?」

「そうそう。結構うちはそれぞれでやってるかな。考えるのは大変だけど、そうやって言ってもらえると嬉しい。」

 マコトはまた朗らかに笑った。そっか、そうだよな。考えるのは大変だよな。RELAYのグッズはそう言えば蓮が大体考えていた…。

「そうだよね、考えるの大変だよね。すごいよ、本当。」

「グッズもだけど、ライブも楽しんでよ。演出もメンバーで意見出し合って、やってるから。」

「演出も?!」

「RELAYは舞台監督まかせ…ってわけでもないでしょ?バンドだし。」

「俺は結構任せっぱなしで、…蓮に。」

「まあ、それも適材適所だからさ。」

 俺が落ち込んだのを感じ取ったのか、マコトは俺の頭をポンポンと撫でた。

「何にも考えないで、純粋に楽しんで欲しいな。そういうライブだから!」

「うん。頑張って!」

 マコトは簡単にメンバーとマネージャーに俺を紹介してくれた。その後、少し早めに関係者席に座る。関係者席は、音響機器の手前、会場のほぼ中央に位置しており、会場の全体を一望できた。アイドルグループだから、会場装置からして全然違う。多分走り回る用の花道が設置してあって、いろんな角度からメンバーの動きが楽しめるようになっているんだろう。

 開演時間が迫ると会場は満員、凄い熱気だ。またRELAYのライブとは全然違うなと感心していると、俺の隣に、帽子を目深に被った小柄な女性が腰を下ろした。何やら「はぁ」とかため息を付いている。

 ああ、これは関係者席によく現れる”妖怪・何で来ちゃったの”かもしれない。知り合いに連れて来られて思ってたのと違うパターン?!

 俺はあんまり顔を見ないようにした。


 開演すると、俺は舞台に釘付けになった。予想していた通り、メンバー達が花道を駆け回ってファンはより近くでメンバーを見ることができる。広いステージを隅から隅まで使う演出は圧巻だった。

 これをメンバーが意見を出し合って作ってる、なんて凄いな。俺なんか、曲の練習だけで手一杯で何もできてなかった。蓮に任せっきりで、情けない。グッズだってそうだ。

 神谷さんが、やる気のない俺に蓮がキレて、RELAYは解散したと言っていたけど、あれ、真実なんじゃないか。愛想尽かされても、仕方ない。

 そのくらい、蓮に負担が集中していたんじゃないか。


 俺はあの日のRELAYのラストライブの光景が、瞼の裏で重なって泣きそうになった。


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