第20話 俺には無理です(コンビニ編)

 俺はコンビニオーナー説明会で訪れた、ビジネス街にまた来ていた。


「わざわざご足労させてしまってすみません。こちらからお伺いしましたのに。」

 その人は気のいい笑顔で微笑んだのだが、俺はその笑顔では心が動かないので、「はあ…。」と気のない返事をして、コーヒーを一口、口に含む。砂糖を入れる余裕もなく飲んだコーヒーは苦い。俺はこの後、”やっぱり無理なんで辞めます”と言わなければならないのだ…。 部活をついて行けないから辞めます、と言った時以来の緊張が俺を襲った。


「そんな、構えないで下さい。今日は候補物件のご紹介と、あと、その〜…。」

「その?」

「上村圭吾さん、て、ひょっとしてRELAYの上村圭吾さん?」

「あ?ご存知でしたか?」

 説明会の時何も言われなかったから、てっきり知らないのかと思っていた。

「やっぱり!いや、実は存じ上げておらず…。ただ、オーナー説明会にとんでもないイケメンがきたって騒ぎになって。そこからネットで検索しました。すみません…。」

「あ、いえ。」

 そう言って、ん?となった。イケメンがきたって、俺のこと?

「でも雰囲気違いすぎて、違うのかなって思ってたんですけど!」

 コンビニ本社の社員、俺の担当でもある坂本さんは興奮気味に話している。

「上村さん、何でうちの説明会きたんですか?フツーに、芸能人だったら…。」

「いや、全然!お恥ずかしい話、仕事がなくて、将来何しようかなと、割と真剣に考えて説明会に参加したんです。」

「…でも、思ったのと違った?」

  俺が頷くと、坂本さんは笑った。

「そうですよね!芸能界みたいな夢いっぱいのところにいたら、コンビニなんか夢がないよね!朝早くから夜遅くまで店開けてさ。疲れるし、儲かるなんて保証もないし。現実的過ぎるよねぇ。」

「いや、俺にとっては、本当に夢の一つでしたよ?コンビニ好きで…よく行ってた。あ、いや今もだけど…漫画もゲーム課金用のプリペイドカードもある、お菓子もある、コンビニ限定品も大好きだし。それに…暗くなってきた時、光ってて、コンビニってセーブポイントみたいだし。」

 蓮といったコンビニ。本当に大好きだったのだ。だから本当に、オーナーになったら蓮とまた会えるかなって思って…。俺なにり真剣だった。でも…やっぱり経営となると人を雇ったり、自分には向いていない。そう思った。それを訥々と、蓮の部分ははしょって、坂本さんに説明した。


「上村さん。ありがとうございます。俺もコンビニが好きだから、入社しました。でも入社して十何年って経ったら金勘定ばっかりで、その事、忘れてた気がします。だから感動しました。いま。」

 俺の拙い話をじっと聞いていた坂本さんは、目を細めて微笑んだ。入社して十何年経ったと言っていた、ベテラン社員の貫禄ある、優しい笑顔だった。

「いやでも、それは向いてるって事ですよ!」

「そうですか!ありがとうございます!」

  坂本さんはまた、朗らかに笑った。

「じゃ、日報には上村さんは、やっぱり、芸能活動する、って書いときますね。女子社員たちは残念がるだろうなぁ〜!」

「そんな…。」

「いや、冗談です!それ書いたら、個人情報漏洩でしょ?!」

  ははは、と坂本さんはまた笑う。

「上村さん、気を付けてください。芸能人と初めて話しましたけど、上村さん、ちょっとガードが緩いって言うか、心配ですよ?悪い営業に引っかかって、ネズミ講とかやらないで下さいね?」

「ネズミ講?」

 俺の頭の中に、ねずみが沢山駆け抜けた。なんだ、ネズミ講って。可愛らしい。

「マルチ商法とも言いますね。うーん、本当に心配だ。他に、何やろうとしてるんですか?」

「えーと、今は迷走中で、とりあえず村上龍の十三歳のハローワークを読んでて。」

「ぷはっ!上村さん、面白いなぁ〜。あー、残念です。これでお別れなんて!」

 坂本さんは笑いすぎて、目から出た涙を拭いている。そんなに面白かった?俺はよく分からず戸惑った。

「いやでも、坂本さんがコンビニの仕事してる限り、またお会いすると思います。本当によく行くから。」

「そうですね。特に、上村さんの希望してた駅の辺りね!俺、その地区の担当なんです。だからまた会いますね。きっと。」

  坂本さんと俺は笑い合った。坂本さんが、あの思い出のコンビニを復活させてくれたらすごく嬉しい…俺はそっと願掛けした。

 そしてすっかり打ち解けた俺は別れ際、坂本さんに一つ、質問をした。

「あの、社会人経験の長い坂本さんに聞きたいんですけど、例えば、合わない上司とまた仕事をしなきゃならなくなったらどうしますか?」

 坂本さんは目を瞬いた。しかし、うーんと逡巡してから真面目に答えてくれた。

「合わない、の種類にもよるかな?どういう合わない?」

「えーと、パワハラ系?」

「あぁ〜そういうやつかぁ、それだと、その人のポジションにもよるかな。結構上のひと?」

「そうなんです。」

「うーん…。サラリーマンなら外部機関もあるけど、芸能界なんてそんなのないだろうから、やっぱり直属の上司に相談するかな?」

「直属の上司…?そうですよね、ありがとうございます!」


 俺は名残り惜しく、坂本さんと挨拶を交わして別れた。

 坂本さんみたいな人が上司…プロデューサーなら、良かったなぁと俺は思った。


 坂本さんとは完全に真逆のパワハラ上司、神谷プロデューサーとの約束の日時が直ぐそこに迫っていた。

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